3-⑤:死の淵からの『ひさしぶり』

「…いったいなんなんだ?」

 暴風から身を守るために、座席の後ろに身を隠していたレスターは、恐る恐る顔を上げた。そして驚愕する。

「なんだあれは?」

 グラウンドの真ん中。先ほどセシルがカーターの息の根を止めたはずの場所には、人型の、しかし黒色のごつごつとした皮膚と棘に覆われた巨大なモンスターがいた。血走った目が、何かを探すように辺りを見渡している。


「あれ…一応、人間だよな…だって元カーターだもんな。けど5.6mはあるぞ…」

 レスターの隣では先程合流したロイが、同じく驚愕の表情をしている。

「なあ、レスター。もうこれ、ノルン無視して逃げた方がいいんじゃねえ?」

 ロイは軽い調子で言っているが、声の震えが隠せていない。レスターだって実際今すぐにでも逃げ出したい。しかし、さっきの絶縁結界装置の爆発直後に、「逃げよう」とノルンに通信した時、言われたのだ。

『マンジュリカ(仮)の攻撃パターンや、セシルたちの魔法をナマで知るいい機会です。なんと言ったって大衆に紛れられるのですから、相手に目を付けられることもありませんし』

 この鬼畜!と心の中でなじれば、ノルンは見透かしたかのように「これも仕事ですから」と返した。確かに、セシルの魔法とか、後カイゼルの魔法とか、訳の分からないバケモノ化の魔法なんかを生で見れて興味深かったけど、いかんせん自分の命の危険が。

 そもそも最初にマンジュリカ(仮)関連の事件があったら、すぐ逃げろって言ってなかったっけ?!


「……しばらくはノルンに従っておこう…仕方ないけど」

 しかし、レスターは迷いに迷って結論を出す。あいつは、後でちまちまと詰ってくる、うるさいタイプだから。ロイは「ええ~オレもうやだ」と、がっくしと肩を落とした。


 ノルンはさすがに「あまりにも危険になれば、ちゃんとここから逃がしてあげますから」とは付け加えていたから大丈夫だろう。ただ、「この程度じゃあなたたちは大丈夫でしょう?」と暗に言っているのが感じられたが。

 実際、本当を言うと全然大丈夫じゃない。ロイが先程まで座っていた客席あたりは、大穴が開いてもうないのだ。もしロイが結界装置の爆発にびびってレスターを探しに来ていなければ、今頃吹き飛ばされて瓦礫の下でつぶれていたはずだ。


「おっ、言っている間にセシルとカイゼルが出て気やがった。あんなのどうするんだ~?」

 うきうきとしてロイが言う。お前怖いんじゃなかったのか?もう危機感のなくなった従者の変わり身の早さにレスターはあきれる。グラウンドの方を見れば、セシルとカイゼルが警戒して距離をとりつつ、化け物に剣を向けていた。





 セシル達を前にカーターが吼える。最早人間の声帯が出せる発音ではない。獣の遠吠えのように、牙の生えた口から発せられた声は周囲の大気を震わせ、その振動とこみあげる恐怖にセシルは皮膚を粟立たせた。

 しかし、なんとかセシルは剣をふるう。青白い吸収魔法を込めた斬撃をカーターに向かわせる。

「…くっ」

 しかし、それがカーターの体に当たった瞬間、セシルはまずいと思い、すかさず斬撃を収束させた。だが、ふらりとよろける。


―コイツ、どんだけ魔力ため込んでんだよ!


 セシルは、斬撃がカーターに触れるなり、自身の体内に一気に吸収された魔力の膨大さに、心臓があわやはじけるかと思った。カイゼルに改めて感謝する。さっきの魔力の塊なんてまともに相手にしていたら、死んでいたところだった。


―こりゃ、普通に魔法使うしかないな


 セシルは吸収魔法だけではなく、普通の魔法も使える。自分の魔力のみで行使すれば並の魔術師程度だが、あたりから吸収した魔力で高めれば、高等で強力な魔法を使える。但し、他の魔導師と同様、火魔法は得意だけど水魔法はあんまり行使できない等、相性はある。セシルは、先程同様十八番の重力魔法を使おうと手を振った。が、

「…っ!」

 カーターが地面を蹴った次の瞬間には、目の前にカーターが迫ってきていた。


―コイツ、どんだけ早ええんだよ!


 さっきのカイゼルの魔法は、カーターをよみがえらせないように魔力を吸収した時に無効になってしまっていた。セシルは咄嗟に転がって避け、重力球を5.6個、空中にはなった。すると、カーターの体が球体に四方八方に吸い寄せられ、動きが止まる。


「カイゼル!いまだ!」

「おう!」

 カイゼルは、剣をふると白い光の球を放つ。それはカーターに向かう。

 カーターは力を入れて踏ん張っているが、セシルも負けじと力を入れると、悲鳴のような鳴き声を上げて宙に浮いて制止する。そして、そこに向かってカイゼルの魔法がぶつかりはじけた。カーターの体を白い光が包み、一瞬後に収まる。

「よっしゃ!」

 セシルは重力球を胡散させると、どさとカーターは地に落ちた。跳びかかってこようとしているのはわかるが、先程と同じく遅くしたので動ける訳がない。

『アゲット&セレスティンの攻撃、なめんじゃねえぞ!』

 この時ばかりは昔の黒歴史も忘れて、セシルは誇らしく思った。但し、それと同時に、そろそろさっきの原子魔法が解けてきたのか、セシルは貧血で頭がくらくらしてきた。あわてて自身に魔法をかけなおす。


「セシル、大丈夫か!」

「ああ、まあ何とか」

 カイゼルがあわてて駆け寄ってきたので、セシルは笑顔をつくる。

「お前、また詠唱省いたろ。今なら大丈夫そうだし、俺が守っててやるからちゃんと治せ」

「大丈夫、すぐに終わらせるから」


 セシルはカーターに向き直る。いくら遅くしたとはいえ油断大敵だ、さっさと片を付けたい。ただ、実際どうやって片を付ければいいのか、セシルはわかりかねていた。操屍術である以上、殺しても死なない。指令を受け取る受信機的な媒体が体内のどこかにあるはず。それを破壊しなければならない。魔力の吸収で魔術式ごと破壊して真っ新にしてしまうのが手っ取り早いが、こんな膨大な魔力を持つ奴を相手に使ったら命に関わる。だけど、カイゼルの魔法だっていつまでも持つわけではないから、いちいち探している時間もない。アレを使えれば楽なのだが、銃弾は通用しない。


 とりあえず、カーターの体を燃やし尽くせば、媒体も燃えてくれるかもしれない。焼けない素材でも肉体を焼けば出てくるだろうから、そこで壊せばよい。

 セシルはそう思うと詠唱を唱え始めた。


 が、次の瞬間、カーターが雄叫びを上げた。

「な…!」

 カーターは膨大な魔力を爆発的に体内から放出する。周囲へ猛烈な勢いで放出された魔力と風圧から、セシルは咄嗟にカイゼルをかばい、氷の結界を地面から出現させた。

「マジか…!?」

 なんと、カーターはカイゼルの魔法を振り切った。驚くが早いか、カーターが拳を握り、セシル達に向けて突き出した。すさまじい風圧が結界を襲う。

「…!」

 びきびきと結界にひびが入る。


 その風圧を追うように、カーターが跳びこんでくる。セシル達には避ける間もない。セシルはカイゼルを片手で横へ突き飛ばすと、結界に繰り出された拳を受け止めた。しかし、結界は脆く崩れ、拳を腹に受ける。

「セシル!」

「…ぶっ!」

 衝撃をまともに食らい、セシルは口から血を吐いた。咄嗟に魔力で肉体を保護したが、べきぼきとどこかの骨が連続して折れる音がした。


―マジか…


 そして、セシルは、座席に向けてあっけなくふっとばされた。




 後ろに座席が迫る気配がする。頭から叩きつけられればひとたまりもないだろう。座席に魔力を叩きつければ反動で威力は弱まると考えがよぎったものの、朦朧とする意識の中、それは無理なような気がした。それに、背には逃げ遅れた人々の気配がする。魔力なんかぶつけたら、最悪死人が出る。


―ああオレ死ぬのかな

 別に死んでもいいけれど、とセシルは思う。


―死んだ方が楽だぞ、セシル

 そうだよな、とセシルは思う。


―逃げてしまえ

 体から力が抜ける。その誰かの存在に引きずられ、堕ちていく。




「あぶないっ…!」

 その声にセシルは我に返る。一瞬後、背に強烈な力がぶつかった。

「!!?」

 その勢いでスピードがだいぶと緩まった。しかし、完全には止められない。とにかく頭だけでも守らないとと、反射的に腕で頭をかばうが早いか客席に突っ込んだ。

「っ…!!」

 体を叩きつけられて、その痛みにセシルは意識を失った。

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