3-②:もうここで、人生辞めてもいいですか?

「セシル様!」

 サアラは崩れ落ちたセシルを抱えるように抱きしめる。


「セシル様!?セシル様!?セシル様ああ!」

 必死に揺さぶって呼びかけても、セシルはがくがくと力なく首を揺らすだけである。その胸元は真っ赤に染まっていた。胸に空いた小さな穴から、血を噴きだしている。


「これ…火薬銃!」

 一体誰が、とみればその相手はすぐに判別がついた。逃げる人間に揉まれながらも、一人だけふらふらとこっちに向かってきている異常な動きの男。感情のない顔にうつろな目で、いかにも生きていなさそうなくせに、腕は立派に銃をこちらに向けている。セシルが開発した一代目の銃とよく似ている所から、単発式の銃であることをサアラは理解する。


「正当防衛ですわ!恨むならヤクちゅうになった自分を恨みなさい!」

 サアラはひゅっと指をふると、宙に5.6個、ふよふよと水の球が浮かび上がらせた。次の瞬間、その一つ一つから、すさまじい勢いで一直線に水が発射される。


「がっ…」

 それを男の脳天や首、心臓などの急所に同時に貫通させる。男はあっけなく後ろへひっくり返った。


「っきゃああ!…」

 丁度カイゼルに連られたアメリアが、男が倒れるのを見て悲鳴を上げる。二人とも心配して探しに来てくれたのだろう。カイゼルは血だらけのセシルを見て絶句した。


「アメリアさん!そいつに襲われたの!お願いです、セシル様を!」

 泣きそうな顔になってサアラは叫ぶ。アメリアは我を取り戻し、すぐに真剣な顔になると駆け寄った。

「カイゼル!ちょっと支えてて!サアラはあたりを警戒してて!」

「わかった!」「わかりました!」


 カイゼルは慌ててセシルを抱き抱えた。アメリアはすかさずセシルの怪我に手をかざす。ほうっとすみれ色の光が、セシルの胸から発光しはじめた。すると、セシルの血が止まり、傷口がふさがり始める。治るにつれて血まみれの弾が体の内から押し出され、ころんと床に転がった。皮膚に赤い跡を残して綺麗になったのを確認すると、アメリアはふうと息をついた。


「良かった…」

 カイゼルとサアラは同時に息をつく。


「安心はまだ早いわ。傷は治ったけど、出血がちょっと多いの。血まで増やしたら私が危ないからできなかったの。早くお医者さんに診てもらわないと」

「アメリー!」「アメリアさん!」


 立ち上がったアメリアがふらりとよろけたので、サアラは慌てて肩を支えた。不安で顔が青くなったカイゼルに、アメリアは「大丈夫よお」とあっけからんと笑って見せる。しかし、顔に血の気がない。アメリアの魔法は治癒魔法で珍しいが、対象の怪我や病気が重篤になるほど自分の魔力をかなり消費するので危険であり、めったに使わない。無理をさせてしまったと今更後悔の念に襲われたサアラを、アメリアはなんてことないという風にポンと肩をたたいた。


「やっぱ、これマンジュリカの仕業なのかな…」

 カイゼルがにがにがしい顔をして言う。

「そうだと思う…」

 アメリアが不安そうな顔で頷く。


「カイゼル様、こうなったら早く逃げましょう」

「だけど、どうやって外に出りゃあいいんだこれ…」


 カイゼルがセシルを背負いつつ、呆然とつぶやく。出入り口はふさがれているし、グラウンドの選手用の出入り口は4つもあるのに混乱した客が詰めかけて、詰まった排水溝状態だ。

 そういえばお偉いさん方用の出入り口が客席に1個あったはずだと見れば、やはりこれも爆破されていた。ただ、カーター乱心後にさっさと出て行ったらしいお偉いさん方の席はもうからっぽで、瓦礫の下には気配もなく誰も被害者はいなさそうだが。


「団長もラウルさんも大丈夫そうだけど…ヤバいな、外と切り離されちまった」

 その時、ごふっとセシルが咳込み、肺に入っていた血を吐きだした。

「おい、気づいたか?」

「…あれ…?」

 意識を取り戻したセシルが、ぺたぺたと確かめるように自分の胸に手を当てている。

「アメリーに治してもらったんだ。後で感謝しろよ」

 しかし、セシルは我に返ると、それどころではないことに気づく。


「結界張ったのに消えてる、ヤバい!」

「おい、馬鹿やめろ!」


 咄嗟に体を起こし、詠唱を始めたセシルは、しかしふらりとよろけてカイゼルの肩に頭を落した。

「ヤバい…頭ふらふらして力はいんね…」

「当たり前だ、お前さっきまで黄泉の川泳いでたんだから」

「血が足りてないんだな…ならつくるしかないか」

「お前、全然聞いてないだろ」


 全く話を聞いておらず別の詠唱を始めたセシルに、カイゼルははあとため息をつく。青白い光に包まれた次の瞬間、しゃっきりと目を覚ましたセシルが、さあさっさと下ろせとカイゼルの背をどんと突いた。

「血を元通り増やしたからもう大丈夫!ただ詠唱省いたから、一時的だけど」

 と言いつつセシルはカイゼルの背から飛び降りると、今度は不意打ちされないよう、カイゼル達と自分の周囲を氷の結界で覆った。


「お前何かと便利だよな、その魔法」

 器用なのを越して、最早何でも来いの手品師だ。原子魔法とか言う、セシルオリジナルの魔法。世の中の物体はすべて目には見えない小さな物質でできているという原理を利用し、セシルはそれらを集めたり、物体が含んでいるその物質の構成を変えて別のものを生み出したりできるような魔法を生み出したのだ。

 例えば、鉄さえあれば、剣を生み出すことなんかができる。後今みたいに体内の成分をいじって怪我を直すなど治癒魔法代わりの魔法や、空気中の水分を凝固させてとどめ置くことで氷にして氷雪魔法代わりの魔法にすることができる。セシルは氷雪魔法が苦手であったが、この原子魔法で代用していた。


 但し、この原子魔法は詠唱が長い上に、唱えている間に膨大な魔力を一定に大量に注ぎ続けなければ発現できず、かといって詠唱を省けば発現することもできない。だが、セシルのように吸収魔法を持つ者なら、空気中等から吸収した多量の魔力を強制的に一気に送り込むことで、詠唱を省いてでも発現させることができるのである。


 セシルは早速、結界を張りなおそうと手をふった次の瞬間、



どがああああん



「きゃあああ!」

「うああああ!?」


 向かいの客席が、あろうことか吹っ飛んだ。


 先程とは比にならない勢いで揺れる。後ろにひっくり返ったセシルの背を咄嗟にサアラが支えようとしたが倒れ、カイゼルもアメリアをかばい伏せた。


「一体何回爆発したら気が済むんだよこの会場!」

「痛てて、オレもうやだ」

 オレもう人生ここで止めるとか言い出したセシルを、下敷きになっていたサアラが重いからどけと頭をはたいた。


「ちょっと、あんたたちそれどころやないわよ。なんかでかいのが出て来たわ!」

 カイゼルの体の横から顔をのぞかせたアメリアが、焦った様子で指差す。客席の下―バックヤードのどこかの部屋から爆発したのか、隕石が衝突したかのようにぽっかりと客席に穴が開いている。

 あたりには、大きな瓦礫と、巻き込まれた人らしきものが散乱している。その粉じんの舞う現場の中、誰かやたらおおきな人影が、ゆらゆらとこちらに歩んでくるのが見えた。やがて粉じんを抜けた、その人物の姿が明らかになる。


「…」

 セシルは絶句する。他の3人も同じだ。

「やべえ」

「うそやろ」

「やっぱり」

「「「「カーターが」」」」

 4人そろって、唖然とする。



 カーターは異常だった。さっき見た時よりもはるかに筋肉が隆々としていて、体が3.4倍に膨れ上がっている。


「…思ったんですけど、今日の試合でやたら強くなっていたのは…」

「…体に何らかの、肉体を変質させる魔法をかけていたということかもしれんな」

 セシルはサアラに頷く。絶縁結界下ではいかなる魔法も通用しないから、事前にある程度肉体を変質、増強させておいたのだろう。そんな魔法聞いたことは無いが、この状況で魔法以外など考えられない。そして、結界が切れた今、魔法をさらに増強させたということか。


 カーターは誰かを探すように、ぎらぎらとした目をあたりにさまよわせる。たぶん探しているのはセシルだろう。セシルの髪色はよく目立つ。すかさずサアラは自分のショールをセシルの頭に引っかけ隠した。4人は見つからないよう、座席にしゃがんだ。


「とりあえず、会場のふちから飛び降りて逃げたいんだけどダメ?」

「かわいく小首かしげて言うな。後、目を潤ませるな。敵が出現した以上、戦うのが俺たち騎士の仕事だ」

 カイゼルはセシルのほっぺをつまむ。

「わーかったよ、は~い」

 セシルはめんどくさそうに言う。

「気の抜けた返事するな、しゃっきりせい」

「たく、団長に似て気やがったな、ったく」

 まあいいけど、というと、セシルはサアラに向き直る。


「サアラ、すまんが、お前はアメリーを守っていてくれないか」

「セシル様、ホントに行くのですか?」

 不安な表情を浮かべたサアラ。セシルを止めたい気持ちが勝りつつも、状況がそれを許さないのはわかっている。そんな彼女を、セシルは安心させるようにがしがしとなでる。

「なあに、大丈夫!なんだかんだ言って不死身のオレだぞ。お前はしっかりアメリー連れて、座席の隅にでも隠れておけ」

「…わかりました」


 グラウンドでは怪物になったかのようなカーターが、向かってきた兵士たちを拳で握り潰し、客席に向けて得体の知れなくなった死体をこれ見よがしに投げている。座席で救助活動をしていた魔術師庁の魔術師たちがグラウンドへ飛び降り、色々と魔法を行使し始めたが、肌に傷一つ付けることなく退却を迫られている。


「……」

 それを見るだけで、セシルは半ば死にたくなるが、サアラを安心させる手前ぐっと足に力を入れて笑顔を保持する。

「うん、あの様子じゃ、オレなら5分で倒せる!安心して!」

 冷や汗がうまく前髪で隠れていることを祈り、セシルはサアラにバッチグーを送る。


「…セシル様」

 サアラはそんなセシルの心境を見透かしていた。セシルの頬に慈しむように手をやり、しかし強い意思の宿る目で見つめて言う。

「そう言って3秒でやられたら鼻で笑ってやるんだから。後、やられて帰ってきたらげんこつとビンタ食らわすんだから。」

「サアラ…」


 セシルは、サアラは強がっている癖に、内心では今にも泣きだしそうなのをこらえていることがすぐに分かった。また、本気で心配してくれていることも。いつもの調子を思い出してほしいと思って言ってくれているのだろう。


 セシルはなんだかくすぐったい気持ちになって、サアラの手をとって離すと、それを片手につかんだまま、空いた手を顔に当てくっくと笑う。首をかしげるサアラに向き直るとセシルは、サアラの両手を取り言った。

「ちゃんとやっつけて帰ってくるよ」

「…セシル様」

 いつものようなふざけた態度が返ってくると思っていたのに。真剣な瞳で見つめられ、サアラは戸惑う。


「あの…セシル様」

 こんなに真面目に返されるのなら、もっとふさわしい見送る言葉があったのではないか。あわてて言葉を探すサアラ。しかし、思いつかない。


「じゃあな」

 セシルはそう軽く言い残すとサアラの手を離し、「友情って素晴らしい」と感動して間の抜けていたカイゼルの腕を引っ張り行ってしまう。


「せ、セシル様!」

 サアラは慌てる。しかし、セシルはとっくに遠くに離れてしまっている。

 せめて身を案じる言葉を言えばよかった。何かあってからでは、遅いのに。


「……アメリアさん…私って、ホントに馬鹿よね…」

 小さくなるセシルの背を見ながらぽつりとこぼれた言葉に、アメリアは寂しげに微笑み首をふる。

「…仕方ないわよ。サアラのせいじゃない」

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