6-⑥:息の根止めてもいいですか?

「眠い…」

「ああ…」


 セシルとカイゼルの2人は、王城の庭に面した回廊を歩いていた。カイゼルがクマを飼った目をこするとなりで、セシルもしょぼつく目をしばたたかせていた。


「あの女には精神操作みたいな魔力痕と…重力魔法と吸収魔法の痕跡がありました、なんて、言われなくてもわかってるし。重力は知らんかったけどさ、それがどうしたって感じ…」

 セシルは魔術師庁から上がってきた報告書を丸め、反対側の手のひらをボンボン叩く。


「まあ、森の広場とそれ以外の各所に新しい魔法痕があったのは、手掛かりになって助かったけどな。…森に残っていたのは、重力と火、風の魔法痕。重力は死体を浮かせて移動させたってことだな。…後、火と風は女が使ってないとなると仲間がいたってことだ。俺等が森に入った時にはすすけたところとかがいっぱいあったけど、領主の兵は森の中まで入れなかったって言っていたから。俺らが来る前に誰かがいて何かをしていたってことだ」


 森全域にはセシルの吸収魔法の痕跡があり、女が使っていたとしても識別がつかない。代わりに、重力魔法と火炎魔法、後風魔法の痕跡が点々と森の中にあった。重力魔法に関してはもし残っていたのが広場だけだったら、セシルのものと混ざってしまって見過ごされていたところだ。だが、森から外には、正体不明までに薄まった魔法使用の痕跡が、微量に残っているだけで追跡までには至っていない。魔法痕とは魔法を使ったり魔方陣を張ったりした際に、魔方陣を描いた物質や周辺の物質に残るものなのだが、空へ物質を持ち上げたりしたとしたら空気中の元素に残るため、風で流されてしまえば消えて跡が残らないためである。


「なんにせよ、どうやって集めて何をするつもりだったのか、その根本がさっぱりなんだよな…」

「鳥の魔物が群れだって山脈の向こうから飛んでくるのを見た人もいるから、きっと皆向うから集まってきたんだろうけど。だから、ジュリエの民も何かたくらんでそうな気はするんだが、いかんせん簡単には調べにいけない土地だからな。お前のひいひいひいひい…後何個付くかな、とにかくお前のひいおばあちゃんの実家遠すぎるから…」


 結局行き詰まりか。

 2人で同時にため息をつく。


「とりあえず、団長にさっさとこれ渡して、今日は家帰るか」

 もう寝たいというセシルに、カイゼルもああと頷く。

「団長は今日も帰れないみたいだがな」

 2人して昇進はしたくないものだなと、頷いたのだった。





 カイゼルに心配されていた通り、目の下にクマどころか、やつれて顔の各所に影を飼うようになった団長は、今ラウルの目の前の執務机に座っていた。


「まったく…お前の弟は歩いただけで何か面倒を引っ付けてくる…歩く強力な磁石かと思うよ」

「すみません」


 ラウルは自分が悪い訳ではないという不条理さを感じつつも、とりあえず謝る。ちなみに、今回は外交に関してはあまり関係のない事件だったので、ラウルは助かったと思っている。


「やっと武闘会の件が落ち着いてきたところだったのに…」

 団長は背もたれに体重をかけ、ため息をついた。

「外に出すなり、こうなるとは…」

 団長は出来ることなら、セシルを家の外に出さないでおきたかった。だが、度々の国王をはじめとする者たちからの要請に、いつまでもそれができる訳などない。だから、せめて今回は、「病み上がりの体の感覚を取り戻させるため」との名目で、あまり事件とは関係のなさそうな遠方へ派遣したというのに。


「…マンジュリカホイホイかよマジで、あいつは…」

 ちなみにゴキブリホイホイとはセシルが屋敷の台所のゴキブリ退治用につくったもので、家で雇っている料理人たちが仲間に紹介したことに始まり、今やリトミナ中でヒットしていて周辺国にも進出中の商品だったりする。派生商品にネズミホイホイがある。実際、リートン家の家計では、ラウルの給料より、そうしたセシルの特許であがってくるお金の方が多かったりする。


「お気持ちはわかりますが、それ本人には言わないでくださいね。気にしているんですから…」

「わかってる。分かってるけどこのやり場のないストレスをぶつけずにはいられないんだ。だから、お前に八つ当たりしているんだ」

 八つ当たりしている本人にそう言うなんて失礼だろと思いつつも、妻子にもう2週間も会えていないだろう団長の気持ちもわかるので、ラウルは「はいはい」と軽い調子で受け入れておく。



 ふと、こんこんと執務室のドアがノックされる。

「セシルとカイゼルだな、そろそろ魔術師庁から報告上がってきている頃だから」

 団長は返事をすると、どっこいせと座りなおす。そして入ってきたのはやはりその二人だった。


「団長、魔術師庁からの報告「カイゼル、ちょうどいいところに来た。報告書は貰っとくがちょっといいか?」

 真剣な顔になった団長は、カイゼルの話を制する。隣にいたセシルはけげんな顔をする。


「ラウル君、ちょっとカイゼルと2人でしたい話があるから、セシルを連れて帰ってくれるか」

「えっ…急に。別にいいですが」

 ラウルはおもむろに言われ疑問に思うが、まあ何か個人的な話でもあるのだろうと頷く。


「カイゼル、お前なんかしたのか?」

「…」

 セシルが報告書をカイゼルに渡しつつ見れば、カイゼルは覚えがあるのかうってかわって真面目な顔つきになっている。どうやら、何か身に覚えがあるらしい。セシルはとりあえず、巻き込まれるのは面倒だと、促す兄に従って扉にいそいそと向かう。


「じゃ、お説教頑張れよ」

 そうして、セシルは兄と共に、廊下へ出た。





「兄上も今帰り?」

「ああ、お前もだな。一緒に帰ろうか」


 ラウルはセシルと2人ならんで、城の廊下を外へと向かう。たまに忙しそうに、役人がとてとて走って行き来しているが、昼下がりの王城とは基本のんきなものだった。さらに、夏の終わりの気配が、けだるさと郷愁がまざった空気を空間にみたしていて、余計に時間がたつのが遅い気がする。


 前の事件の時は国家規模だったから、その時の城は連日、皆必死な顔をした役人や侍女やらがどたどたと走り回っていた。今回のはちょっとした事件だから(とはいってもラウルにとってはそんな気がしないのだが)、城の様子にさほど変わりはない。ふと、脇をみれば寿退職した侍女が自身の子供を抱いて、かつての仲間と共に談笑しているようだった。挨拶がてらに来たのかもしれない。

 それにふと、兄は武闘会の事件でさっぱりと忘れていたことを思い出す。


「なあ、セシル」

「ん?」


「な~に?」と間の抜けた顔を向けてきた弟に、少々つまりながらもラウルは続ける。

「すぐに断ったんだけどね…お前に、縁談が来てたんだ」

「へえ…って、は?!」

 セシルは仰天、兄に向き直る。


「あり得ねえ。オレに縁談?!」

 お兄ちゃんだって、ありえないと思ってたよ。こんな幼い(内外見ともに幼稚な)弟に縁談が来るとか。だけど、それは兄にとっての話であって、世間的にはセシルは十分大人なのをラウルはその日まで忘れていた。


「武闘会前に、シャロン伯爵から…。娘婿に欲しいとのことだったんだけどね」

「…伯爵の正気を疑う…」

 王家の血を引くとはいえ、どこの馬の骨とも知らん奴との間に生まれた奴を婿に、だと?


「…それだけ王家の血は魅力だからね…」

 若干難あり物件とはいえ、娘をセシルと結婚させ女児を為せば、王家に輿入れさせて家の地位の向上ができる。何しろ、セシルのような天才的な魔法の血は、今の王家にとって涎垂物だ。


「…無理。絶対ムリ」

 セシルはううと頭を抱える。

「…だけど、お前ももう16だ。今回は断ったが、これからも次々と入るだろう」

「頼むからこれからも全部断ってくれ。兄上だってわかってるだろ?」

 わかってる。しかし、ラウルは力なく首をふる。


「実は…最近、国王…というか国王の政治顧問団―取り巻きが焦っていてね。……『マンジュリカなどという一個人に国家を揺るがされるなど、あり得ない事態。それでなくとも、脅威に対抗できうる国力を取り戻すために、お前の血を本家にとりいれなければ』、と」


 現国王は脆弱な魔法しか使えない。次期国王である王子は使えるが、並程度の力量である。リトミナ王家は魔法の維持のために近親結婚を繰り返してきたが、近親結婚の弊害か下の代になるにつれ早世するものが増え、傍系の王族も減り今やリートン家だけである。そうして、現在王家の魔法の力ははっきりとした形で薄れてきていた。それは国家の機密であり、万一こんなことが国内に知れれば国家転覆を考える輩のいい口実となる可能性があり、国外にばれればリトミナに侵攻を始める国が出てくる。特に心配なのがサーベルンだ。過去の雪辱を誓って、リトミナを攻め始めるに違いない。


「これからは積極的にお前の婚姻に口出しをしてくるだろう。お前に見合った、というよりも、お前の子がさらに魔力を持てるような血筋との縁談を持ってくるはずだ。国王の命令ともなれば、俺だって断れない」

「……」

 兄の申し訳なさそうな顔に、セシルは何も言えなかった。


「こんなことは言いたくはないが……近々、お前も将来のことを考えて覚悟を決めなければならない時が来る…」

「……」

 セシルの前にあるのは2つの道。しかし、前者はいやだ。セシルは強く思う。だけど、だから結婚という訳にもいかない。


「どちらの道を選ぶにしろ。つらいことだと思うが…「二人とも深刻な顔をして、何の話をしているのだね?」

「「!!」」

 その声にぎょっとして振り返れば、噂をすればと言った風にいけ好かない奴がいた。


「なんだね2人とも。久しぶりに会ったというのに、随分結構な歓迎じゃないか」

 盗み聞きとは礼儀のない奴めと思うセシルの隣で、ラウルは慌てて先程までの話の中に聞かれて不味い言葉はなかったか頭の中で反芻する。


「アーベル王太子殿下、お久しぶりにございます」

 兄に目くばせで促され、セシルもしぶしぶと言った風に頭を下げる。

 アーベル・フィランツィル=ショロワーズ。ラウルと同い年の22歳で、現在の国王である豚野郎の一人息子、つまり次期国王である。リートン家はセシルとラウルの祖父にあたる人が、当時の国王の年の離れた弟だった。つまり、この目の前の王子とは、セシル達はまた従兄弟の関係になる。


「妙にそよそよしいね。何か聞かれてまずい秘密の話でもしていたのかい?」

 王子はかつての父親によく似ているらしい、整った顔をいたずらっぽくかしげる。


「とんでもございません。何しろ身内のお聞き苦しいことを話していたものですから、殿下のお耳に障ったらとんでもないと思っただけでございます」

 聴いていたくせにとぼけている王子を前に苦々しく思いながらも、別に聞かれても不味い言葉がなかったことを確認し終えたラウルが、営業スマイルで対応する。


「身内だけなんて、私だって身内だよ。寂しいことを言わないで、何か困ったことがあるのならば私に相談してくれよ。力になろう」

 ね?と王子がにこりと頭をかしげると、くすんだ銀色の毛がさらりと揺れる。昔からの付き合いで、腹黒いことを知っているラウルはさらに警戒を強める。セシルもだ。好青年に見えるが、裏で男女問わずその心と体を虜にし、恋人と称した自身の手駒としていることを知っているからだ。獣を相手にしているとの噂まである。


 王子はああそれと、と話を続ける。

「セシル、君もだよ。何かお兄さんでも解決できないようなことがあったら、私に相談してくれ」

 王子は人の好さげな表情をつけたまま、セシルを見る。セシルはその目に得体の知れなさを感じつつも、引かないように足に力を入れる。

「いつでも、力になってあげるから」

 下衆めいた色がその眼に走ったのを、ラウルは見逃さなかった。


「殿下、お気遣い誠に感謝いたします。ですが、殿下が聞く価値もないほど些細な事ですので、殿下自らお手を煩わせるほどのことでもありません。御気になさらないでください」

 ラウルのその言葉に、王子は残念そうに「そうかい」と素直に頷いた。

 しかし、王子はセシルに再び目をやると、穏やかな表情を湛えつつ続ける。


「そうだ、私の困ったことと言えば、近頃縁談がうるさくてね。色々と悩んでいる所なんだ」

 王子はやれやれとお手上げといった風に、セシルに手をあげて見せた。

 聞いていないふりをしていたくせに、急に何を。ラウルはさっと気色ばんだが、すんでのところで顔に出さずに済んだ。


「また今度、私の悩みを聞いてくれるかい?」

 セシルは結構ですと言いたいが、相手が悪すぎる。セシルがどう答えようかと考えるよりも先に、さっとラウルが前に進み出た。

「そういった悩みでしたら、今度折りを見て私がお聞きしましょう。弟はまだそのようなことには疎いもので、我知らず失礼を働くこともあるかと」

「そうかい、よろしく頼むよ」

 王子は大人しく退いたようだった。そして、にこおとした笑顔をセシルに向けた。

 ぞぞぞと悪寒を抱くも何とか笑顔を張り付け続けるセシルに、王子は「じゃあ」と背を向けそのまま行ってしまう。



 辺りに誰もいなくなったのを確認してから、セシルはぽつりと言う。

「なあ…兄上。ばれないようにやるからあいつ暗殺していい?」

 口調からして冗談だろうが、目が本気だ。

「…ははは、やめてくれ。お兄ちゃんの心臓が持ちそうにない」

 冗談口調に本気で止めにかかるのもおかしいから、笑ってごまかしておく。けれど、ここであやふやにしてしまっては本気で実行されそうで怖い。一応やめるように言っておく。

「…わかったよ…」

 大人しく頷いたセシルは、王子の消えた廊下をみながらため息をついたのだった。

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