3-④:アイシテル

「おい、カーター!お前の相手はこっちだ!」


 その言葉にカーターが振り向けば、セシルがいた。セシルが剣をふると、青白い斬撃が複数放たれ、高速でカーターに向かう。そして、セシルは斬撃を追いかけるように、腰に差していた銃を抜き身で放つ。カーターは至極ウザいと言うように斬撃を腕で払った。風圧にはじかれ、斬撃は胡散する。脛に銃弾は当たったが、皮を通さない。


 再び目隠しに斬撃を放つと同時に、セシルは銃でカーターの目と口を狙うが、読まれやすい顔への攻撃はあっさりと手で防がれた。


 セシルはカーターの背後に回っていたカイゼルに、目で小さく合図する。次の瞬間、カーターの背に何かが触れた。ぱちんぱちんぱちんと、何かが連続してはじける音がした瞬間、カーターの動きが急に鈍る。


「残念、引っかかったな」

 カーターはカイゼルの声に、はっと振り返ろうとしたが、体が重くなったように動かない。

「ばーか。今やお前はカタツムリにも勝てない遅さなんだよ」

 べーとカイゼルが舌を出す。

「…って訳で、さっそく」


パアン


 セシルは避けもできないカーターの目に向けて銃を1発発射する。しかし、眼球まで丈夫になったのか、目の表面は傷を負うものの銃弾を通すまでには至らない。


「…ちっ、次は」

「セシル、貴様ああ!」

「今更名前で呼ぶなよ、気味わるい」

 カイゼルはカーターの背後から逃げ、セシルの横に戻る。


 一方セシルは、丁度いい具合に叫んでくれたので、その口と鼻めがけて続けて連続で発砲する。口にはうまく入ったが、痰を吐くかのような所作と共に、汚い唾液に包まれた弾を吐き出される。鼻も入ったものも、鼻息で元の銃弾の速度以上でお返しされる。

 それらを氷の結界で防ぎつつ、セシルは汚ねえと正直に思う。


―こりゃ、生け捕りできる可能性はあきらめざるを得ないな


 さっき銃弾が通じるうちに、あの銃弾をぶち込んでおくべきだった。まあ、肉体増強の原因が魔法的要因だとわからなかったのだから、仕方ないが。


『大地の精霊よ、我に従え…』

 セシルは詠唱を始める。途端重力がカーターを押しつぶし始める。

「うああああああ!!」

 カーターの絶叫があがる。セシルがそれでも無慈悲に詠唱の最後の言葉を叫んだ瞬間、どごんと音を立ててカーターが押しつぶされた。ぶちゅうと血やら内臓やらが飛び出てセシルは目を覆いたくなるが、完全に息絶えるまで念には念を入れて重力を強めつづけた。


 やがて、重力で沈んだ地面が完全に血と肉の海になったのを確認し、セシルはふうと息を付き、魔法を解いた。

「カイゼル、サンキュな」

「おう、お安い御用だ」

 ぱんとハイタッチする。カイゼルは得意げににっと笑う。


 カイゼルもまた、セシルと同じく特殊な魔法持ちだった。時間の魔法といったらいいのだろうか。触れた対象の動きを、進めたり、遅くしたりできる。また、触れた対象の時間の経過を進ませたり、遅らせたりすることもできる。

 だから、カーターの恐ろしいまでの力を遅くして封じるために、カイゼルに協力してもらった。本来なら対象に直接触れることでしか発現できないが、それはカイゼルに魔力が並程度しかないことが原因で、セシルが吸収した魔力を与えて強化すると遠隔でも発現できる。


「セシルさまああ、カイゼル様ああ、ありがとうございます!!」

「いいからいいから」

 魔術師たちが緊張が解けるなり、半泣きで口々にお礼を言ってくる。よっぽど怖かったのだろう抱きついて泣きついてくる魔術師おばさまがいるが、どさくさに紛れて尻を両手で揉んできたのでげしりと蹴飛ばせば、「いや~ん、セシル様の御手打ちにあったわ」なんて地面で泣きながら喜んでいる。

 セシルはうげえと目線をカイゼルに戻す。だから、うらやましそうな目で見るなって。


「にしてもあっけなかったな」

「だな。肩透かしくらった気分だ。だけど、もしかしてゾンビみたいに甦ってきたりして」

 カイゼルが「うらめしや~」とだらんと両手を垂らす。

「まさかあ」

 セシルは笑い飛ばす。しかし、次の瞬間、ゾワリと背筋に悪寒が走った。


「…は?」

 まさかと振り返る。魔方陣の形に沈んだ地面の中、カーターの血肉や骨片が浮き上がり始めていた。

「なんじゃこりゃああ!」

 驚愕するカイゼルの横で、セシルはすかさず手をふった。魔方陣で浮き上がり始めた死体を吸収魔法の結界で覆う。


「どっからかは知らんが、魔力を注がれている。操屍術の術式も埋め込まれていたんだな」

 セシルは言いつつ、魔力の吸収をはじめる。とたん、ぽとぽとと体の部位が落ちていく。いくら死体を操ろうとしようとも、魔力を吸って供給さえ止めてしまえば恐れる必要はない。




『目の前ばかり見てちゃ駄目って言ってたのに』


 ばかねえとマンジュリカは、水面の前で指をくいと曲げた。


 そして、その瞬間。リトミナ中の麻薬を摂取した者たちが、首を掻きむしり地面に倒れ始めたのだが、セシル達は知るよしもない。その体からぼうと白く輝く魔力の塊が浮かんで離れるが早いか、麻薬摂取者は息たえる。そして、その塊はどこかに吸い寄せられるように空へ飛んでいく。


 そして、それは武闘会の会場の上に集まり、1つの大きな塊になっていく。




「…なんだ!?」

 カーターの死体が再び地に落ち切ったものの、これ以上魔力が干渉しないように死体に注がれる魔力を吸収し続けていたセシルは、急に明るくなり始めた空を見て驚愕した。


「流れ星…いいや違う。気配的にあれは魔力だ…それが集まり始めてる…?」

 カイゼルが唖然としてつぶやく。白い小さな光の塊が、周囲から流れ星のようにグラウンドの上に集まっていく。


「流れ星…ってまさか」

 セシルは思い出す、最近やたらと流れ星が多いということを。もしやあれは、流れ星ではなく、この集まり始めているもののような、魔力だったのではないかと。


「とにかく詳しいことは分からねえが、ヤバいのには間違いない!」

 セシルは、立ちすくむ魔術師たちに逃げろと叫ぶ。魔術師たちは慌てて逃げ始める。きっと多量の魔力を集めて、それでカーターに何かしらさせようとしているのだろう。セシルは剣に吸収の魔力を込めて、魔力の塊に向けて放とうとした。しかし、カイゼルは咄嗟にセシルの後頭部を叩き、阻止した。


「ちょっ…何すんだ、カイゼル!」

「馬鹿言うな、お前あんな量相手にしたら、『王家の最悪の事態』になるぞ!その結界も解け!」

「なんで?オレはだいじょう…ぶっ!」

 カイゼルはセシルの頬を叩く。みみずばれに染みて、セシルは痛みに顔をゆがめる。


「お前な、自分をもっと大事にしろ!いいからさっさと解け!」

 セシルはカイゼルの真剣な言葉に、ためらいがちに目をさまよわせた。そうしている間にも、塊が放つ光がどんどん強くなっている。この量の魔力を、まともにセシルが吸収すれば命はない。カイゼルは焦る。


「お前が思ってるより、お前が大事な奴はいっぱいいるんだ。命を懸けてまで尻拭いにこだわらなくてもいい!逆にそんなのメーワクだ!」

「俺だってお前のこと大事なんだ」と、そう真剣に言い切る眼差しから逃げるように、セシルはちらりと横を向いたが、はあと1つため息をつくとカーターへの結界を解いた。それを確認するなり、カイゼルはセシルを担ぎあげて、選手用の客席へ飛び込んで伏せた。


 次の瞬間、すさまじい勢いで光の塊がカーターに向けて落ちてきた。




『体や理性なんて余計な枷を壊せば』


 朦朧とする意識の中でカーターは聞く。


『人間は誰でも無敵になれるのよ、カーター』


―そうなのか


 カーターはその声に言われるがままに、自らの体だったものを、内側からの有り余る力で突き破る。


『いい子ね、カーター。さあ、お母様のために強くなるのよ』

 いつしか、女の声は母の声となっていた。カーターは愛しい母の声にカッと血走った目を開けた。


―そう、母上のために僕は強くならなければならない


 カーターは内側から湧き出す力を体に纏わせ、新たな肉体を構築していく。


『母上、僕は強くなります』

『そう、カーター。愛してるわ』


 アイシテル。その言葉にカーターは狂喜の叫びをあげる。


『だから強くなって、セシルをこの世から消すのよ』

『はい、必ず―』


 それが母の宿願。そして僕の悲願。

 そのためならなんだってできる。

 例えこの身が壊れようが、自分が壊れようとも。



 だって、それが、それが―




「……くっ」

 暴風からセシルの身を守るようにかばい、カイゼルは座席の下に張り付く。観客の悲鳴がこだまする。


 やがて風がやみ、二人は恐る恐る座席の下から頭をのぞかせた。


「……!」

 絶句した。

 グラウンドには、最早カーターでも人間でもなく、異形の化け物がいた。

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