第3話 安息

 クリストファーが次に目を開けると、木で出来た天井が目に入った。草のような独特の匂いと、見たことが無い造りの部屋の真ん中に寝ている。


「あら、目が覚めた?」


 アクセリナの声を聞いてクリストファーは体を起こそうとしたが、胸に痛みが走って動けなかった。


「無理に動かないほうがいいわよ」


 クリストファーの頭元にアクセリナが歩いてくる。床に敷かれたマットの上に寝ているらしくアクセリナの足がすぐ目の前に見える。


「……ここは?」


 胸は痛むがどうにか声が出せたことにクリストファーは少し安堵した。痛みも少し和らいでいる。


 アクセリナは草を編んで作られた床の上に座った。


「転落した車の近くにあった民家よ。あなたの怪我が良くなるまで休ませてもらうことになったの」


 アクセリナの説明にクリストファーが眉を寄せる。民家まで着いたなら救急車を呼んで病院に行けば良いはずなのだが。


 クリストファーの疑問に気が付いたアクセリナが残念そうに肩をすくめる。


「この民家は特殊な場所にあって、携帯の電波は圏外だし、電話もないんですって。一番の問題は車が通れるほどの道がないことよ。人里に行こうと思ったら獣道を自分の足で歩くしかないの。だから歩けるようになるまで早く怪我を治すことね」


 アクセリナの説明にクリストファーがため息を吐く。その心情を察したアクセリナが代弁をするように言った。


「先進国でそんな場所があるのかと、不満を言いたいところでしょうけど今は贅沢を言っていられないわよ。怪我の手当もしてもらって少しは良くなったでしょ?もう少ししたら荷物を取りに行った綺羅が帰ってくるから、この薬を飲んで休んでいなさい」


 そう言って渡された紙包みをクリストファーは黙って受け取った。どうやら粉薬が入っているらしい。


 アクセリナが水の入った小さなじょうろのような形をした物を差し出す。


「寝たままで飲みにくいでしょうけど頑張って飲んで」


 クリストファーは紙包みを開けて独特の苦みがある薬を口に入れると、小さなじょうろのような形をした物で水を飲んだ。


「綺羅が帰ってきたら起こしてくれ」


「えぇ」


 アクセリナの返事を聞いてクリストファーは再び眠りについた。



 クリストファーが微睡んでいると、聞き覚えのある大声が耳に入ってきた。微かに瞳を開けるとアクセリナが横開きのドアを開けていた。外から入ってきた眩しい光に思わず瞳を閉じる。


 アクセリナが安堵したように外に向かって声をかけた。


「遅いから心配したわよ」


「悪い、悪い。ちょっと荷物が多くてさ。運ぶのに手間取ったんだ」


 二人の会話を聞いてクリストファーが体を起こす。痛みは残っているが動けないほどではなかった。薬の効果に驚きながらもクリストファーが声のした方を見ると、そこは部屋でありながら横開きのドアを開けるだけで外へつながるという不思議な造りをしていた。


 初めて見る造りの家に言葉が出ないクリストファーに対して綺羅が荷物を投げ出して飛びかかってきた。


「クリフ!生きていたか!」


 あと一歩で綺羅がクリストファーに抱き着くというところでアクセリナが足を引っ掛けてその場に転がした。


「その勢いでクリストファーに抱き着いたら怪我が悪化するでしょ。落ち着きなさい」


 見事に顔面から落ちた綺羅が赤くなった鼻をさすりながら起き上る。


「そうだな。で、調子はどうだ?」


 心配していますと言わんばかりの顔を突きつけてくる綺羅にクリストファーがデコピンを喰らわす。


「勝手に人を殺すな。ちゃんと生きている。怪我は痛むがだいぶん良くなった」


「そうか。良かった」


 綺羅が安心したように力が抜けた笑顔をする。よく見ると顔や服の所々が土で汚れている。


「君のほうこそ怪我はないのか?」


「オレは問題ないよ。一回車まで戻って荷物を取ってきたんだ。しばらく、ここに厄介になるからな」


 そう言って綺羅が振り返ると、そこには綺羅が投げ出した荷物をまとめて持っている長い黒髪をした可愛らしい少女がいた。

 年齢は十代半ばぐらいで、大きな黒い瞳に長いまつ毛と整った顔立ちをしている。着物を着て静かに佇む姿は思わず目を奪われてしまう光景なのだが、綺羅の存在が大きすぎて視界に入っていなかった。


 少女は荷物を部屋の隅に置くと、外見の年齢より大人びた微笑みで一礼をして去って行った。


「誰だい?」


 クリストファーの質問に綺羅が答える。


「ここに住んでいる一族の長の孫だって。彼女がオレを見つけてくれて、ここまで案内してくれたんだ」


「一族?そんな大人数がここに住んでいるのか?」


「さあ?ただ、そういう風に説明されたからなぁ。ま、細かいことは気にしなくていいんじゃないか?」


「細かくないと思うが……まあ、いい。もう少し休む」


 クリストファーは身の安全を確保したためか安堵とともに押し寄せてきた疲労に負けて眠りについた。


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