第8章:化け物

8-①:幸せって

 翌日。朝早くに目覚めたセシルは、一番にラウルの部屋へ飛んできた。サアラのことが気になっていたからだ。その時、ラウルの部屋にはサアラの嘆願に来ていた侍女たちがいたのだが、彼女たちの一部はラウルに向けていた必死な目を一転、セシルを睨みつけた。


「元はと言えば!セシル様が悪いのではないのですか!」

「ミリィ、やめて!」

「いつまでたっても、サアラの気持ちに全然気づかないから!あなたに縁談が来たって聞いて、どれだけ落ち込んでいたか知ってましたか?!」

「やめなさい!」


 無礼を止めようと何人かの侍女は必死に止めるが、ミリィと呼ばれた侍女は構わず激昂をセシルにぶつけようとする。それに扇動された侍女も口々に言いだし、またそれを止めようとする者も入り乱れ、場は騒然となった。


「おやめなさい!」

 呆然と入口に突っ立ったままだったセシルの後ろから、張りのある声が響く。振り向けば侍女頭のケイトだった。

「サアラの処遇はラウル様が考えて決めることです。あなたたちが口々に言って決まるものではありません。」

「ですが」

「それよりも、あなたたち、仕事はどうしたのですか?朝食の準備の時間だというのに、誰も台所に入っていないなど、侍女としてあり得ないことですよ」

 ケイトがきつく言う。侍女たちは不貞腐れたように黙った。

「さあ、戻って仕事しなさい!」

 ケイトはぱんと手を叩くと、侍女たちはしぶしぶと言った風に解散し、持ち場に散っていった。その侍女たちの後ろ姿を、セシルはぼうっと眺めていた。


「まったく…」

 ケイトはふうと息をつく。そして、立ったままのセシルの肩をポンとたたいた。

「ほら、セシル様も入って」

 ケイトはセシルを中に促すと、ドアを閉め鍵をかけた。


「体は大丈夫ですか?」

「うん…」

「もう少し寝ていても良いんですよ」

「ううん、よく眠れたし…寝ているどころじゃないし…」

「私は一睡もできていないんだが…」

「ラウル様」

 ケイトにたしなめるように言われ、冗談のつもりで言ったラウルはごまかしに笑い、黙った。


「サアラは…?」

 セシルはおずおずと聞く。ラウルはやっぱりそれが心配だったんだなと思う。

「今は空いた部屋に閉じ込めている。思いつめて自殺でもされたら困るから、見張りも付けている」

 セシルはそうか、とだけ言うと力なく目をそらした。

「大丈夫、悪いようにはしない」

 うん、とだけかすかに返事をしたのを、ラウルは不安げに見る。自分のせいだと思い詰めているのだろう。慰めてやりたいが、今はそれどころではない。


「それより、お前に話があるんだ。ケイトにも聞いていてほしい」

 昨日の今日の状況に、気が引けながらもラウルは本題を切り出した。偽装結婚についてセシルに話す。驚愕しつつも、セシルはラウルの話をさえぎることなく聞いていた。

「なあ?本当にそうしなきゃどうにもならない?」

 一通り話が終わった後で唖然と問うセシルに、ラウルは頷く。すると戸惑ったように、おろおろと視線を泳がせた。

「オレ、女に戻るなんて…」

「そうですよ…急に言われても心の準備が…」

 ケイトもラウルの立てた計画に戸惑いつつ、セシルに同意する。


「…わかっている。だけど、あいつの妻になるのとどっちがいい?」

 ラウルが問いかけると、セシルはしなしなと小さくなる。

「…そりゃ、女に戻る方が100倍マシ…」

 セシルはううと黙った。しかし、あきらめたくないのか、何やら一生懸命考え込んでいる。


「そうだ。オレがこの家を家出するってことじゃ、ダメ?」

 ラウルは、はあと呆れる。

「お前、それでどうやって生活していくつもりなんだ?」

「オレ、元々浮浪児だし、仕事ぐらい何とかしてみせるよ。だから、勝手に家出したってことで、兄上には迷惑かけないから」

「お前、そうなったらマンジュリカの格好の獲物だぞ…それに、お前の母親の時のように、王家の奴だって血眼で探すだろうし」

「…」

 マンジュリカに関しては他の奴らは役に立っていない状況だから、家出してその手を借りられなくなったとしても対して脅威は変わらないだろう。だけど、兄上やカイゼル達に知られないうちにもしも奴にさらわれたとなると、助けられる望みもなく怖い気もする。それに、父母と市井で生活していた時のように王家の捜索の手が及びそうになると、夜逃げ同然に逃げ出すという生活を思いだし、セシルはあきらめて黙った。しかし、懸命に次なる策を考え始める。


「そうだ!オレを事故かなんかで死んだことにして葬式して、その後にどっかへ逃げるとか。そしたら、マンジュリカにも狙われないし、万々歳じゃん」

「私も最初はそれを思った。だが、時期が悪かった。『墓荒らし』の犯人も明らかになった以上、王家の者…特にお前が死んだとなれば、死体は厳重管理されるだろう。死ぬに死ねない」


『墓荒らし』とは墓を暴き、副葬品には見向きもせず、死体や骨を盗む謎の泥棒だ。7年ほど前からリトミナに加え近隣諸国で、頻繁と言うほどではないが発生していた。盗まれる死体に共通するのは生前、珍しい魔法を使えた者ばかりであること。死体を使ってその魔力を利用したいのだろうということは予想できた。窃盗を防ぐために、墓守を置くなどの対策が取られていた所もあったが頻繁に起こっていたわけではないから、対策していない所も多かった。だが、王家ともなれば話は別なため、リトミナ王家では墓守を置いてきっちり対応している。

 また、事件が起こる中で火葬された骨は見向きされないらしいということがわかってきており、現在では遺体を掘り起こして火葬し直すなどの対策を取っている者も多い。


 犯人はマッドサイエンティスト的な魔術師かと思われていたが、麻薬事件が起こり始めてからはマンジュリカの関連も疑われていた。だが、当時は確証もなく、長らく不明であった。

 しかし、今やマンジュリカがあの魔法道具を使用したことで、彼女が犯人だとほぼ断定されている。サーベルンの諸侯で公爵トーン・ラングシェリンの墓が1年ほど前に荒らされたことと、あのローブは無関係ではないはずだ。


 だから、セシルを死亡したことにするために焼死などの身元がわからないような身代わりの死体を準備しても、王家の奴らはごまかせても、万一それが火葬前に奪われ実験に使用されたら、マンジュリカにはセシルの生存がばれてしまう可能性がある。


「……」

 思いつく限りの万策がつき、うう~とうなだれているセシルの頭をポンポンと叩く。

「…大丈夫、ただの偽装結婚だから」

 しばらく大人しくそうされていたが、やがてセシルはラウルを不安そうに見あげる。

「オレはともかく…兄上は、それでいいの?」

「……?」

 セシルに問われている意味が解らず、ラウルは首をかしげる。そんなラウルにセシルは続けて問う。


「これから先、本当に大切にしたくて結婚したい人が出てきても、第二婦人か妾にしかできないんだよ」

「なんだ、そんなことを心配してくれているのか。…そんな人、現れないだろうし、跡取りだって別にどうでもいいと思っているしな」

 だって、私は見限られた人間だから。はははとあきらめたように笑うラウルを、セシルはその理由を察して、やりきれない思いで見る。


「とにかく、だ」

 ラウルはセシルの不安な心地を少しでも和らげようと、あっけからんとした声を出す。

「お前の幸せを守ることが私の幸せなんだから、そんなありえない心配等しなくていい。お兄ちゃんに任せておけ。いつもは頼りならんが、今回だけは絶対にお前を守ってやる。だから、私の言う事を聞いてくれないか」

 そう言いつつもラウルは思う。セシルの本当の幸せは、きっと自分と共に居続けることではないと。しかし、身動きが取れない以上、今はこれ以外の幸せを叶えてあげられない。

「……うん」

 セシルは心の整理がつかない。だけど、今できる最善はこれしかないのだろう。セシルは迷いながらも頷いた。

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