3-⑦:僕の生きる意味
感情の化け物となったカーターに、最早自我などなかった。
だけど、命が終わるその瞬間、暗い水底から少しだけ浮上したかのように、かつてカーターだった意識がおぼろげに覚醒する。
僕には母上しかいない
―屋敷の者は、ある者は憐憫の目で、ある者は嘲笑の目で見てくる。父親は目すらろくに合わせてくれない。自分を、大きな愛で包み慈しんでくれた母上
母上の涙をみたくない
―第一夫人と彼女の子供達と共に出掛ける父の背を、涙を押し殺し見送る母上
こんな毎日、もううんざりだ
母上を喜ばせたい
母上の笑顔が見たい
だから、強くなる
だから、賢くなる
だから、公爵家の跡継ぎになる
だから、母を苦しめるやつらを消してやる
母上のため
母上のため
母上のため
―お前さんの意思は、どこにあったんじゃろうな
その思考は、ため息まじりの誰かの声で中断される
カーター、あなたは強くなるの
カーター、あなたは賢くなるの
カーター、そしてあなたは公爵家の跡継ぎになるの
カーター、そしてあの後妻たちや子ネズミたちを見返すの
―そんなこと、僕にはできないよ、母上
認めたくなくて、けれど心の底では分かり切っていた事実。
カーターは、誰もが一人ぼっちで迎える今際の意識の中で、それを素直に認めた。
―もっと早くに認めていれば、何か変わったんだろうか
カーターは思う。しかし、無理だろうな、と思い直し、寂しく笑った。
『それが、僕の生きる糧で―意味だったんだから』
カーターが初めて持った、自身の意思
死の前に、それすらも消えていく
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