5-②:恋の屁理屈

「……」

 セシルは部屋着を着て、ベッドでうつらうつらと本を読んでいた。開いた窓からくる陽気が風呂上がりの髪に心地よい。武闘会の頃は春とはいえど少し肌寒かったのに、今は外で陽ざしに当たると熱いくらいになっている。後半月もすれば本格的な夏が来るだろう。まあ、本格的とはいえ、一応寒冷地帯にあるリトミナの夏はお隣のサーベルンにすれば春みたいなものらしいし、その短い夏はすぐに終わり少し長い秋と長い冬が来るのだが。


「ああ、ひまだなあ」

 セシルは本を投げ出すと、ごろんと仰向けになった。週に2.3回はカイゼルが顔を見せにくるのだが、今日は来るだろうか。たまにヘルクが来るが、からくりの新作はいつ作るのか?ってうるさいだけだし迷惑だ。団長は睡眠不足で見るからにやつれているので、来てくれない方が余計な気を使わないのでいい。


「それにしても…」

 ちらと机の方を見る。隠し引出しの中に時計を入れてある机だ。

「サアラは変な方にとらえ過ぎるんだよ…」

 オレが恋なんてありえない、とセシルは思う。そして先程まで検証しつつ読んでいた恋愛小説に、ちらりと目線を向けて「そうだよなあお前」と返事を期待しないで問う。


 サアラは恋だ恋だと言うけれど、恋というものはキスしたいとか抱きしめたいとか、さらに進むと結婚したいとか一生一緒に居たいとかそういう類のものだと思う。よくよく考えて自分の思考をまとめるが、あの男はにちょっと似ていたから気になるだけであって、あの男にキスしたいとかそんなのは思わないから恋ではないはず、きっと。


 あの人に良く似た安心感があっただけ。だから、何となく優しい人なんだろうなとわかって、よく知りたいと思っただけ。知り合いになれたらと思って。


 恋とはきっと違う。恋の始まりは、外観や性格などに「いいな」とか思ってから良く知りたくなることが始まりらしいが、それは友達を作るときにも同じことはあるから、恋と結論付けることはできないはず。


「そうだよ、恋じゃないんだから」

 誰に言っているのか最早自分でもわからないが、自分でうんうんと頷く。第一自分は男だし。


 後の心配事は兄上が見つかり次第消すと言っていたことだが、それに関してはまあ大丈夫だろうと思う。混乱で目撃者もろくに男の顔を覚えていなかったし、サアラの証言をもとにつくられた人相書きは一応できているが、運よく描いた人の問題か、特徴だけとらえるとそういうものになるのか、似ていない。

 それにその人相書きは事件調査の関係者が使っているだけで公に指名手配されている訳でもないし、とっくに国外に出ているのならきっと捕まりはしないだろう。それに本当に犯罪者や密入国者なら、あんな目立つ行為をしてしまったのだから警戒して、再入国するなら容貌を変えるなりするだろうし。


―兄上はオレの能力とかマンジュリカとのことを言い触らされたら困るって言っていたけど、きっとあの人なら口数多く言い触らしたりする人じゃない。犯罪者のくせに、真面目が板についているような雰囲気の人だったから


 そんな気がするだけで信じるという、普段の自分ならあり得ない危ない橋を渡っているのはわかっているが、セシルは何だかそんな気がした。



「レイン…ほんとの名前はなんていうんだろ」

 本名かもしれないけど、おそらく偽名だろう。だって、思い返すと、名乗るときに少しためらっていたから。偽名を名乗るのにためらうぐらいの良心が残ってるなら、なんで犯罪者なんかに。

 病気のおっかさんがいるとか、よんどころない事情でもあったのだろうか。色々と世の中うまくできてないなあ。セシルはため息をつくと、力を抜いてベッドに身を預けた。と、


「せーしーるうう!」

「…カイゼル様、廊下で大声出さないでくださいませ!行儀の悪い」


 廊下から聞こえてきた声に、セシルはぱあっと顔を明るくして起き上がった。

「やったカイゼルだあ!」

 セシルが廊下へ飛び出すと、陽気な顔をしたカイゼルがようと手をあげている。


「はあ…裸足で飛び出すなんて、セシル様までお行儀の悪い。まあいいわ、ちょうど買いだしに行くところだったので。1時間半ほどで帰ってきますので、その間セシル様のお相手を頼みます、カイゼル様」

 カイゼルは「おっしゃまかせとけ」と威勢よく言う。めんどくさい留守番を押し付けられたのに、なんだか喜んでいるようにも見えるのだが。サアラも少しいぶかしんで首をかしげている。


 とにかく、セシルは、さっきまでの何だかもやもやした心地などすっかり忘れてしまったのだった。

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