閑話:とある世界での、ある日常。

 その日、出稼ぎでめったに帰ってこない親友の父親が、帰ってきた。そして、街へとおれ達を、遊びに連れに行ってくれることになったのだが…。


「…おい、お前、いつまでそうしてんだ?」

 おれは呆れながら、路肩に座り込んでいる親友を見る。しかし、親友は何も答えず、雑草をぶちぶちと引きぬいては、捨てていた。そして、何やらぶつぶつとつぶやいていた。


「いつもはほったらかしのくせに。今更何が『遊びに行こう』だよ。一人で遊べばいいんだよ」


 良く聞けば、親友は同じような言葉を延々とつぶやいては、いじけているようだった。


「…○○、どうしたらいいと思う?」

 おれの隣に居た親友の父親は、助けを求めるかのようにおれを見てきた。大の大人が何十歳も年下のおれに助けを求めるのはいかがなものかと、おれは思う。

「とりあえず、根気よく説得すれば?」

 おれはそう言い、しれっと目線を逸らす。親友の父親は「見捨てないでくれよ!」とおれの両肩に手を置いて、必死な顔で見てきた。


「……じゃあさ、あいつの隣にそっと座って、何気ない会話をしてみれば?話しているうちに、機嫌直すんじゃない?」

 おれは、面倒くさいので適当に言った。なのに、親友の父親は、「うん、やってみる!」と大真面目に受け取って、親友の元へと向かう。そして、親友の隣に座ると、あたりさわりのない話をし始めた。



「なあ、××。あの雲の名前、なんていうか分かるかい?巻雲って言うんだよ。青い空に、筆で白い絵の具を塗ったようで綺麗だろう?」

「……」

「おっ、××。飛行機雲だ。ほらほら見て見て!綺麗にできてるぞ」

「……」



 親友の父親は、ぎこちないものの普段通りを心掛けて親友に話しかけていたが、親友は雑草を引きちぎり続けて完全無視を続ける。だからやがて、親友の父親の言葉には、焦りが見え始める。


「なあ、××。お前、背が伸びたなあ」

 親友の父親は、ついに思い切ったかのように、親友の頭を撫でようと手を伸ばした。しかし、親友はその手が届かないうちに、ぷいっと立ち上がって、場所を変えて座り込んだ。



『…○○~、助けて…』

 親友の父親は、懇願するかのような顔でおれを見つめてきたが、おれは知らん顔を決め込んだ。


 すると、親友の父親は、意外にもなけなしの勇気を振り絞ったのか、もう一度親友の隣へと座った。そして、今度は、親友のちぎり捨てた雑草を拾い上げ、それを話題にして親友に話しかけはじめた。

「ねえ、××?知っている?この草はね、ノゲシって言うんだよ」

「……」

 しかし、親友は、再び立ち上がると、場所を変えて座り込んだ。親友の父親も、めげずに再び親友の隣に座りに行く。

「××、ほらほら、これナズナって言うんだよ。これ、意外にも食べられるんだよ」

「……」

 しかし、やはり親友は再び立ち上がると、場所を変えて座り込んだ。


 親友の父親は、それでも親友の隣に座りに行き、そして何度も場所を変えられては隣に座りに行き、根気よく話しかけていた。しかし、いつまでたっても振り向いてくれない息子に、親友の父親は真面目な表情となると、息子がちぎり捨てたクローバーを拾い上げた。そして、先程までとは違う、少し暗い声で語りかけた。


「××、知っているかい?クローバーの学名って、トリフォリウム・レペンスって言うんだよ。お父さんの工場でも、これと同じ名前の物を使って、大きい物を作らなきゃいけなくて…。だから、何が言いたいかっていうと、長い間放ってしまってごめん。お父さんも××の顔を毎日見たいんだけど、お仕事があるからどうしても無理なんだ…」


 どうやら、親友の父親は素直に、息子に謝罪の意を見せることにしたらしい。だが、それでも親友は、無視を決め込んでいる。

「ごめん、××。本当にごめん」

 親友の父親は、頭を何度も下げた。しかし、頑固なところのある親友は、無視を固く決め込んでしまったらしく、無視を続けていた。


「…××」

 やがて、父親が発した鼻にかかった声に、親友は、はっと顔を上げた。

 親友の父親は、今にも泣き出しそうに、目いっぱいに涙を溜めていた。

「いいよ。も、もういいから!もう許すから!」

 親友は、父親を自分が泣かせそうになっているという事態に驚き、慌てて言った。すると、親友の父親は「良かった。許してくれなかったら、死のうと思っていたんだ」と泣き始めてしまったので、親友は尚更慌てて、どうしたら泣きやませられるのかと、父親の周りをくるくる回っていた。


―遊べる時間が減るから、さっさと素直になればいいのに

 おれは、そんな親子を見ながら、はあとため息を一つついた。そして、空を見上げた。



 青空には、巻雲と飛行機雲が、美しい景色を描きだしていた。


 すぐにではないが、雨が降るかもなと、おれは思った。

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