第14話 そしてロリコンのレッテルを貼られた

 伊織ははるか頭上にある天井を首が折れるのではないかというほど見上げていた。服は着物ではなくアクセリナが見立てた水色のワンピースを着ている。その光景に題をつけるとしたら、可憐な深窓令嬢の初めての外出、という感じだ。


 その様子にクリストファーが声をかけた。


『そんなに見上げていると後ろにひっくり返るよ』


 伊織は黒い瞳をクリストファーに向けて少し興奮したように言った。


『こんなに高い天井は初めてです。どのようにして造ったのですか?』


『そうだなぁ。今度、こんな建物を造っている場所へ行こうか。知り合いがこういう建物を造っているから頼めば見学できるよ』


『お願いします。あ、あれは何ですか?』


 伊織がクリストファーを引っ張って大きな窓の側へ行く。その先には着陸したばかりの飛行機があった。


『あれは飛行機と言って空を飛ぶ乗り物だよ。これから、あれに乗って私の国へ行くんだ』


『あんなに大きな物が空を飛ぶのですか!?』


 伊織が驚きながらも小さな子どものように飛行機の方を見る。そうかと思うと次に気になるものを見つけてクリストファーを引っ張って歩き出す。そして質問されたクリストファーが保護者のように説明をする。それは伊織が初めて行った場所で必ず行う決まり事のようになっていた。


 そんな二人に後ろから綺羅が声をかける。


「伊織ちゃん一人で自由に見学させたら?あの里を出てからずっと手を繋いでいるけど、別に迷子になったりしないだろ?」


 綺羅の指摘にクリストファーは伊織の手をしっかり握ったまま答えた。


「あの里の中は慣れていたから良かったが、ここは初めての場所だからな。危ない物があっても、すぐに避けられるように手を繋いでいるんだ」


「だからって過保護すぎないか?伊織ちゃんだって子どもじゃないんだから、自分で避けられるだろ?」


 クリストファーは不思議そうに首を傾げながら言った。


「伊織は目が見えないのだから必ず避けられるとは限らないだろう?」


 この言葉には綺羅だけでなくアクセリナも瞳を丸くした。


「伊織ちゃん、目が見えないの!?」


 アクセリナの言葉に伊織が振り返って、どこか申し訳なさそうに頷いた。


『はい』


 アクセリナが黒い大きな瞳を覗き込むと、それに合せて黒い瞳が動いて伊織の頬が赤くなった。到底、目が見えていない人の反応とは思えない。


 アクセリナがクリストファーに訊ねた。


「クリストファーはいつ知ったの?」


「いつ……と、いうか、あの里にいる時、伊織の瞳孔が明るい場所でも暗い場所でも動いていなかったからな。瞳孔が光に反応しないということは目が見えないということだろ?だから、なんとなく気がついた」


 伊織が少し恥ずかしそうに説明をした。


『私は先見という能力で未来が見える代わりに光を見ることが出来ないのだと、生まれた時に言われました。ですが、風と音でどこに何があるのか分かりますし、感じとることも出来ます。生活をするのに苦労することはありません』


『だが、もしもということもある。特に人が多いところでは何があるか分からないからね』


 そう言ってクリストファーが軽く周囲を見る。国際空港のため色んな人種の人間がいるので、日本人が多い日本で欧米人である自分たちがいても違和感がない場所だった。だが、見た目が美形揃いのため、先ほどからいらぬ視線を集めておりクリストファーは警戒をしていた。


 アクセリナが体を起こして首を横に振る。


「私じゃあ全然わからないわ。まったく、鋭い観察眼ね」


 クリストファーが肩をすくめながら軽く笑う。


「一応、特技なんでね」


「あと九つは?」


「こいつが勝手に言っただけだ。本気にしないでほしい」


 そう言ってクリストファーが綺羅を蹴る。


「ちょっとしたお茶目じゃん。それにクリフって特技を隠しているから、本当にあと九つあっても不思議じゃないし」


「ほう?では、特技その二の解剖でもしてみようか?一度、解剖してみたかったんだよな。綺羅の頭を」


 そう言ってクリストファーが不敵な笑みを浮かべる。その笑顔を見て綺羅が慌てて話題を変えるために伊織に声をかけた。


『あ、そういえば伊織ちゃんのパスポートが早く出来て良かったね』


『はい。写真を撮るなんて初めてでしたが面白かったです』


 伊織が笑顔で答えたため、クリストファーは軽くため息を吐いて綺羅が出した話題に乗った。


『影光が書いた一筆があったからな。さすが隠れ里の長だけあって、懇意にしている政治家も多いらしい。言われた場所に持っていったら、あっさりと手続きが済んだよ。一応、シェアード家の弁護士にも介入させたが問題は発生しなかった』


『そうなんだ。ちなみに伊織ちゃんって何歳?日本人って外見だけだと若く見えるから実年齢が分からないんだよね。伊織ちゃんは幼く見えるけど、実は二十歳とか?』


 綺羅の質問にクリストファーの表情が固まる。


 一方の伊織は笑顔で答えた。


『十五歳です』


 外見通りの年齢に綺羅とアクセリナが固まる。そんな二人に伊織は慌てて追加説明をした。


『ですが、もうすぐ十六歳になります。日本では十五歳で元服という成人の儀式をしていましたし……』


 一生懸命、説明する伊織をアクセリナが抱きしめる。


「可愛いとは思っていたけど、年齢も可愛かったなんて……」


 そう言ってアクセリナは伊織の隣で視線を逸らしているクリストファーを見た。


「クリストファーって、ロリコン?」


「それは!」


 反論しようとするクリストファーに綺羅が親指を立てて微笑む。


「オレはお前がロリコンでも親友を止めたりしないから安心しろ」


 その誇らしげな顔に対してクリストファーは思いっきり握りこぶしを作った。


「ロリコンになった覚えも、友人になった覚えもない!」


 綺羅がクリストファーからの顔面パンチを受けて空を飛ぶ。


『あ、あの喧嘩は良くないですよ』


 騒ぎの原因である伊織が二人の間に入るがクリストファーの怒りは治まらない。


「やはり、あの時に抹消しておくべきだった」


「いてて。クリフの友情表現は痛いなぁ」


 綺羅が倒れた体をあっさりと起こす。見た目では派手に飛んでいたが、大したダメージは負っていなかったようだ。


 そんな綺羅にクリストファーが吠える。


「やはり君の頭を解剖する!」


「そんな物騒な話は止めてよ。それより今ので、ちょっと思い出したんだけど」


 そう言って綺羅は殴られた頬をさすりながら伊織に訊ねた。


『伊織ちゃんの年齢って、もしかして数え年?』


 綺羅の質問にアクセリナが首を傾げる。


「数え年って何?」


「日本では昔、母親のお腹にいた年数も年齢に数えていたんだ。だから生まれた時には一歳になっている」


 綺羅の説明を聞きながらクリストファーの顔から表情が消えていく。


「つまり、その数え方だと実年齢より一歳、多いわけね。どうなの?伊織ちゃん」


 訊ねられた伊織が不思議そうに首を傾げる。


『生まれた時は一歳ではないのですか?』


 伊織の爆弾投下でクリストファーはその場に崩れた。


『どうされたのですか?』


 慌てて伊織がクリストファーに声をかける。その様子を見ながら綺羅が納得したように言った。


「伊織ちゃんの実年齢は十四歳で、もうすぐ十五歳になるってことか。クリフ、伊織ちゃんのパスポートを作った時に、このことを知っていたな?どうりで、伊織ちゃんの年齢の話を避けると思ったんだ」


 アクセリナが顎に手を当てて考える。


「十四歳……中学生……ロリコン決定ね」


 崩れ落ちたままのクリストファーから反論はない。


『え?あの、どうしたのですか?なにがあったのですか?』


 伊織はクリストファーに寄り添ったまま意味が分からずにアクセリナと綺羅を見上げている。そんな伊織の頭をアクセリナが優しく撫でた。


「伊織ちゃんは気にしなくていいのよ。何かあったらお姉さんが守ってあげるからね。あと、いろんなことを教えてあげるわ」


 魅惑的な微笑み付きの最後の一言にクリストファーが立ち上がって伊織を抱える。


「余計なことを教えるな」


「じゃあ、頑張って自分でお姫様を育ててね」


「言われるまでもない」


 アクセリナの発言を聞いて綺羅が伊織とクリストファーを見ながら呟いた。


「なんか、源氏物語みたいだなぁ」


「なんだ、それは?」


「日本にある昔に書かれた古―い物語だよ。興味があるなら帰ってから読んだら?英訳されているのもあるからクリフでも読めるよ」


「そんなに有名なのか。どんな話なんだい?」


 綺羅が答えるのを遮るように伊織がクリストファーの服を引っ張った。


『あ、あの、私、喉が渇きました』


『あぁ。じゃあジュースを買おうか。それともお茶が良い?』


 そう言ってクリストファーが伊織と自動販売機へ歩いて行く。その伊織の頬が少し赤くなっていたのを見て綺羅は軽く笑った。


「伊織ちゃんは源氏物語を読んだことがあるのかぁ」


「どんな話なの?」


「美形の男がいろんな女性と恋をしながら、たまたま見つけた女の子を自分好みの姫に育てて結婚するロリコン話」


 実際はそんなに簡単な内容でもなく続きも存在するのだが、かなり端折った綺羅の説明にアクセリナは納得したように頷いた。


「美形と育てるところは同じかしら」


「あと、ロリコンなところも」


「そうね」


 二人の視線の先では、伊織が楽しそうに自動販売機にお金を入れて飲み物を買っている姿をクリストファーが微笑ましく見守っている。二人とも美形で目に麗しい光景なのだが、年齢差のためかどこか怪しい光景にも映る。


「ロリコン確定ね」


「そうだな」


 アクセリナと綺羅は生温かい眼差しで二人を眺めた。




 この後、源氏物語を読んだクリストファーが綺羅を追いかけまわすことになるのだが、それはまた別の話である。


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ロリコンのレッテルを貼られるに至った経緯(神の奴隷という名の運命に導かれて) @zen00

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