5-⑤:十人並み

 帰り道。家を出た時にはお昼の少し前だったが、結局2時間近く店に縛り付けられ、セシルはこみあげてくる疲労感にげんなりとしていた。隣では、半分魂の抜けたような顔でぼけっと歩いているカイゼルがいる。


「…で。情けないことに、カイゼルは指輪どころか、ネックレスとブレスレットの注文も取りつけられたと」

「……大丈夫…分割だから…」

 消え入りそうな声で言っているところを見ると、全然大丈夫そうではないが。

「まあ、あれだよ。…アメリーが喜んでくれるなら、金なんてどうでも…」

「で、あっけなくプロポ撃沈して、すべて水の泡となりましたとさ、めでたしめで「うああああ!!!!」

 顔を覆い絶望の雄たけびをあげるカイゼル。道のど真ん中で仁王立ちをして。事件の影響で閑散としていることが幸いして誰も見ていないが、本当なら他人のふりをしたいところだ。


「ま~だ決まったわけじゃないだろ…そんなに反応しなくても」

 セシルは呆れつつ言うが、本人は顔を覆ったままうっうっと泣いている。大の男のくせにと、セシルは若干引く。

「お前なあ…大丈夫だって。カイゼル相手なら断らないって。なんたって、10年来の付き合いだろお前ら。断る方がおかしいっての」

 カイゼルとアメリアは、お互いにセシルよりも付き合いが長い。それに、とりあえず仲がいいんだから大丈夫だとは思う。


「そうかなあ…だって、よく考えたら俺、あいつに好かれる要素なんてなんにもない…」

「よく言うよ、モテる顔して。もっと自信を持て」

「セシル、お前そう単純に言ってくれるけど、男は顔じゃないんだよ…もっとこう性格的にって言うか」

 理想の男性論をカイゼル如きがやたらと真剣に言うので、セシルはからかってやりたくなる。


「確かに今まで散々他の女と遊んでた奴に、急に改まって結婚の申し込みをされてもなあ」

「うああああ」

 また叫ぶカイゼルに、セシルははあとため息をつく。冗談で言ってやっただけのつもりなのに。が、言ってしまってから、ふと気づく。改めて考えてみると、カイゼルの夜遊び火遊びなら、侍女であるアメリアが知らないはずがない。しかし、アメリアはそんなカイゼルに嫉妬の様子を見せたことがない。さらによくよく考えると、二人が腹を割って話せる間柄であるのは知っているが、アメリアの方はカイゼルに対して親しみを持っていても、ときめきやらそんな類の物を持っていた様子は…。セシルは自身の記憶を探る…ない、ないな。


 セシルは急に背筋が冷えてきた。


 アメリアは他の男性にはしない砕けた態度をカイゼルにとっていたから、てっきりアメリアにとってカイゼルは心を許せる存在なのだと思っていたが…。もしやアメリアの方はカイゼルを超仲の良い友達か家族と思っているだけで、異性としてのそんな気は全くないのではないか。


『…アカン、こんなこと思ってたら現実になりそうだから思わないでおこう』

 セシルは小さく首をふって不安を打ち消した。うん、きっと大丈夫だしダメだったらダメでその時だ、と思い直す。

「とにかく、長年の思いを言うだけいっちまえよ。女を口説くときにで大事なのはOKをもらうことよりも、その人への思いの深さを知ってもらうことだと思う。だから、結果を気にするより、まずは思いを知ってもらうところを努力しろ」

「…うん、頑張ってみる…………ああ!やっぱ駄目だ!結果も気になる!もし振られたら!」

「大丈夫。その時はあきらめず二回目のプロポーズをしろ。一回目の失敗を踏まえてさ」

 また頭を抱えて叫ぶカイゼルに、セシルはよしよしと肩を叩いて安心させる。とりあえず、チャンスが一回限りじゃないことに気づいたカイゼルはぱあっと顔を明るくする。それにセシルは笑顔で頷きつつも、オレは子守かと心の中で自身に突っ込んでおく。


「さて、帰るけど、お前には家まで送ってもらうぞ。もうとっくにサアラは帰ってるだろうから、無断外出がばれているだろうし、説教は一緒に受けてもらうからな」

「はあ?!」

 カイゼルはさっきまでの不安も忘れ、セシルをぎょっとして見る。


「何?文句あんの?タイムリミットのことも忘れて呑気にセールスうけやがって。オレは無理やりカイゼルに買い物に付き合わされたと言うからな、後はよろしく」

 セシルはにんまりとすると、カイゼルを引っ張って歩きだした。

「ちょ…!なんで俺だけが悪いわけ?!…お前が手伝わずに、呑気に店主としゃべってるからじゃん…」

 口をとがらせ反論を始めたカイゼルに、セシルは怪しい笑みを深める。

「へえ、じゃあいいの?サアラに言っちゃうけど?『カイゼルがアメリーにプロポーズするから、その時の準備のために買い物に行きました』なーんて」

「…っ!!」

 そんなこと言われたら、きっとラウルと団長にも話が行く。皆で乗り気になって、手伝うやらなんやらで大事になるだろう。俺は落ち着いてこっそり行動したいのに。


「……わかった。責任とります……」

 ぎりぎりと口の中で歯噛みしながら、カイゼルは頷く。「分かればいいんだよ、カイゼルくん♡」とパンと軽く肩を叩くセシルを睨みつけたいが、いかんせん弱みを握られているので。

「さあ、これで憂慮すべき事態は無くなったし、さっさと来い」

 俺には憂慮すべき事態が増えただけなのだが。恨めしげにセシルの背を見ながら、カイゼルはのそのそと歩き出す。


「…そういえば、お前もなんか買ったのか?」

「んー?帯飾り買ったけど?安もんだけどな」

 と言いつつ、セシルは懐に入れていた紙袋を取り出す。包装を開けて、帯飾りを手の上に出して見せる。

「赤い宝石だな。何かは知らんが」

「カーネリアンって言うんだってさ」

「へえ、変わった名前」

 セシルは出したついでだしと、帯に金具を留めた。赤い宝石のついた本体から、何本か垂れる鎖の先についたさざれの水晶が、動くたびに互いに触れ合ってしゃらしゃらと澄んだ音を立てる。うん、なかなか良いけど尾行の時には使えないな、と判断しておく。


「あんまりお前に似合わないな。かつらとったらなおさら似合わんだろうな。やっぱ赤は駄目だなお前」

 カイゼルがう~んと首をひねりつつ、言う。セシルはむっとする。

「お前、似合わないなんて言葉、死んでもアメリーに言うなよ。絶対、ひっぱ叩かれるからな。そうでなくても嫌われるからな。オレだから許すけど」

 セシルは自分でも、赤色は似合わないと知っている。さらに言えば、この宝石みたいに、朱色系の赤ならなおさら。サアラも服のコーディネイトの際には避けてくれる。だけど、寒色系かモノクロ系ばっかりの物を身に付けさせられて、飽き飽きしているこっちの身にもなってほしい。だから、ちっとばかし似合ってなくても、大目に見てほしい。


「…すまんって、そんなに睨むなよ」

「睨んでねえし」

 まじまじと顔を見ていただけだ。最初は確かに睨んでいたけど、何となく急にカイゼルの顔をよく見たくなったから。


「お前は良いよなあ、髪の毛は普通の色だし、背は高いし、筋肉もそれなりだし、それに加えてイケメンと来てるし。オレなんて、こんな髪で顔で。イケメンじゃなくてもせめて普通の男に生まれたかったな」


 リトミナは、元々は淡い色素の者たちがいた土地柄ではあるが、ヘルシナータ人との混血の歴史で、現在では赤茶色や灰色、栗色など明るいものの微妙に暗い色の髪色が主流である。目だって淡い色のものは少ない。しかし、王家の人間は魔法の能力の維持のため、近親結婚ばかりしているために、北国の色素の薄さが残っている。だから、セシルは髪の毛をたなびかせて街を歩くだけで、王家の坊ちゃんだとばれる。商店街の屋台のやつらは、オレが知らない奴もオレのことを知っている。だから今日みたいに隠れて買い物に行こうとしたら、かつらをかぶらなければならない。



「あ~あ、今度生まれ変わったら、絶対ショタっ子でもイケメンでもなくて、かといって不細工でもない普通の十人並の顔に、ってあれ?……」

 セシルはふと立ち止まる。


―あれ、このやり取り前にどこかで


 何気なくそう思っただけだった。しかし、セシルの無意識が、そのわずかな記憶の切れ端を何とかつかもうと追い求め、手を伸ばす。





どこかの部屋。

―講義室

どこの?

―大学

この記憶はいつの?

―放課後の夕方

そこにいるのは?

―2人だけ



 少年の銀色の髪。それが窓から入る夕日に朱色に染まっている。その彼の目の前に座る男は、彼には朱色は似合わないなと思いつつ、自身の赤茶色の髪をいじる。


「今度生まれ変わるなら、決してショタっ子でもイケメンでもなくて、かといって欠点をあげるところがなくて~いい意味でも悪い意味でもさして目立たない普通のやつになりたいんだよなあ」

 そう言った少年。男は無表情が板についた顔を呆れにゆがめた。


「生まれ変わり?ついにオカルトに手を出したかお前。悪いことは言わないからさっさと抜け出せ。人間なんて死んだら終わり。期待するだけ無駄」

 すげなく言い返す男。言い返された少年はぶすっとふくれる。普通どころか、自分よりもはるかに高身長で、寝癖や無精ひげをほったらかしにしてて容姿には無頓着なものの、その気になればかなりのイケメンになれる恵まれた彼に。


「人の苦労も知らずにそんなこと言いやがって!この容姿のせいで、上官のしごきのターゲットになることよりか、男に犯されないかと日々戦線率立とするこのキャンパスライフ!こんないだなんて、晩飯の後外で一人特訓してたら先輩どもに草陰に連れ込まれそうになったんだぞ」

「結局返り討ちにしたんだろう?それだけの力があれば、やすやすと犯されやしないさ。それでもいやなら大学ここやめれば?」

「無理に決まってんだろ!金!ここでたらオレ生活できない!」

「じゃあ大人しく貞操を捧げりゃいいんじゃないか?一度汚れてしまえば、その後のことはあきらめもつくさ。慣れたら存外気持ち良くて、癖になるかもしれないぞ」

 慣れる…?誰もいない物陰で裸にされ、数人に回される。殴られ蹴られぼろぼろになり、涙目で許しを請う自分を飽き足らず犯し続ける下衆な男ども…しかし、その行為に次第に快感を覚えるようになり、自分から求めて腰を振る…


「ようになってたまっかチクショー!!って言うかなんてこと想像させやがんだこの腐れ外道!」

 少年は叫んで想像をやめる。頭を抱えて振る少年を男はしれーっとみている。

「お前な、なんだその眼は!友達が悩んでんだぞ、同情ぐらいしろ!」

「はいはい、かわいそうですねー」

「お前、棒読みくらいやめろ!」



 馬鹿みたいなやり取り。しかし懐かしい。


 腹を立てた少年は、板張りにだんだんと足音を立てさせながら、出入り口の引き戸をバアンと開けた。そして少年は振り返りざま叫ぶ。

「もういい!覚えとけよ、オレは…………………………!!!」

 その後、バアンと再び閉じられる扉。


 言われた言葉を一度口の中で反芻すると、やれやれと男は椅子から立ち上がる。

「つくづくアホだな、リアンは」



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「もういい!覚えとけよ、オレは…………………………!!!」の『オレは』の後にはどんなセリフが続くのでしょうか?


これだけで、物語の四分の1の謎が解けるかもです…たぶん。

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