8-②:薄情
セシルは街を歩き、とぼとぼと仕事に向かう。戦闘など騎士としての仕事がない時には、雑用…おっと、城とか貴族の住宅街とか王室の直轄領の見回り等々をさせられ…している。
今日は非番ではない。今日ぐらいは休めと言われたが、家に居ても気がめいるだけだし、仕事をして少しぐらい嫌なことを忘れていたい。セシルは丁度そばにあった窓のガラスに自身を映し、絞められた跡がちゃんと化粧でごまかせているか気にしていると、
「よお…セシル」
カイゼルだった。
「よお…?お前、今日は非番だろ」
「いや…ちょっと、な」
頭をかきつつ、カイゼルは目をそらす。なんだか、数日見ない間にやつれたなあ。セシルはそう思う。
しかし、カイゼルもまた、セシルをひどい顔だなと思っている。
「「なんかあったのか」」
そのため、次の言葉は見事にはもった。
「「……」」
2人は沈黙し、お互いの疲れた視線を合わせる。
「…どうやらお前もなんかあったらしいな」
「…も、と言うことは、カイゼルお前もか」
ただでさえ暗いのに、もっと暗い雰囲気が始まりそうな予感に、セシルは頭をかきながらため息をつく。
「…ちょっとまだ時間あるだろ?こっち来い」
カイゼルに建物の物陰へと誘われる。誰かに聞かれたらまずいことを話すつもりなのだろう。ついていって話を聞いたらもっと落ち込むような気がするが、気になるのでセシルは仕方なくついていく。
「お前は、何があったんだ」
カイゼルは人気のない路地に着くと、セシルに話を促した。どうやら、自身のことを話すよりも、オレの不安の種を聞くことを優先してくれたらしい。さすが年長者だなとほめてやりたいが、あいにく落ち込みすぎてそんな気力がない。
「…かくかくしかじか」
セシルは手短に、縁談の事、それが引き金となりサアラに殺されかけたことと今後の自身の身の振りかたについて言う。カイゼルは驚愕の表情をしていたが、ひと先ず縁談と王子の手から逃れられる方法に、心底安堵の息をついたようだった。
「…よかった。お前だけはあの王子の毒牙にかからなくて済むんだな…」
「…え、お前だけは…?」
カイゼルの発言の意味がわからず、セシルは首をかしげた。カイゼルはセシルから目線を落とすと、ぐっと拳を握りこむ。
「…アメリーが、あいつに利用されていたんだ」
「…えっ!?」
驚くセシルにカイゼルは話す。プロポーズのために呼びだそうとしたら、逆にアメリアから大事な話があるからと呼び出され、王子直々に王子付きの侍女に推薦されたからカイゼルの侍女をやめたいと言われた事。カイゼルがあの王子だけは止めるように説得しても、頑として聞き入れなかった事。セシルの事を色々と聞きだそうとしているに違いないと思い、利用されているだけだと説得すれば、アメリアは逆上し家出同然に出ていった事。
何度説得しに城へ会いに行ってもアメリアは頑なになるばかりで、最近は無視されていたとの事。心配なのと万一セシルのことを漏らされたらと思ったため団長にも相談し、諜報用の魔法道具を城に忍び込ませてアメリアを追跡させていたが、今日の未明からそれと通信が途絶え、監視していたことが王子にばれたかもしれない事。そして、今日、王城にアメリアの姿が見られない事。他の侍女たちに聞けば風邪で寝込んでいるとのことだが、無事じゃないかもしれない事。
「…なんで、そんなこともっと早くオレに…!」
セシルは思わずカイゼルに詰め寄った。カイゼルはうなだれて言う。
「お前ら兄弟に言ったら余計な負担をかけるから黙ってたんだ…ただでさえお前、マンジュリカの件で矢面に立たされてるから…」
「……」
セシルはそれ以上、責められなかった。例え言われていても、王子が直々に望んでアメリアを傍に置いている以上、どうすることもできなかっただろう。
それに、騎士や貴族の家にいた侍女が立身出世を目指して城の侍女に転職するのはよくあることだ。むしろ、そういった際には主が推薦状を書いてやることが、侍女に対するねぎらいと思いやりになっている。だから、引きとどめようとするカイゼルの行動は周りに奇異に思われていることだろうし、さらにセシルとラウルが加わって一介の侍女を必死になって取り戻そうとすればもっと周囲に変に思われ怪しまれるだろう。王子もセシルに関する隠し事があることへの疑いを深め、さらに追及してくる可能性もある。
「だけど、どうして。アメリーだってあいつが変態屑野郎って知ってたはずなのに」
「分からない。だけど、アメリーに呼び出された時、あいつ、実はあんなにいい人だなんて知らなかった、噂なんて信じちゃいけなかったなんて信じられないことを言ってやがった」
大方、王子に甘い言葉で騙されたのだろうとカイゼルは思う。諜報用魔法道具―セシルが過去に発明したネズミ型のからくり道具―から送られてくる映像で、度々そういう場面も見ていた。アメリアの熱に浮かされた顔を思いだし、カイゼルは嫉妬と怒りにぎりりと歯を食いしばる。
「一体いつから…」
セシルは頭を抱える。前まで城で王子を見かける度に、一緒になって気味悪がっていたはずなのに。
「武闘会の少し後くらいから、俺の居ぬ間にひっそりと、行先も告げずに外出するようになったんだと。他の使用人を問い詰めたらそう言ったよ。アメリーに口止めされていたんだってさ…。いつどこで最初に接触しやがったかまではわからんが、たぶんマンジュリカのことで気が弱っていたあいつに、優しくして付け込んだんだろうと思う。俺がそばでもっと見守っていればよかったんだが、あの事件の後から仕事が増えて、家を空けることが多くなったから、その間に」
カイゼルはやりきれないという顔をする。セシルもカイゼルの後悔の気持ちが痛いほど分かった。
「…お前の縁談の話も藪蛇に出てきたみたいだから、やっぱり最初からお前狙いでアメリーに近づいたんだろうな…」
オレのせいで、大切な人を巻き込んでしまった。セシルはその責任の重さにいたたまれず、目線を地面に落とした。
「気にするな、お前のせいじゃない。悪いのはあいつだから」
カイゼルはセシルの肩を叩いて安心させるように優しい目で見ると、城の方を睨みつけた。セシルが気に病むことをわかっていて、あえて今まで黙っていてくれたのかもしれない。
「とにかく、ただ単に道具が壊れただけかもしれないし、監視がばれたことでアメリーを隠しただけかもしれないし、本当にたまたま風邪を引いて寝込んでいるだけかもしれない。とにかく、お前だけはあいつから手出しされなくて済むようでよかった。女に戻るのは一苦労だろうけど、アメリーを嵌めてまでお前を手に入れようとしたあいつの苦労は、水の泡ってことだ。ざまあみろと清々するよ」
カイゼルの顔を見る。とてもつらいのだろうけど、笑ってくれている。オレを不安にさせないために。
「うん…」
セシルは気の利くことを何も思いつかなくて、頷くことしかできなかった。
「とにかく、アメリーのことは俺が解決する。必ずあいつを連れて帰ってくるから、心配すんな。それよりお前は自分のことに専念しろ」
カイゼルはぽんとセシルの肩を叩くと、そのまま歩いて行ってしまった。本当は笑顔でいることがつらくて、オレの前からさっさと姿を消したかったのだろう。その後ろ姿が、寂しそうだった。
「…」
セシルもカイゼルの背が雑踏に消えるのを見ると、振り返りとぼとぼと歩き始める。
アメリーがいなくなった、か。
「大方…死んでんだろうな」
そう思い、やたら冷静な自分に驚く。さっき話を聞いた時はかあっと頭が熱くなったが、それきりだ。
小さい頃からずっと一緒に居た友達だった。偽装で塗り固められた環境から始まった友情とはいえ、それはきっかけであり、それからは大切な仲間だったはずなのだ。なのに、もう今は、先程までの怒りだとか心配だとか悲しいだとかの感情がほとんど消えてしまい、少ししか湧きあがらなかった。代わりに湧いたのは諦めと空しさに近い感情。
「薄情だな、オレ…」
―ソレデイイ
「…ん?」
何だか耳元で声が聞こえた気がして立ち止まる。あたりを見る。まばらに通行人はいるが、そばには誰もいない。
「気のせいか」
セシルは再び歩き出す。薄情な自分を責めながら。
そうしながら、ふと思う。そう言えば、昔、誰かにこんな自分を責められたような気がする。
―いつだったっけ?たしか、とてもとても昔だったような
セシルは立ち止まると、目を閉じて思い出す。記憶をさかのぼるが、なかなかその記憶はでてこない。思い出せないと自覚しようとした時、ふっと意識がぼうっとなる。
「どうして、どうして?!なんであなたはそんなに冷静なの?!」
胸倉をつかんで振る女。泣いている。それを自分は、ぼうっとした心地で見下していた。
「あの人が死んだのよ!?親友が死んだっていうのに!どうして!」
「そうだよ、死んだ。だから、泣いたところで帰ってくるわけはない。無駄な体力を使うだけだ」
これはひどいだろ。そう思った瞬間、気が付くとセシルはその二人の脇で立っていた。驚いて辺りを見ると、記号のような文字が書いてある看板ばかりが掲げられた、見たことのない歓楽街だった。しかし、薄汚い。掘立小屋のような家が建物の隙間隙間にあり、半ばスラムのようだった。
「あんたは異常よ、鬼!悪魔よ!」
女の叫び声にはっと振りかえると、すさまじい形相で睨まれている男。見知らぬ男女だが、『そう思って当然』とセシルは心の中で女に同意した…
「……?!」
その次の瞬間、女と周りの景色が崩れていくかのようにかき消えた。残されたのは真っ暗な闇。目の前にはさっきの姿勢のまま、男だけが残っていた。
「……」
赤茶色の髪に、眼鏡をしている。誰だかはわからないが、セシルは得体の知れなさをその男に感じ、後ずさる。
『なあ』
男が振り返った。前髪の陰に隠れて男の表情は見えない。だけど、自嘲めいた声音は、寄る辺のない怒りと諦念を含んだものだった。
『俺だって、こんな風になりたくてなったんじゃない』
男はセシルの方に体を向け、近づく。セシルはじりじりと後ずさる。相手の背が結構高いため、自然と見上げる形になる。
『俺だって、頑張ったんだよ頑張って頑張って頑張って。だけど』
「…?!」
間合いを一気に詰められたので、セシルは剣を抜こうと腰に手をやったが、そこには何もない。驚愕するセシルの頬に、男は手で触れた。ぞくりと背筋に悪寒が走り、セシルは飛びのこうとしたが、できない。見れば足元がドブに沈みこんだかのように、黒い空間に沈んでいた。
「なんだよっ、これ!?」
足を抜こうとするが、接着剤に沈んだかのようにへばりついて抜けない。そんなセシルの動揺など構わず、男は話し続ける。虚ろな目をしながらセシルの両腕をつかみ、一方的に聞かせ続ける。
「はなせっ!はなせったら!」
『何にも変わらなかった。何にも。何に~も』
「うるせっ!お前の話なんか聞いてねえ!」
『この広い世界でちっぽけな俺が頑張ったって、何かが変わるわけなんてない。当たり前だよな。…そんなこと考えてみれば簡単にわかることなのに。それなのに、俺は地道に頑張っていたら、いつかきっと皆を幸せにできるなんて馬鹿な自負心と希望をずっと持ち続けていたんだよ。生まれてきたからにはきっと自分には役目があるなんて、馬鹿な使命感を持って』
光を失った茶色の瞳が、自分の目を逃さないというかのように覗き込む。その目には何も映っておらず、深い闇が奥深く広がっていた。まともに見続ければ、自身の存在の中にその闇が入ってこられそうでセシルは恐ろしかった。セシルはもがき続けて視線をそらそうとするが、すさまじい執念とも言える力で男はセシルの両腕を押さえ、自身の目を見させようとする。
『そうやって自分を信じて、つらいことも我慢して、皆を助けた。けど、それは全部全部ぜ~んぶ無くなって。それでやっとわかった。人生は無意味。生きる理由など、進化の過程で理性と感情を持ってしまった人間が作り出した幻想。真実がもたらす虚無感から身を守るために、生存本能がつくりあげた防衛反応。生きていくために必要だっただけの言い訳』
「お前、離せって言っているのが聞こえないのか?!説法するなら教会へ行ってやれ、どあほ!」
『お前も、リアンみたいにそうじゃないと言うんだろう?そうだろうな、確かに人間らしく生きる意味を持って生きられるやつもいるさ。だけど、家柄がいいやつとか、金を持っているやつとか、総統みたいに上の位のやつばかりだ。その他の人間はなんで生まれて来るんだ?ただ、誰かの駒か踏み台にされて死んでいくしかないような人生しか送れないのに。なんでこんな、こんな世界で生きなきゃいけないんだ?』
―コイツ、マジで頭おかしい
ふと男は急にセシルの腕を離した。セシルは思わず尻餅をつく。
『ああああああああああああ!』
急に叫ばれたのでぎょっとして顔をあげれば、男は上を向いて叫んでいた。
『つらいつらいつらいつらい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。もうこんなの嫌だ。こんな世界は腐っているおかしい、いらない。どうせみんな、みんな俺を置いて居なくなる。そうなら、皆消えてしまえばいい。大切なやつも憎いやつも幸せなやつも不幸なやつも自分も、みんなみんな全部全部全部何もかも消えてなくなってしまえばいい』
顔と頭をかきむしり、男は泣き叫ぶ。セシルは狂気を孕んだ男のその様子を、何も言えず唖然と見ていた
「……?!」
が、男はふと、その姿勢のままぴたりと静かになる。男の指の間から怖気立つような眼光が覗いていた。ぞわりとセシルの背筋に悪寒が走る。
『君なら、わかってくれるよな?』
「分かるかよ!」
咄嗟に口から言葉が出る。分かったらいけないような気がした。そんな境界がセシルの前と、この男の間にあるべきだという気がしたからだ。
『わかってくれる、君なら。いやわかるはず。わかるはずなんだ』
男は苦しげに頭を抱えた。
『君は世界で唯一、唯一俺と同じだからわかるはずなんだ』
「分かるかよ!さっきから何言ってんだか、さっぱり意味わかんねーよ、キチガイ!勝手に人を仲間扱いすんな!」
セシルは巻末いれず、叫ぶ。すると、男は頭をかきむしり始める。
『わかるはずわかるはずわかるはずわかるはずわかるはずわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれわかれよ』
狂ったように叫び始める男。
絶対に分かりたくない。と、セシルが思った時、男の背後の気配がおどろおどろしくなった。
「……?」
その気配は黒く膨らんで男を包む。
「…!」
それは男と融合し、その背から何本もの触手となってセシルに向かう。逃げようにも足が沈んでいて動けない。
「…ひいっ」
それはセシルの体中にまきつく。ねっとりとした感触のそれはおぞましく、触れているだけでどす黒い何かが肌を通して浸透してくるような気がした。いいや、気がしたのではない。事実、何か黒い靄がセシルの体の中に入り込んできていた。
『わからせてやる。分からせてやる、絶対に』
「うぐ…っ」
セシルの体が宙に浮き、締め上げられる。足が抜けたのは良いが、もう逃げられない。
『だって俺たちは友達なんだよ。いいや、親友、家族、これも違うな。君と俺は運命共同体、そう同志なんだよ』
「ぐ…う」
締め付けられて苦しいと言えば苦しいが、それ以上に体内に入りこんでくる何かが気持ち悪い。拒絶したい。だけど、どこか懐かしく、心地よくて受け入れたいと望んでいる自分にも気づく。
―まずい
本能的にそう思う。なにが、とは分からない。だけどそう思った。
しかしどうにもできない。
そう思ううちにも、体の中が何かで満たされていく。
絶望、悔悟、諦念、虚無感、怨嗟
苦しい、気持ち悪い。拒絶したい
―だってこれはオレの感情じゃないから
気持ちいい、懐かしい。受け入れたい
―だってこれはオレの感情だから
訳が分からない。セシルの中で、相反する感情が拮抗する。
「…誰か!」
触手の渦に飲み込まれる寸前、セシルは叫ぶ。しかし、虚しくも触手はセシルを包み込み、視界を奪う。せめて、拘束されていない右手を伸ばす。しかし、助けなど来るはずもないと、心のどこかで分かっている。
―もう駄目だ…
そう思った時、セシルの閉ざされていた視界が急に明るくなった。と思う間もなく、
「……?!」
体から切られた触手が舞い、散って消えた。男とセシルは衝撃で地面にもんどりうつ。
体を起こすと、目の前には白い光の玉があった。その光は揺らぐと形をとっていく。
「人間…?」
輪郭がぼやけているものの人型になった。セシルをかばうように立っている。その人はセシルを振り返る。
『ぎりぎりセーフ!…セシル、大丈夫?』
「…う、うん」
とりあえず助けてもらったのだろうと理解する。オレの名前を知ってくれているようだが、誰だろう。声に何となく聞き覚えがあるというか、良く知っている感じなのだが、体が光でできていて顔が見えないので確認のしようがない。光の人物は男につかつかと近寄ると、その肩を叩いた。
『おい、おい、オレだ。ここにいるんだけど』
『わかれよ、わかってくれよ、わかってくれ』
しかし、その人物の言葉は男には聞こえていないようだった。膝を地面につき震えて、うわごとのように何度もつぶやき頭を抱えている。
『…いい加減気付いてくれよ。おい』
どうやら知り合いらしい。その人物は男の肩を叩き、頭をはたき、やがてあろうことか蹴り倒しげしげしと腹を蹴りはじめたが、男は頭を抱え独り言ばかり言い全く反応しない。
『しっかし、老けやがったなあ、おっさん。おいおっさん、おっさん返事しろ。…ちょっとぐらい怒ってくれよ、オレ寂しい…ウルウル…おい!年甲斐もなく潤目までしてやってんのに、む~し~か~よ~?』
そのうち光の男は、返事をもらうのはあきらめて、男をどこかへ運ぼうと腕を引っ張り始めたが体格差もあり無理なようだった。
『くっそ、今回もやっぱ駄目か…』
光の人物は男を離すと、ため息をついたようだった。
男は泣き続ける。しかし、光の人物は容赦なく『いい年超えたおっさんが何泣いてんだ』とぼろくそに言い足先でげしげしと蹴っていて、セシルは何となく哀れに思った。ふと、セシルのその心を読んだかのように、光の人物は振り返る。
『セシル、言っておくがこいつに同情したら終わりだぜ。何があっても、いくら可哀そうでも同情だけはするな』
「…お、おう?」
セシルは意味は解らないが、強い調子で同意を促されて思わず頷く。
『これはこいつの問題で、お前の問題じゃないから…まあ厳密にはお前の問題になっているんだが…説明がややこしくなるからそれはこの際はいいや。とにかく、ごめんな…こいつ、これからも苦労をかけると思うぜ』
光の人物は申し訳なさそうに言う。なんだかその雰囲気が、誰かにそっくりだと思う。そして気づく。
―あれ、この声、話し方。オレそっくり
そう思った時、ふとセシルの意識が浮上した。
「…っ!?」
夢からさめたような心地の中、セシルは思わず傍の建物の壁に手をついた。
「…ゆ、夢?」
こんなにはっきりした夢、しかも白昼夢など見たことない。
セシルは息をつき胸の動悸を沈めながら、夢の内容を思い返す。そうしないとすぐに忘れてしまいそうな気がしたからだ。
何やら現実味のない上、ちぐはぐな内容を繋ぎ合わせたような、訳の分からない夢だった。しかし、妙に臨場感あふれるものだったように思う。
「変な夢…」
ただ、夢とはわけのわからない情景や場面の組み合わせであることがほとんどだし、そんなものでも妙に現実に近い緊迫感があったりするものなので、ああいうのもありなのだろうと思う。
「…?」
ふと違和感を感じ右手を見れば、無意識の間にだろう。いつの間にかあいつの懐中時計が握られていた。今日から使おうと持ってきて、懐に入れていたはずだったのに。
「……」
それにしても。セシルはいつの間にかかいていた額の汗を手で拭う。
―リアン
この名前、前にどこかで。
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『誰だ、誰だ、誰だ……君の、名前は?』
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