5-③:プロポーズ→指輪
が、カイゼルを部屋に入れて、10数分後。今やセシルはいらいらとしていた。
「カイゼルお前なあ。プレゼントを買いに行くぐらい、一人で行けよ」
「いやだってさあ、女って何貰ったら喜ぶかわかんねーんだもん。そこでお前なわけよ」
カイゼルは頼む!とぱちんと顔の前で手を合わせた。しかし、セシルはげんなりと顔を背ける。
カイゼルは最初、何だかやたら頭を掻いたり、窓の外を向いたりして落ち着かない様子で、セシルに最近の体調を聞いたり、あの事件の調査の進行度合いを伝えていた。だが、どう見ても別の何か気になることがあるようで、本題を切り出せない様子なのはすぐにわかった。
だから、言いたいことがあるならはっきり言えと言ったのだ。そしたら帰ってきたのはめんどくさい返事で。それというのは、カイゼルは、一週間後に迫ったアメリアの誕生日プレゼントを一緒に選んでほしいとのことだった。セシルは聞かなきゃよかったと思うが、もう遅い。
「お前丁度外へ出たがってただろ?こっそり行こうって。サアラが帰ってくるよりも前に帰ってきたらばれないって」
カイゼルはセシルに甘言を囁くように言った。しかし、セシルは自由気まま勝手に街で遊びたいだけで、そんな女物を選ぶという、ハードルの高い買い物を頼まれるなんて嫌だ。
オレに頼りたくなる理由はわかるが。というか、さっきのカイゼルの嬉々とした様子の訳に、今更ながら気づく。こいつ、最初っからサアラの買い出しの時間を狙って来たな、と。
「お前なあ…言っとくけどオレ、女心なんてさっぱりだぞ。お前、元遊び相手とか元カノとか、一杯いるんだから誰かに聞けよ」
セシルのつれない態度に、カイゼルは思わずセシルの両肩を持って揺さぶった。
「お前は、そんなプレゼント欲しいと思うか?!好きな人へのプレゼントが実は元カノに選んでもらったものでしたなんて、ばれたらどうなるか女心さっぱりでもわかるだろ!」
セシルはう~んと考える。
「別に物に罪はないし。とりあえずもらっとくかなあ。ネックレスとかだったら、どうせタンスの肥やしになるだけだし、その後で売ればいいんだし」
「……もういい。お前に聞いた俺がバカだった。だけど、とにかくだ。アメリーへのプレゼント、一緒に買いに行け!」
「…ええ~なにその強気。さっきまで手を合わせてたのに」
「行く気失せるう」とセシルは、上目づかいで口の下に人差し指を当てて「どうしよっかなあ」と言う。「頭が高い。頭下げろ」と遠回しに言われているのに、カイゼルはううと拳を握る。
「セシル殿、お願いします。俺と買い物に行ってください」
カイゼルはプライドを捨て、頭を床に付けた。「分かればいいんだよ、カイゼルくん」とにやにやした声が頭に振ってきて、カイゼルの額に青筋が浮かぶが、いかんせんここはこらえて我慢だ。
「じゃあ、あらかじめ何を買うか決めておくぞ。店に行ってから考えたら、デザイン選ぶ暇が無くなって時間の無駄だからな」
あやふやなままに買い物へ行ったら、色々と悩んだ挙句、結局何も買えなくなるのがオチだ。事件直後よりは落ち着いたとはいえ、カイゼルだって日々仕事に追われている。カテゴリーだけはしっかり決めておいて、後は良い品選びに時間をかけた方がいいだろう。セシルは、椅子にどっこいしょと座ると真面目に語り始める。
「化粧品系は女の好みが分かれるし肌に合うかどうかわからないから、男が選んだら迷惑だろう。花束もいいが、どの道枯れる。お菓子も食べたら終わりだ。やっぱり女性への特別なプレゼントなら、長年使えるものじゃないと。それに毎日目につくか身に付けられる物なら最高だ。なんて言ったってそれをみる度に自分を思い浮かべてもらえるんだからな。雑貨類…ぬいぐるみとかポーチとかもいいかもしれないが、やはり特別感を出すならアクセサリーが妥当だと考える」
カイゼルはうってかわって、セシルの前に正座すると、目をキラキラと輝かせうんうんと真剣に頷いている。どこぞの忠犬だ。まあそこまで必死な思いを抱いていることは認めるが。
「なおかつその中から理想的なものを選択すると…」
指輪⇒手洗う時に邪魔。
腕輪⇒何かと邪魔。
イヤリング⇒耳がじんじんして痛い。しまいには頭まで痛くなる(サアラ談)。
ピアス⇒穴開けるの怖そう。アメリーも穴開けてないし。
髪飾り⇒気づかないうちに落としそう。
ブローチ⇒つけてる間に落としそう。
ネックレス⇒鎖切れたらなくしそう。
「だあああ!そんなん言ってたら、なんもねえじゃん!」
カイゼルは叫びをあげた。頭を掻きむしり立ち上がる。
「文句つけんなよ。合理的に考えたらそうだろ。ていうか、これだけデメリットあんのにアクセサリーを好む女どもの気が知れない」
セシルは顎に手をやり、至極真面目に女どもの正気を疑った。
「じゃあ最初っからアクセサリーが妥当なんて言うなよ!他のもんにしろよ!」
「そうだなあ、じゃあ雑貨系で行けば…ぬいぐるみは…どうせ窓際の飾りになるだけで、日焼けして色が変わって、しまいにはホコリかぶってダニがわくからな。却下だ。ポーチは…化粧品を入れて毎日使っているうちに、口紅やら頬紅やらで汚れて、しまいには元の色が消えてぼろぼろになって、かといって買い換えるのも面倒だからいつの間にか5年ぐらい使っちゃう代物と言うからな…ここは毎日使える上に長年使えるものということで、ポーチにしとけ」
「お前、どんだけ現実的なんだよ、もうちょっと夢を持て!それと!そんな末路を聞いたら、ポーチなんてあげる気失せるから!アメリーがぼろぼろになったポーチみつつ、俺のこと思ってくれるなんて嫌だから!」
「え~、ポーチにしとけよ…」
めんどくさい奴だなあと、セシルは額に手を当ててため息をつく。
「お前なあ、そんなこと言ってたら何もプレゼントできねえぞ」
「その言葉は思いっきりさっきのお前にブーメランだな!」
「しゃあねえな、ネックレスにでもしとけば?工事用並に鎖が頑丈なやつ。これなら切れないだろ」
「しとけば?って、なんだよその適当さは!それと鎖の頑丈なやつって奴隷かよ!」
「いいじゃんか、俺が一生飼ってやる♡ってことで」
「俺そんな趣味ねえわ!というかアメリーのトラウマえぐるだろ!」
ああいつまで続くんだろ、このやり取り。そう思うとセシルは急に冷めた心地になった。宴会の場所決めの話し合いとかでこういうノリが続くのはよくあるが、ふと我に返って、どうでもいいことに時間と労力を割くその無意味さにイライラしだすことがセシルにはよくある。そういう心地になったときも、いつもならノリを合わせたまま終わるまで耐えるのだが、気心知れてるカイゼル相手にそんな遠慮はいらない。
ついに、セシルはダンと立ち上がってカイゼルを睨んだ。
「お前なあ!そんなに気合い入れなくても、普通にプレゼント選んで買えばいいだけの話だろ。
セシルにとっては怒りにまかせて至極当たり前な疑問を口にしただけなのだが、カイゼルが急に黙りこくった。
「……なんだよ」
「…」
急に静かになって、セシルは強く言いすぎたのだろうかと少し戸惑う。すると、カイゼルは目をおろおろとさまよわせた後、おずおずとセシルを見た。
「…なんだよ」
「その、さ」
何か言いにくいことでもあるのか。セシルははっきり言えと目に力を込める。するとカイゼルはあきらめたかのように口を動かした。
「お前ならさ。もしプロポーズされるなら、何が欲しい?」
「……。………?………っ!!」
最初は理解できなかった。しかし、10秒後理解する。まさかお前。セシルは思わずカイゼルの顔を見る。すると、カイゼルは目をそらし、顔を赤くして頷いた。
「そうかそう言う事だったのか、カイゼル」
ついに決意を固めたということなのだろう。セシルは打って変わってにんまりとほほ笑んだ。急にあやしく笑ったダチに、カイゼルは一瞬引いてたじろいだ。
「そうかそうか、豆乳の君がついにねえ」
「…うるさいな、わかったなら付き合えよ」
肘でこづいてやれば、カイゼルは苛立ちで恥ずかしさをごまかしながらつぶやく。そうか、ついに覚悟を決めたかカイゼル。
「お前なあ、最初っからそうはっきり言ってくれればいいのに。…じゃあ、指輪に決まりだ。早速買い物に行くぞ」
「え、なんで指輪に即決なんだよ」
「プロポーズと言えば婚約指輪だろ、しらねーの?」
「婚約に指輪?そんなのきいた事ねえけど」
「とにかく指輪なの!」
首をかしげるカイゼルに向けて言い切るなり、セシルは部屋着をばばっと脱いだ。ほぼ真っ裸のまま、適当にクローゼットから服やらを取り出し身に付け始める。
「お前なあ…風呂上がりのおっさんじゃあるまいし……」
カイゼルは頭を抱えた。「お兄ちゃんそんなふうに育てた覚えはないのに」と顔を両手で覆い、さめざめと泣く。
「なに訳の分からんことをごちゃごちゃと。」
寝込んでいたので、伸びて邪魔な髪を後ろに束ねまとめる。今やサアラより伸びてるし。明日ぐらいに切ろうと思いつつ、今日はお忍びだからとその上に灰色のかつらを装着、上着を羽織る。
「ほら、さっさと行くぞ」
用意の出来たセシルはカイゼルの腕を引き、駆けだす。屋敷の中だと他の使用人の目があるので、当然ベランダへ。
「え、ちょっと!おい待てこら!裏口からこっそりいくんじゃ」
いくらセシルが身軽だとはいえ、今は病み上がりだ。体が戻っているとは限らない。
「ひゃっほーい」
しかし、久々の外出に嬉々としているセシルは話などまったく聞いていない。カイゼルの手が届くよりも先にベランダの手すりから飛び降り、セシルは庭に着地する。ひとまず無事だったのでカイゼルは胸をなでおろすと、仕方ない奴だなあと後に続いた。
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