8-④:お邪魔しますぅ♥

 ノルンがロイを引きずって扉を破る勢いで部屋に入ってきたのは午後の2時。昼下がりの眠気に、レスターが執務室の机でうつらうつらと船をこいでいた時だった。心地よい眠気が吹き飛ばされ、こういう時にかぎって転送魔法を使わない従者をレスターは恨めしく思う。


「セシルに動きがありました」

 ノルンは嬉々としていう。

「…せっかくしばらく休めると思ったのに」

 ロイは面倒くさそうにその隣で頭をかいている。しかし、ノルンは気にせず、レスターの前に台座置くとその上に丸い水晶を置いた。中には何やら映っている。


「リトミナの城で王たちが会合を行うようなんです。しかも、おそらく非公開でしょう」


 ノルンは偵察用に小動物を何種類か飼っている。誰が見ても怪しまれないような小鳥、リス、ネズミ等々。そしてそのすべての小動物に偵察活動に特化した訓練をしてあり、聴覚や視覚情報を主人の元に伝達できるような仕組みの、転送の魔術式を皮膚に刺青で刻んである。毛が生えているために刺青は隠れて見えないので問題はない上、動力源は小動物自体の持つごく微量の魔力であるため普通なら検知されない。この間のリトミナの王都の事件の際にも、怪しまれずに城に忍び込んで、文書を盗み見てくれたなど大いに役立っている。ちなみに、本当はセシルの屋敷にも忍び込ませたいところなのだが、あの屋敷の敷地には特殊な結界が張ってあり以前にあわや気づかれかけたことがあるのと、屋敷中にネズミホイホイ並びに魔法実験用に動物を捕獲するための罠がわんさかあるらしく、ノルンが危険だとして忍び込ませないのだ。


「更に、今まで会合の場など出たことがないでしょう、セシルが呼び出されている。何かある気がしませんか?それに、何か起こる気がします」

 ノルンは思わぬ収穫に、嬉々としていた。


「なんかヤバい事をやらかしただけじゃねえの?そういや最近縁談の話があったみたいだし、それ関連で」

 ロイはめんどくさそうにレスターの隣で水晶を覗き込む。レスターは『縁談』というワードに思わず耳が痛くなる。


「縁談ぐらいなら、わざわざ非公開で会合まで開く必要があるんでしょうか」

「まあな。確かに内容は気になるけど。だけど、あいつが会合に出た出ないぐらいで、何かが起こわけもないと思うけどな」

 レスターもそう思う。ただの会合だし。ただロイと同じく内容が気になるので、レスターは野次馬根性で水晶をのぞいた。





「緊張するな…」

「ああ…」


 王との会合の場が目の前にある。セシルは立ち止まるとふうと息をつく。内密の会談だということで裏の、専用の通用口を使ったため大して歩いていないが、緊張で心臓はバクバクしている。


「じゃあ、良いか?」

「ちょっと待って」

 セシルは慌てて胸元に手をやる。懐にはあいつの時計が入っている。触ると落ち着くような気がしたのだ。


「…うん、もういいよ」

 セシルが頷いたのを見ると、ラウルは入口を守る近衛兵に目くばせを送る。すると、恭しく扉が開けられる。



「……」

 一番最初に目にしたのは、正面に座っている明らかにイラついた顔をした国王。前に見た時よりさらに太っている気がする。そしてその国王の周辺には、無表情を装いながらも、明らかに眉間にしわが寄っている政治顧問団たち。しかし、その中に要るはずの、縁談を断ったオルビー公爵はいない。



「今回呼び出した理由についてだが、お前たちは分かっておるな」

「はい」

 セシル達が礼の姿勢をとるよりも先に、国王が口火を切る。よっぽど怒っているらしい。


「どうして断わった。お前のようなものに、このような破格の条件の縁談を用意してやったんだ。お前の母親がやったことを考えたら、本来お前は同じような出自の者にしか相手にされないんだぞ」

 これをあの公爵が聞いたら、家名と娘を安売りさせたのかとキレられるだろう。だから、顧問団は公爵をこの場に呼ばなかったのだろうと、セシルは理解する。


「ラウル、お前もわかっているはずなのに、なぜ弟の愚かな行いを止めない。公爵に書簡を送ったのはお前らしいな」

「はい」

 ラウルは無表情で答える。


「貴様ら…」

 悪びれる様子のない二人に、ついにブチ切れたのか国王は顔をたこさん宜しく赤くして、立ち上がった。あわてて他の者が落ち着かせようとするが、国王はそれを振り払い叫ぶ。


「ラウル!貴様のリートン家なんぞ、セサルが死んだ時点で潰れていたはずだったんだぞ!お前みたいな貧弱なやつが跡取りになった時にな!誰の恩情で今ものうのうと暮らしていられると思っているんだ!セシル、貴様もだ!下賤な血であるお前を、恥も忍んで王家に置いてやっているんだ。それなのにこんな真似がよくもできるな。王家の血が薄まってきているのも、元はといえばお前の母親のせいだ。お前の母親が大人しく儂のものになっておれば、このような憂いが出てくることもなかったのに!」


 完璧に感情論になっている。


―どうする?


 セシルはちらりとラウルに視線を送る。予想はしていたが、ここまで感情的になられるとは思っていなかった。このままじゃあ、あの話題を切り出すにも切り出せない。切り出したとしても、まともに聞いてくれるとは思えない。


 ラウルはじっと前を見据えたまま黙っている。外交の仕事で取引についてよく知っている兄上のことだ。おそらく機会をうかがっているに違いない。

 こういった場に慣れていない自分がどうこうしたって無駄だろうと思うので、大人しく任せておこうと兄を信じセシルは目線を戻す。



「それどころか、マンジュリカなんて災いまで連れてきおって!この疫病神!」

 セシルは、自分でもよくわかっていることなので今更傷つかない。顧問団の者たちが、国王の両腕を抱えるようにして何とか座らせようと悪戦苦闘している。しかし、国王は怒りにまかせてそれを振り切ろうとしている。


 それをラウルは静観して機会をうかがう。


 おそらく次辺りに家を取り潰すだとか追放だとか言いだすに違いない。しかし、今の王家にとってセシルを失うことは大きな損失である以上、顧問団の奴らに遮られるはず。そしてその後、国王は一通りそこで言葉を言い尽くして、大人しくなるだろう。その次に、顧問団の奴らとの話が始まる。勝負はそれから…。





―どがあああん!!



「?!!!!!!」


 背後の空間が吹っ飛んだ。セシルは頭を守らないとと思うが、そんな余裕など全くなかった。あっけなく爆風に吹き飛ばされる。


「……っ」

 しかし、落ちた場所がよかったのか、体の痛みはほとんどなかった。目を開けると、体の下になんだか、むにむにと柔らかい感触。これがクッション代わりになってくれたのかと顔をあげると、そこには白目を剥いて気絶している国王。


「……」

 セシルは起こさないように、そろりそろりと腹の上から降りる。こんなのばれたら追放ではすまない。幸いなことに顧問団の輩は、瓦礫の合間や下に埋まってうめき声をあげていて、誰一人としてこっちに気づいていない風だった。


「一体何が…」

 爆発した方を見れば、もうもうと土煙が上がっていた。良く見えないが、おそらく扉どころか壁ごと破壊されたと思う。廊下と部屋がつながってしまっているのが、白む空気の中うっすらと見える。


「そう言えば兄上は?」

 セシルは大事なことに気づき、慌てて周囲を見る。すると、兄上が着ていたのと同じ下穿きの足が、血だらけになって瓦礫の下からのぞいていた。


「あ、兄上!」

 ぞっとして、セシルは慌てて駆け寄る。大きな瓦礫をあわててどかそうとするが、びくともしない。

「畜生…これじゃあまたあの時と……って、そういやオレ魔法使えたんだ」

 セシルは当たり前のことを忘れてしまっていた。どうやら気が動転していたらしい。あわてて重力魔法を使い、瓦礫を浮かせてどける。


「兄上!」

 瓦礫の下に居たラウルは、左腕が変な方向に曲がって、足が怪我で血だらけだった。しかし、息はある。セシルがぺしぺしと頬を叩くと、小さく呻いて目を開けた。セシルは慌てて抱き起こす。

「う…痛てて…セシル、一体何が…」

「わかんねえ…だけど、爆発があって。とにかくここを出て、助けを呼ぼう!」


 セシルは、内帯を一本解いてラウルの足の止血をすると、どっこいしょと背負う。長身の男を背負えるなんて、重力魔法で軽くしているからできる芸当だ。

 セシルは瓦礫を避けて飛びつつ、廊下へと出る。


「何があったんですか!」

 廊下には城に勤める者たちが、集まってきていた。

「…まだわからない。だけど、危険だから傍に寄るな!」


 セシルは次にとるべき行動を、何とか心を落ち着けて考える。

 こんな事態、一人じゃ対処しきれない。まずは近衛の奴に手伝ってもらわないと。廊下で門を守っていたやつを探すが、巻き込まれたらしくいなかった。こうなったら詰所に行って応援を頼まなければ。いや、もしかしたらこれは攻撃の始まりかもしれない。応援を呼ぶのは集まってきたやつらのうちの誰かに頼んで、自身はここで次の襲撃に備えた方がいい。


 セシルがそばにいた小間使いに、声をかけようとした時、


―どかあああん!


「は…?!」

 また爆発音が上がる。セシルは振動によろけたが、何とか足を踏ん張る。どうやら、方角的に、爆発したのは城の奥の離れの方だ。


「何なんだよ…次から次へと!」

 慌ただしさに半ば自棄になったセシルは、とっさに小間使いにラウルを任せ、そばにいた侍女に救助と応援要請を頼むと爆発音のあった方へと走り出した。



 廊下を走りに走り、中庭に出ると離れの方へと向かう。打って変わって人気の全くなくなったその先では、離れの建物の入り口が土煙をもうもうと上げている。この離れは、王城の敷地内でも北の暗くじめじめとした一角にある、少々不気味で寄り付きにくい所にあった。


 外観は厳重な煉瓦製、鉄製の窓は長らく開けられていないのか錆びついていて、入口の鉄の扉には鎖が何重にも巻かれているという見るからに開かずの間である。訳の分からない物やごみ同然の品が入っている『蒐集室』だと養父ちちが、そのまた父親から聞いたと言っていた。しかし、夜に女の泣く声が聞こえただとか、獣が吼えるような声がしただとか、そこに肝試しに行った小間使い達が行方不明になったとか、本当かどうかわからない心霊話に事欠かない場所で余計に誰も寄り付かない場所であった。ただ、セシルは、一度メイが入っていくところを見たことがあるので、何やら怪しい魔法実験所だと思っていたりする。と、


『結構思ったよりも集まったね』

 誰かの声。敵かもしれない。セシルは身構える。

 土煙の中から、人影が現れた。


『あれえ、セシルじゃん。どうしたの~、ひさしぶりい』

 わざとらしく首をかしげる男。顔に見覚えはないが、口調に覚えがあった。

「おまえ、まさかリザントの…」

『そうだよ~』

 男はイェイと両手でピースをする。外見と態度のギャップもそうだが、余裕をこいた調子が不気味だった。


「やっぱり…てめえか」

『うふふ、びっくりしたでしょ。…ホントはこの場所に用があったんだけど、キミ達がなんだか大事なお話してるっぽいからお邪魔したくなっちゃったんだよね。お邪魔しますぅって。…ってのは半分嘘で~。ホントはぁ、遊びの度が過ぎちゃうときは、ある程度意味のあるコーセキをつくっとかないと、マンジュリカに本気でおこられちゃうからなんだよね~』

「てめえ、やっぱりマンジュリカの手下か!」


 セシルは剣を抜こうとして、はっとする。王前での帯刀が許されていないため、預けたままになっていた。まあ魔法さえつかえれば剣等なくとも問題はないと思いながら、セシルは右手に氷の剣を出現させた。普段の剣よりは耐久性は劣るが、ただの鉄でできた剣よりははるかに強いから大丈夫なはずだ。


 普段セシルが持っている剣は、魔晶石の特性を帯びた鋼で作った物だった。魔力を帯びた鋼はかなりの強度を誇る。鋼でなくとも、魔晶石の特性を帯びると普通の鉱物より強度が強くなるということは、すべての鉱物に当てはまることである。そして、そういった特性の鉱物に人が魔力を通すと、その間はさらに強度が強くなる。さらに、そういった鉱物でできた剣は、魔法を使う際にも通電性というか通魔性がよく、剣を持ちながらも効率よく魔法を具現できるのだ。


『会ってそうそう敵扱いされちゃ、困るね。最近の子はまったく』

 男は口をとがらせて言うなり、両手を突きだした。背後に氷が出現し、巻末いれずセシルに向かう。

 セシルは重力魔法を周囲に展開させ、届く前に地面にたたき落とす。すぐさま、爆炎を男に向かわせる。


『無理無理』

 男は氷の壁を目の前に展開させる。炎とぶつかり、水蒸気をあげ爆散する。

『キミとボクじゃ格がちが…』

 それ以上男は喋れなかった。男の背から胸に氷柱が貫通していた。

「油断は大敵なんだぜ!」

 水蒸気を煙幕代わりに男の背後に回っていたセシルは、動きを止めた男の周囲に魔方陣を展開させた。すかさず、炎の魔法を発動させ、男を取り囲む。容赦なく火で焼いていく。


『ご忠告ありがとう。だけど、何だかムカつくなあ、その上から目線』

 しかし、男は肌が焼かれていくのに悲鳴を上げることもなく、炎の中で平然と立っていた。


「きゃあああ!」

 その悲鳴に振り返れば、先程の侍女が近衛兵たちを連れてやってきていた。どうやら、焼かれている人間を見て悲鳴を上げたらしい…

『あっちょうどいいや』

 ふっと気配が横を通り過ぎた。黒こげになった男がセシルの脇をすさまじい速さで通り抜け、侍女の前に立ったのだ。


「…貴様!あが…!」

 男は侍女の肩越しに手を出し、向かってきた近衛兵の男を吹き飛ばした。吹き飛ばされた男は、頭と四肢を散らばらせて地面に落ちる。黒焦げの男は、ガタガタと震えて腰を抜かしそうになっている侍女の顎をつかみ驚愕の行動をとった。

「…!」

 侍女に口づけた。


「ひ…うぐううう!?」

 男は喉を鳴らして何かを戻し、それをパニックに陥っている侍女に飲み込ませた。そして、セシルが驚愕する目の前で、侍女は白目をむいた。そして、瞬きした後再び目の前を見た侍女は、黒焦げの男の体を突き飛ばした。口を開けたまま転がる男。


『う~ん、この体もイマイチかな~』

「…!」

 侍女が、こちらを向いて話した。しかし、明らかに口調が、先程の男と同じである。


「お前…」

『そうだよ、元この男で、ボクだよ~。驚いた?』

 侍女は男の焼死体を指差しつつ、けへっと小首をかしげて笑った。


 これは操る体を乗り換えたということなのだろう。セシルは最初、男がリザントでのジュリエの女を操っていた行使者の正体かもしれないと思っていたが、違っていたようだった。おそらく精神操作をより確実なものとするために触媒を使用していて、それはリザントの時にジュリエの女が口から吐き出したものだったのだろう。エグイ移し替えにセシルは少し吐きそうになる。


「貴様、一体何を!」

『うるさいザコはだまってろ』

 女は一斉にかかってきた近衛兵たちに手を突き出した。大量に現れた氷柱が彼らに向かう。

「やめろ…!」

 上がる絶叫、消える断末魔。過去の光景が、セシルの脳裏をよぎる。

 セシルはすかさず彼らの間に氷の壁を出現させた。しかし、圧倒的な力量差に食い止めることも叶わず、盛大な音を立てて割られる。兵たちも各々剣や魔法で身を守ろうとしていたが、あっけなく次々と体を串刺しにされ、断末魔の声があがる。


 その返り血を浴びた女が、うふふと笑い振り返る。

『じゃあ、始めようか』

「…!」

 セシルの足元がぐらんとゆれた。セシルがショックに立ち尽くすわずかな間も許さない。セシルは咄嗟に離れようと跳躍したところで、しかし間に合わず強烈な一撃が足元からお見舞いされる。セシルの立っていた地面が円柱のように突き上げられ、セシルを吹き飛ばしたのだ。


「…かは…っ」

 体が宙を舞う。


『まさかこれで終わりとか思ってないよね』

 その言葉にはっとすれば、大量の氷柱が襲い掛かってくる。足場もない宙でそれを受け止めたセシルは、離れの建物に向かって氷柱と共につっこんだ。女はさらに追加で氷柱をセシルが消えたあたりにぶち込んだ後、重力魔法を使って建物を押しつぶし破壊する。そして、瓦礫の山と化した離れだった場所を、業火で包み込んだ。


『さすがに、これで気絶してるよね』

 女は燃え盛る建物の前に立つと、ふうやれやれと息をつく。

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