3-③:力とはステキなもの

「…ぎゃああ」

 目の前にコバエのように湧いてきた兵士たちが至極目障りだったので握り潰し、これ見よがしに座席に投げた。


「なんだこの化け物は!」

 魔術師たちが火や雷や氷を使って攻撃をしてくるが、痛くもかゆくもない。手を勢いよく降れば、慌てて後ずさった。それでも尚、向かって来ようと構えているが、足が震えている。その恐怖にゆがんだ顔を見て、カーターは満足げに舌なめずりした。


―素晴らしい。僕はこんな力をずっと欲していた。


 これならあいつに勝てる。

 カーターはその人物を探そうと、座席を見回した。





 何日か前に街で会った女のことを思い出す。

 武闘会で今度こそネズミたちを倒してやると意気込みながら、しかし去年までの屈辱を思い出してイライラしながら、カーターは街を何をするという訳もなく歩き回っていた。そんなカーターに、ふと誰かが声を掛けた。


『そこのあなた、その望みをかなえてあげましょう』

「は?」


 振りむけば服を販売している屋台が2つ並んでいるが、その間の路地に誰かがいる。


「…」

 小さな机を置いた占い処のようなものがある。そこに黒いマントを羽織った、豊かな黒髪をたわわに伸ばした女がいる。年のころ30代ぐらいだろうか。


―よくある占い師の手法か


 カーターはけっと唾を吐くと、面倒くさいが、からかって暇つぶしにしてやろうと路地に入った。女がグラマラスな美人だったのもある。女は目の前に座ったカーターを見て、内心でにやりと笑った。

「お前、僕の望みを叶えてくれるって言ったな。お前、占い師なんだろ?だったらまずそれを当てて見ろ」

 カーターは机の上に片足を載せるとふんぞり返った。しかし、占い師は妖艶な笑みを崩さず、口を開いた。


『今年の武闘会で、リートン家の次男とアドランオール家の子息を滅多打ちに倒すことでしょう?そして、あわよくば優勝し、自らをウェスタイン家の長男として父親に認めさせたい。そして、お母様の権威も取り返し、そして彼女に褒められたいという望みですね?』

「…っ」

 占い師は、黒曜石のような目を妖しく細めた。流石にこれにはカーターも開いた口がふさがらない。


 実はカーターは本来であればウェスタイン家の次男などではなく、長男でありれっきとした跡継ぎであった。本妻であった母親が子宝に恵まれず、夫が良い家から若い妻をめとり第一夫人としたために、第二婦人に落とされている。父は若い第一夫人ばかりをかわいがり、母はいつも苦労していたと聞かされている。第二婦人となって間もなく、やっとカーターを妊娠したというのに第一夫人も妊娠。第一夫人より数日前に嫡男たる男児―カーターを産んだというのに、身分のこともあり次男扱いされることとなったのだ。


―あなたがこの家の真の後継者なのよ。本当はあなたが選ばれた人間なの


 カーターは、母に小さいころから繰り返しそう教え込まされた。母は、父に認められるために、最高のものをカーターに与えようとした。教育環境から何からすべて。カーターの実力が伴わなくてもきっと先で伸びると狂信的に信じ続け、母はその身を売ってでもそれらを息子に与えようと必死だった。


―そんな母の気を障らせるようになったのは、あいつらのせいだ


 リートン家の前当主セサル・フィランツィル=リートンが、長期の任務から帰ってきた際に、訳の分からない孤児を3人どこからか連れ帰ってきた。混乱する周囲に、やがて情報が伝わってくる。何とそのうちの一人が、平民と駆け落ちしたセサルの妹エレナの息子だったのだ。やがて、銀髪の子供―セシルはリートン家に養子として引き取られ、後の二人―カイゼルとアメリアは、子供のなかった下級騎士の家とそこに住み込みで働いていた侍女にそれぞれ引き取られていった。


 エレナの美貌や才気をやっかんでいたカーターの母親は、みじめな境遇の彼女の子供を見ていい気になり、セシルのことを薄汚いネズミと言ってなじり喜んでいた。しかし、『あの化粧オバケ、ま~た言っていやがるし』と毎日聞き流していたセシルは、いつしか我知らずにカーターの母を追い詰めていくことになる。


―あの子ネズミめ!平民に身を売った売女の子が! 王家の恥の分際で、ドブから出してもらうなりいい気になってふんぞり返っていやがる!


 セシルは何においても優れていた。勉強においても、魔法においても、剣においても、何一つカーターがかなうものがなかった。それどころか、平民出と馬鹿にしていたカイゼルにさえ追いつくこともできない。実は彼らは周りに自分たちを認めさせるために血のにじむような努力をしていること等、知ろうともせずカーターの母は彼らを目の仇にした。


 そして、カーターの母は日増しに部屋に閉じこもり、頭を掻きむしりながら怨嗟の言葉を吐くようになった。そして前にもましてカーターを愛するようになった。


『カーター、あなたは誰よりも優れているのよ。私が誰よりも知っているわ。あんなドブネズミなんて相手にしなくてもいいからね。いつかみんなを見返してあげるのよ。なんていったってあなたにはその才能が眠っているんだから。きっといつかは目覚めるの、だから今は耐えるのよ』


 母はその笑みの中に狂気の色を浮かべながら、カーターをひざまくらし頭を撫でる。カーターもまた、いつか愛する母のために誰もかもを見返そうと決めた。そして公爵家の跡継ぎとして認められ、母に第一夫人の地位を取り戻させて喜ばせてあげたい、そして褒められたい。それを邪魔する奴は許さない。何もかも消してやる。





『驚きましたか?あなたのことなんて何もかもお見通しですわよ』

「…ほう、さすがに驚いたな。」

 カーターは足を机から降ろすと、しかし相手を見下すような視線はそのままで問う。


「…で?その望みをかなえてくれるんだろう?いったいどうやって?」

 いくら人の心を読めたからと言って、願いをかなえるなんて芸当、魔法でもできるわけがない。カーターはにやりと試すように顔を女に近付け、顔色をうかがう。


『あなたにこれを差し上げます』

 女もまた、笑みを崩さず懐から出したものを、すっとカーターに差し出す。それは小さな薬包だった。

「何だこれ」

 カーターはけげんそうな顔をしてそれを受け取る。


『あなたのお母様の願いどおり、眠っている才能を目覚めさせる薬ですわ』

「…とか言って、適当な風邪薬でも入れといて、高額な料金を奪ってやろうって魂胆か?」

 カーターは相手の顔色を窺うように覗き込む。しかし、女は動じることなく、にっこりとほほ笑んだ。

『お代など要りませんわ。なんて言ったって、迷える子羊の心を救うのが私の仕事ですもの』

「ふうん、結構な心掛けだな」と頷くものの、カーターは信じ切ったわけではない。


「で、実際、この薬はなんだ?何の効果がある」

『あなたの理想通りの体になる薬ですわ。あなたが望むがままに、力を得られるものよ。すぐにでも飲めば武闘会までに十分あなたの体の強化がなされ、武闘会では思い通りの活躍ができますわ』

「そのような薬、聞いたことがない」

 滋養を高めたりする薬はあるが、筋肉を強化したりする薬など聞いた事もない。


『そうですわね。ですが、私は薬草と特別な魔術を使って、様々な薬をつくることができますの。そして、人の心を読んで、お客様の真のお望みに合う薬を選定致しますの。占い師と言うよりは、薬師と言った方がいいかもですわね』

「ふうん」

 カーターは、胡散臭いなあと思う。しかし、逆にこの胡散臭さが、本物臭っぽい気もしてきた。それにただなのならば、試してみて効果がなくても損はしない。


「じゃあいただいておくな」とカーターは立ち上がると、早く試したい好奇心も混ざり、さっさと路地から出て行った。



―ふふふ、ホントに馬鹿ね


 前々から狙っていた獲物の後ろ姿を見ながら女は思う。カーターは、それが毒だったらと言う警戒はもちろん、今麻薬事件が横行していることも考慮に入れることは無かった。


―母親の教育が悪いのね。だから、父親にすら見放されるのよ


 だけど、いつの時代もあんな馬鹿が存在しているからこそ、こちらは助かるのだ。そのことに感謝しながら、女―マンジュリカは立ち上がる。





―あの占い師のおかげだ


 家に帰るとすぐにカーターは薬を飲んだ。すると、翌日から自分でも驚くほど体が軽く俊敏になり、筋肉も付き始めた。そして大会当日にその効果の本領を身を以て理解する。


 グレイダルを瞬時に倒した。他にも第一騎士団の騎士など、今まで勝てなかった相手をすべて下すことができた。そしてついに、カイゼルを倒した。自分の思ったままに、そいつらを倒す力を得ることができた。


―これなら、あのネズミだって


 下賤な血のくせに天才とほめそやされていい気になっている、あのネズミの鼻をへし折ってやる。実際、試合中にみるみるいつもの余裕を失っていくセシルの顔をみて、カーターは有頂天になった。そして、いつも抱いていた一方的な恨みを晴らすがごとく、カーターはセシルを罵倒し続けた。そして、虐げてみじめに負かすつもりだった。


 しかし、その段階で、カーターは肉体の強化と引き換えに、自分が理性を失っていっていることに気がつかなかった。挑発を明らかに超えた暴言等、大衆の前で叫べば自分だけではなく公爵家の恥になる。しかも、国王や貴族たちがいる手前で、王族を罵倒する等なおさらだ。自分が認められるどころか最悪の場合、家がつぶされる可能性も出てくることに、カーターは全く気付かなかった。


 そして負けた。カーターは思う。


―この僕が負けるはずはない


 カーターは暴れた。駄々をこねる子供のように。カーターにはもう理性などほとんど残っていなかった。頭の中を占めているのは、ゆがんだ感情のみ。それは、自分が長年望み続け、やっと得られた力への陶酔。そして、母を苦しめたセシル達の抹殺への思いと、公爵家への執着。そのほかのことなど何もない。



 そしてその感情は、拘束されてバックルームの一室の床に転がされて閉じ込められている中、ある女の声で完全に解放された。


『あなたはまだまだ強くなれる』

 その声は、床が大きく揺れ、見張りにつけられていた兵たちがよろけて倒れた後から、聞こえ始めた。他の者に聞こえている様子はない。カーターの頭の中で響くような声だった。


『あなたにはセシルを倒すだけの力が眠っているわ。そして、公爵家どころかこの国を支配できるぐらいの力も』

 その言葉にカーターはピクリと反応する。しかし、それがあの占い師の声だと気づく理性はもう残っていない。それは体の内から出された本能的な指示のように、カーターの感情を支配していく。


『さあ……ちっ…あの子ね…』

 カーターが体の痛みも忘れ縄を切ろうと力を入れた瞬間、舌打ちと共に一時的に指示が滞る。カーターはぷつんと糸の切れた操り人形の様に床に頭を落す。しかし、上の方でガラスが割れるような派手な音が聞こえ、再び声が聞こえ始める。


『さあ、そんな拘束、あなたにはしつけ糸を切るよりも簡単に破れるはず。そして、もっともっとあなたは強くなれる』

 カーターは唸り始める。それに兵たちが後ずさるよりも先に、腕も足も折りたたんで何重にも縛ってあったはずの縄がいとも簡単にはち切れる。


「な…」

 驚いて槍を向ける兵たち等、カーターの眼中にない。ぼこぼこと筋肉を膨張させて巨大化していくカーターに異常を感じ、兵たちが応援を呼ぼうと後ずさった瞬間、

『さあ、セシルを倒しに行くのよ!』


うがああああ!


 カーターは吼え、何もない前方に拳を突きだした。風圧が壁と天井を破壊する。舞い上がる粉じんがやがて開け、現われたのは、ぽっかりと空いたグラウンドへと続く穴。


 そして、壁のなくなった部屋で気絶する兵士たちに見向きもせず、カーターはセシルとの再戦のために、歩みを始めた。

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