8-⑫:『忌み子の血脈』

 時は少しさかのぼって、事件直後のリトミナの王城。


 丁度、当番で城の警備をしていたカイゼルは、爆発音のあった方向へと向かって駆けていた。


 ―セシルが今日、王様に呼び出しを食らっていたはず…


 もしかしたら、そこで何かが起こったのだろう。カイゼルは唇を噛む。しばらく進むと行き着いた先は、やはりセシル達がいたであろう会合用の部屋であった。爆破されて瓦礫の散乱する部屋の中、近衛兵たちや侍女、城の男衆たちがお偉いさんたちを救出している。


「セシルは!?セシルを見なかったか!?」

「…?!」

 カイゼルは思わず、傍にいた兵の喉笛に掴み掛った。


「せ、セシル様がここにいたのですか?」

「そのはずなんだ!この中に!」

「…我々もさっき爆発が起こってから、駆け付けたばかりでわかりません。私もここで陛下が会合を行っていたと知ったばかりですのに。その上、立て続けに離れの方でも爆発があったみ…おわっ」

 カイゼルは勢いよく兵をつき離すと、離れの方へ駆けだす。爆発ぐらいでやられるようなあいつではない。だから何となくそちらに行っているような気がしたのだ。


 そうしてついた場所は、心霊の噂に事欠かない離れの建物。しかし、それは今や燃えて崩壊し、瓦礫の合間にちらちらと残り火が残っていた。爆発からこんな短期間に燃え尽きたということは魔法でも使用されたに違いない。不自然に盛り上がった地面があるし、そばの塀も不自然に粉々の砂状になっているから、魔法による戦闘があったことは確実だ。

 辺りには、絶命した近衛兵たちや体格からして男の焼死体、そして、

「……?」

 倒れている人間に上着が被せられている。セシルがよく着そうな寒色系の、焦げているが刺繍が施されていて少々お高そうな上着。そして、上着の下から見るも無残な、骨がむき出しの両足が突き出ている。大きさ的に、女性だ。


―まさか


 内密の会合とはいえ、王前に出るなら改まった服装をするだろう。

 カイゼルはそれがセシルかもしれないという恐怖に、しかし確認しない訳にもいかず上着をめくった。


「…よかった」

 顔を見れば、知らない女性だった。服装から侍女だろう。ほっと息をつくと共に、そのあまりもの無残な殺され方に、彼女を殺したのだろうマンジュリカに怒りを覚える。きっと、可哀想に思い、セシルが上着を着せかけてあげたのだろう。ということはここにセシルがいたという、自分の判断は間違っていなさそうだった。


「…さて、あいつはどこいったかな。…ん?」

 再び辺りを見回した時。ふと、崩壊した離れの瓦礫の中、天に助けを求めるかのように黒いものが突き出ているのが見えて、カイゼルはぞっとする。


「まさか…そんなわけはないよな」

 嫌な予感を打ち消しつつ、近づく。口元を袖で隠して熱気から喉を守りつつ、瓦礫をどけながら進むと、半分瓦礫に埋もれている黒焦げの死体が見えた。

「嘘だろ…セシル」

 誰だかわからないぐらいに真っ黒なそれを、絶望の思いでカイゼルは見た。思わずその体に駆け寄ろうとして…ずるりと何かを踏んだ感触の後、すっ転んだ。


「あづ…っ!」

 まだ冷めていない瓦礫に手を付いてしまった。あわてて立ち上がり、ふうふうと手を冷やす。

 何だよ今の気持ち悪い感触は。カイゼルは自分が踏んだものを確認しようとして、振り返り絶句した。

「……!」

 黒焦げの死体が横たわっていた。生焼けだったのかカイゼルが踏んだ部分だけ、赤い肉をさらけ出している。


「気持ちわる…」

 カイゼルは慌てて靴底を手ごろな瓦礫に擦り付ける。

 乳房があることを見れば女性だろう。しかも、身ごもっているのか、腹が妊婦のように膨れていた。


「可哀想に巻き込まれたんだな…」

 どこぞの誰かは知らないが、おそらく寿退職した侍女が、仲間に報告がてら顔を見せに来たのだろう。城で妊婦を見るのは大体そういう時だ。そう思ったところで、カイゼルはふと顔をあげた。

 よくよく考えてみればあいつはこんな風にやられる玉ではない。あそこに死んでいるのはおそらくセシルではなく、城の者のうちの誰かに違いない。果たして、もう一度見直せばシェルエットは乳房の豊かな女性だった。あいつは貧乳ではないが、豊かでもない。


「なんだよ…心配させやがって」

 きっと、あいつはマンジュリカを退けたのだろう。そうでなければ、こんな離れにとどまらず、城中にもっと被害が広がっているはずである。一人じゃ落ち着いて判断できないやつだから、団長のところへ助けでも呼びに行っているのだろう。



 カイゼルは、とりあえず俺も誰か応援を呼んできた方がいいなと、瓦礫を降りはじめた。ふと、すすけた大きな瓶が転がっているのが目にはいる。気になり近づくと、中に液体が入っていて―毛むくじゃらの動物が浮いていた。

「…猿の子供?」

 それにしては、大きい。人間の赤ん坊ぐらいの大きさである。ゴリラの子供は見たことがないが、大きいのだからゴリラの子供かもしれない。なんだか人間の赤子っぽいが、尻尾も生えているので猿だろう。


 銀色の毛並み。息の根を止めるために傷つけたのだろう、喉元に刃物で切られた跡があった。少し可哀想に思う。

 しかし、ゴリラの子供で銀色とはめずらしい。突然変異だったから、珍しいので蒐集したのだろう。ということは、ここはやはりセシルの養父ちちが言っていた通り、物置部屋だったにちがいない。

 虚ろに空いている淡い水色の瞳も、猿にしては珍しいし。


「ん?」

 何だか見覚えのあるような顔の気がして再び瓶に顔を近づける。

 銀色の毛、水色の瞳…セシルと同じ。

「……」


―んなわけないか


 カイゼルは、あははと笑いを無理やりこぼす。人間の本能的な直感が、何か信号を発しているのを何とか無視しようとして、瓶のラベルに目を落とす。すすけているが読めないとまではいかない。きっと、何の動物か書いてあるはずだ。答えあわせをしてさっさと安心したい気分だった。


『グレン陛下エミリア妃 ロゼア暦496年3月16日女児。全身形態異常により処分』

「ん?」


 今から20年前のものだとわかる。なんだか、この年と日付に覚えのあるような気が。

 そう言えば今年の春先。現グレン王の王妃でアーベルの母、エミリアの法事の警護をしたのがこの日。王妃は確か20年前に出産で母子共に死んだと聞いている…と思った時、カイゼルははっとする。


―女児

―全身形態異常により「処分」


「いやいやいや、そんなわけないよな~うんうん」

 馬鹿なことを考えてないで、誰かを呼びに行こう。カイゼルは瓶を地面に置こうとして、ふと、ラベルの付いたガラスの破片に気づく。助けを求めるかのような気分で拾い上げ、読む。『エイベル陛下側室アレナ ロゼア暦458年5月10日男児。右半身形態異常により処分』

「……」

 人ではない赤子。殺されたかのような刃物傷と『処分』の文字。近年の王家の早世問題。

 はまりたくもないパズルのピースが次々にはまっていく気がして、慌てて思考を止める。


「…そんなわけない」

 カイゼルは半ば祈るような心地になって、熱いのも忘れて瓦礫をどかした。他に無事な瓶があることを願って。きっと珍しい鳥とかが入っているような瓶を見つければ、歴代の王サマ達の蒐集室だったと自分の心の中で決着がつくはずだから。はたして、30センチほど瓦礫を掘ったところに、無傷な瓶があった。


『ジルベル殿下イレナ妃 ロゼア暦407年12月6日女児。下半身形態異常により処分』

「ははは…」


 カイゼルは乾いた笑いをこぼすしかなかった。赤子が入っていた。愛らしい赤子だった。綺麗な銀髪に水色の目。顔立ちが良くセシルに似ている。しかし、その首元には鋭利なナイフでつけられたかのような傷。そして殺された原因だろう、下半身は銀色の毛で覆われしっぽが生えていた。




「…おい!急げ!」

 ふと、こちらに向かう足音と、焦る声が聞こえた。カイゼルは直感的に見つかってはいけないという気がして、咄嗟に瓶を抱いたまま瓦礫の山を後にし、中庭の茂みに隠れた。その次の瞬間、焦った様子のアーベルとその乳母、そして3人の魔術師たちが現れた。


「…ここをやられるなんて」

 アーベルの忌々しいといった声。

「ここを狙われたということは、マンジュリカには知られたんでしょうね」

 乳母は苦々しい顔をした。

「そうだろうね。こうなった以上、どうにかしてあいつを消さないといけないな…この国の威信に関わることだよ」

「おそらく、中身も持っていかれましたね。何匹かは残っているみたいですけど死んでいますし」


 中身…?ってさっきの子供の死体か?けど、死んでいるって…?元から死んでいるんじゃ

 カイゼルは目を凝らす。乳母は先程、カイゼルがセシルと間違った死体を見ていた。


―まさかあれも、人間じゃない…?


 もしかして…とカイゼルは思い当たる。あれは、あの人間でない子供が生かされて、成長したものではないかと。


「あの、何の話をしているんですか」

 呼び出されたのに、訳の分からない話をし始めたアーベルたちを前に、おろおろと魔術師たちは視線を泳がせたり顔を見合わせたりしていた。しかし、無視されている。

「あの、救出活動をします」

 しかし、やがて魔術師たちは黒焦げの死体に目をやり、意を決したように強い調子で言う。死体がいつまでも放置されていることに、感じるものがあったのだろう。しかし、そんな彼らにアーベルは冷たい視線をやると命じた。


「すぐさま片付けてくれ。離れを全部跡形もなく地面に埋めるんだ」

「はあ?埋めるって…。分かりました、まずは亡くなった方をご移動します」

「あんなモノほうっておけ。早くしろ!」

「……え?」


 訳が分からず戸惑う魔術師たち。しかし、あまりの剣幕にしぶしぶ魔法を使いはじめる。瓦礫の周りの地面が砂状になり、死体も何もかもが砂に飲み込まれていく。


「できました…」

 離れがあった場所は、何もなかったかのような地面になってしまった。草が生えていないこと以外は、何の不自然もないぐらいに。魔術師たちは釈然としない顔をして、しかし王子の命令には逆らえないので黙っている。


「よくやった。お疲れさま」

「…ひっ」

「…きゃ」

「…が」


 アーベルがにこりと礼を言ったのと、乳母が魔法銃を抜いて立て続けに撃ったのは同時だった。一拍遅れて、3人はどさどさどさと地面に倒れる。


「……!」

 カイゼルは瓶を抱いたまま、あわやちびりそうになった。良かった。きっと、俺の野生の勘が無ければ今頃は同じ目に合されていた。


「どうします?この死体」

「ほうっておけ。マンジュリカの襲撃で死んだと扱われるだろう。離れだってマンジュリカに消されたとでも言えば、誰も怪しまないよ」

 アーベルは仕事が終わったとでもいうように、葉巻を取り出し火をつけた。


「それにしてもよかったですね、殿下。兵たちがこっちに向かったって聞いた時、余計な手間がかかると思っていましたが、勝手に死んでくれていましたね」

「そうだね。できるだけ、面倒なことはしたくないからね。メイの時は勝手にやらかしてくれたこともあったから簡単に口を封じられたけれど、今回はそうもいかなかっただろうし」

 アーベルはふうと葉巻をふかした。


―メイが口封じ…?


 メイは武闘会の事件の責任を負わされてクビにされ、田舎に帰ったはず。

 しかし、カイゼルはそう聞いただけで、メイが田舎に帰るところを実際見たわけではない。そして、思い至る。経緯は知らないがメイはこのことを知って…もうこの世にはいないのかもしれないと。


「しかし、ここがなくなってしまったのは惜しいね」

 アーベルは建物のあったところを、物惜しそうに見上げる。それを乳母は死んだ魚のような目で見つめていた。

「まあ、なくなってしまったものを惜しんでも仕方ないしね」

「…どうします、殿下?このことを知ったら、きっと陛下、御怒りになられますよね。」

「かといって、知らせないわけにもいかないだろう。実質、私が管理の責任者みたいなものだったからね。楽しんだ分、責任をとって大人しくお叱りを受けるよ」

 アーベルはやれやれとため息をつく。そして、葉巻を捨てて足で踏みつけると、乳母を連れて城の本館に向かって歩き出した。




「…」

 2人が完全にいなくなったのを確認した後、瓶を抱きしめたままカイゼルはどっはあと息をついた。もう一度しつこく周りを何度も確認して、瓶を上着で包むと茂みから出る。そして、瓶を小脇に抱えて走り出した。こんなものを持っていては、自分の命が危ない。かといって放っておくのも気が引けた。一端どこかに隠さなければ。


―それにしても…


 カイゼルは走りながら、今までの情報を思い返す。


 王家の子供らしき、人ならざる者の死体。それを隠していたらしき離れ。

 王家には、人間でないものが度々産まれるようになって、殺していた。それが近年の早世問題と後継者不足問題の真相。離れの中では、育てられていた者も居たのだろう。それがきっと先程の死体だ。ふと妊婦の死体を思いだし、まさかあの人ならざるものに次世代を産ませていたのでは、とも思う。


 そして今回、このことをどう知ったのかは知らないが、マンジュリカがそれを目当てでここを襲撃したというところだろう。何に利用するつもりかはわからないが、大方自身の目的のために使うにちがいない。


「…にしても俺」

 国の深部には色々と触れちゃいけない禁忌があるものだとか、荒唐無稽な妄言を聞いたことがある。そんなものあるはずがないし、自分には一生縁がないものだと思っていたが、


「どうしよう」

 カイゼルはもう引き返せない心地に、血の気が下がる思いがした。

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