5-④:衝動買い
ほんの一ヶ月と半振りなのに、街の喧噪を聞いたのは何十年も前のことのようだ。セシルはしみじみと思いながら、屋台街の机の用意された一角に座り、大好物の甘栗を食べていた。ほの暖かさと甘いほっくりとした味が、舌に染みわたる。今まで体を気遣った、薄い味の食事ばかりだったからなあとセシルは思う。
「なあお前、あんまり消化の悪そうなもの食うなよ。まだ治ったばっかなんだし」
「甘栗ちゃんは消化に悪くないし。それに、それをお前が言えるかあ?治ったばっかの奴を外に連れ出したくせに」
「そりゃそうだけどさ…」
不安げにそわそわとセシルを見るカイゼル。大方今日の外出でオレに何かあったら、後でサアラに殺されると思っているのだろう。
「オレはもう大丈夫だっての。サアラが気を使いすぎるだけだよ」
セシルは最後の甘栗をぱくんと食べると、たまった皮を包装していた紙に包み、くずかごに投げ入れる。
「さあさっさとプレゼント買いに行くぞ。確か装飾品系はあっちの方」
立ち上がりすたすたと歩き始めたセシルを、カイゼルは慌てて追いかける。
お昼の屋台街は、いつもなら体を少し横にしながら進まないといけないほど混んでいるのに、閑散としていた。家にこもっていたから街の様子など全く知らなかったが、どうやら人々は皆あんな事件があってから外出を極力減らしているみたいだ。商売あがったりだなあこりゃあ、と考えて、ふと思う。
「なあカイゼル。そういや、どうして急にアメリーにプロポーズする気になったんだ?」
常々さっさとくっつけとは思っていたが、なんせ今はこんな時期だ。セシルは思った疑問を口にしただけだが、カイゼルは肩をびくんとあげて、こっちを見た。
「…え、いや、その」
目の位置が定まっていない。顔が十も数えないうちにタコ並に赤くなっていて、もじもじとしながらみてくる。変なところで純情だなあ。セシルはしゃあねえ奴だなと口を開く。
「あれか?あれがきっかけで『俺がそばでしっかり守ってやらなきゃ』みたいな心地になったからってことか?アメリー、あれからずっと怖がってたもんな」
カイゼルから聞いているところによると、あの事件から後、アメリアはいつもと変わらぬ風で仕事をしてはいるものの、かすかな物音にも過剰に反応するようになったらしい。だから、カイゼルは仕事が忙しいながらも時間を捻出して、わずかでもそばにいる時間を作ってやっていたらしい。最近はそうした努力が実ったのか、嘘のように明るくなってきているそうだ。
「ああ、そんな感じだ」
カイゼルの顔が少し緩んだ。代わりに言ってくれてありがたいといった風だ。
「あの時は簡単にやられたけど、今度こそぶちのめしてやるんだ!」
セシルはそれってフラグだよなあと思いつつも、その意気込みをへし折ったらせっかくのプロポーズまで止めるとか言い出しそうだから黙っておく。
「…」
それにセシルは感心する。いまだにアイツ相手に、勝利を信じていることに。オレもそんなふうに、理屈に囚われずに自身の意気込みや夢を語れる次元に居たら楽だったのにな、とうらやましく思う。
「頑張れよ、オレも頑張るから」
別にセシルは頑張る気などない。だけど『頑張れ』とだけ言えば、こいつを突き放すような冷淡さを含むような気がして付け加えただけ。だけど、カイゼルはセシルのそんな気など知らず、「ああ!」と拳を握ってみせる。
―うらやましい
オレはいつから、素直に何かを信じなくなったのだろうか。
そんなことを思いながら、カイゼルをセシルはどこか懐かしい心地で見つめた。
『うぜえ』
アクセサリーの専門店に足を踏み入れ、15分。中にはセシル達以外にお客はいない。
久々のお客なのか、売り子さんが全員で寄ってたかってご丁寧に説明してくれる。一般客に優待客並みの扱いだが、逆に委縮するだろこれ。
「お客さまあ、これなんかよくお似合いで」
「こちらもどうぞお客様あ」
「あの…オレ一応男なんですが」
5人がかりでのセールスにセシルは小声で反論するが、聞こえちゃあいない。指輪やら腕輪やら首輪やらを構わずつけられる。外されるよりもつけられるペースの方が早く、今やジャラジャラと金属音をまとわせた成金スタイルになっていた。
『サアラ、助けてぇ』
どうやらオレは今日、着る服を間違えたらしい。サアラに内緒で出かけたために、サアラにコーディネイトしてもらわなかったのが原因だろう。ショーケースに映った自分の姿を見れば女に見えないこともない。
「こちらの商品、彼氏さんもお似合いだとは思いませんか?」
「いや、こいつは彼女じゃないですけど…」
カイゼルもセールスにちぢごまりつつ反論しているが、聞かれていない。
いつの間にかカイゼルの彼女扱いされてるし。
ああ、外出たさに来たけど、こうなるなら来なきゃよかった。逆に時間かかってるし。よく家に来る宝石商に、手ごろな値段のを持ってきてもらえば良かったとセシルは今更後悔する。
今からでも即座に帰ってそうしようか。いや急に呼んでも来るのは明日以降。かえって時間がかかる。時間がかかればこの小心者のカイゼルはあれやこれや考えて考え直し、プロポーズを止めるかもしれない。ここは迅速なプロポーズの実現のためにも、ここで今日買わねば。
「あの、オレ、男!それと、隣のこいつの彼女用に指輪見に来ただけで。オレはただの連れなので、勧められても何も買うつもりはないから!相手するならこいつの相手して!」
セシルはまず、時間の無駄の諸悪の根源、勘違いを正すことから始めようと決めた。
「ま、まだ彼女じゃ…ふがふが」
カイゼルは慌てて否定するが、そんなことをされては余計にややこしくなる。セシルはカイゼルの口を塞ぐと、「こいつ、一人で入るの恥ずかしいって言うからついて来たんですう」と店員に笑顔で取り繕う。
「あらあ、そうだったんですの、失礼いたしました」
すると、2人がささっとセシルに付けたものを回収し、3人がショーケースからあれやこれやと引きだし、カイゼルにあれやこれや言って売り込みを始める。
やっと解放されたセシルは、丁度置いてあった腰掛に座った。うってかわって1人で5人に取り囲まれ、営業トークに半ば目が回り始めたカイゼルを少しおかしく思いながら見ていた。
「…いらっしゃいませ、お嬢さん」
「…あはは、残念ながらオレお嬢さんじゃないですう。これでも騎士やってますう」
丁度出てきた店主を、セシルはひきつった笑みで振り返る。
「こ、これは失礼いたしました。あまりにかわいら、あ、いえ、うっかり見間違えてしまいまして」
慌てて口走りかけた言葉を取り消してはいたが、言わんとしたことはバレバレ。
「お、お客様。今日は何をご所望で」
額に少し青筋が浮かんだお客を相手に、店主はさっきのやり取り自体をなかった事にすることを選んだ。
「いいや、オレはあそこのあいつの付添いに来ただけで、何か買いに来たわけじゃないです」
顔を向けてカイゼルを示せば、店員にもみくちゃにされ、カイゼルは泣きそうな顔をこちらに向けている。『お前、選ぶの手伝ってくれんじゃなかったのかよ、何休んでんだ!』と顔に書いてあるがそれを無視し、店主に「だからお構いなく」と言う。
「では、待っているのも退屈でしょうから、お茶でも入れますね」
「ありがとう」
流石接客業の店主だ、気が利くな。別に飲みたい気分でもないが、断わるのも悪い気がする。
そそくさと店の奥にすっこんでいった店主の背中を見送り、セシルはカイゼルを見る。あれやこれや商品を台に乗せた女たちに囲まれているのを、他人事のように大変だなあと思う。薄情かもしれないが、あれぐらいの大人数で売りこまれるなんて想定外だから仕方がない。それにそれぐらい大人数のプロにご丁寧に(皮肉)選ぶのを手伝ってもらえるなら、女の宝飾品なんてさっぱりのオレなんて出る幕がないし。
楽になったのは良いが不思議なもので、最初からそうすればよかったのに、と少し卑屈な思いがわいてくる。
「さあ、どうぞお客様」
ぼけっとしている間に淹れ終わったらしいお茶を、セシルはお礼を言いつつ受け取り、一口含む。
「…お客さん、他に居ないですね」
飲み終わるまで待つつもりなのか、セシルの脇で待機する店主の視線に、居心地が何となく悪いセシルは世間話でもして待っていようかとしかたなく話しかける。
「そうなんですよねえ、お客さんも知っているでしょうが、あの事件からさっぱりでして。みなさん、外出に警戒しているようで…」
「大変ですねえ」なんて頷きながら、セシルは他愛もない話を続ける。そのうち店主も腰掛を持ってきて隣に座る。長くなりそうな予感にセシルは心の中でため息をつく。
『カイゼル、早くさっさと終わらしてくんないかなあ』
適当に相槌を打ちながら店主と話しているが、次第に話せる話題も尽きてくる。セシルは落ち着かない心地でカイゼルの方を見るが、カイゼルは頭をひねってばかりで一向に終わる気配がない。
やがて店主との会話も言葉数が少なくなり、お茶も空になる。店主は空の湯呑を受け取ると、奥の方へ片づけに行った。そして、再び出てきた店主を見れば、ブローチやらネックレスやら、色々な装飾品を置いた板を持っている。
『ああ、こりゃ…』
手持ち武沙汰に、オレに向けてセールスを開始するらしい。
「まだまだあちらの方はお時間がかかるでしょうから、お客様もどうぞご覧になられませ。こちらは昨日入荷したばかりのものでして、まだ店頭にはお出ししていないんですよ…」
差し出されたものを拒めるわけもなく、うまくかわせるかなあと思いながら、セシルは載せられた商品達を見る。
『うわあ…』
そして、セシルは、一番お目にかかりたくないものと目が合った気がした。水色の宝石のついた女物のネックレス。
セレスタイト―またの名をセレスティン
うげえと思わず目をそらしたくなったが、事情を知らない相手に不審に思われると思い、隣にあった赤い宝石のついた帯飾りに助けを求めるつもりで目をやる。すると、最初は気を紛らわせるだけのつもりで目を向けたのだが、はっとあの人を思い出すような色の宝石―赤い宝玉で。
「これなんの宝石?」
セシルはついといった風に口を開いてしまった。
「これはカーネリアンでございます」
「カーネリアン…」
どこかで聞いた事あるような名前だなあ、とセシルは何となくおもう。セシルが食いついたと勘違いした店主はあれやこれや説明を始めるが、どこで聞いたんだっけと思い出そうとしているセシルはほとんど聞いていない。
―これ頂戴
気がつけばそう言っていた。我に返ったセシルが打ち消しの言葉を発するよりも先に、店主は嬉々として包装に取り掛かっていて、今更取り消しにくい状況に。
―まあいっか
さして貴重ではない部類の宝石なのか、付いていた値札はそれほど高くない。財布には武闘会当日に、機嫌のよかったサアラからたんまりもらったお小遣いが入ったままだったから大丈夫だ。
それに、こんな安物が売れただけなのに嬉しそうに包んでいる店主を見れば、よっぽど客が来ていなかったことがうかがえるので、断わるのはかわいそうだ。
が、衝動買いとは珍しいなあとセシルは自身に驚く。まあ、別にあっても困るものではないのだし。
セシルは、財布から硬貨をいくつか取り出し店主に渡しながら、『一品は買ったのだから後にセールスが続いても断れるし、得したと考えておこう』と思う。
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