第28話

 鴉は頷きながら結論を言った。


「始祖の式だ」


「それで始祖をさらったのね」


 鴉が無言のまま俯く。


 式として、あのような状態の主のことをどう思って長い年月を過ごしていたのか。もしそれが自分なら……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。だが……


 いきなり明らかになった事実を頭では考えないようにしているのだが、感情がついていかない。


 そんな鴉の様子に、スピネルは銃弾を全て装填して声をかけた。


「同情するのは後にして。決着がつくわよ」


 そう言われて鴉が戦っている二人に視線を向ける。


 剣が真っ二つに折れて宙を飛んでいる中、オニキスがレグルスの顔面を掴み、おもいっきり床に叩きつけていた。床にクレーターのような穴ができ、その中心でレグルスがぐったりと動かなくなる。


 そのまま止めを刺そうとするオニキスに、鴉は床に落ちていた自動小銃を左手で拾い、


「借りるぞ」


 と言うと同時に、迷いなくオニキスに向かって撃った。


 突然の横からの銃撃に、オニキスがレグルスから離れる。そして鴉達を見て、|あの(・・)笑みを浮かべた。次の獲物を見つけて純粋に喜んでいる、あの表情だ。


 鴉は自動小銃から刀に持ち変えると、立ち上がりながらオニキスから視線を外さずにスピネルに言った。


「君なら俺の動きも、オニキスの動きも予測できるな?」


 スピネルは視線をオニキスから鴉の動かない右腕に移した。


「右腕はどう?」


「皮膚だけなら、ついた」


「……やれるだけ、やってみるけど、ダメだったら逃げて。弾は全部で六発よ」


 鴉はその言葉に返事をせずにオニキスに向かって走り出した。その後ろでスピネルが銃を構える。


 オニキスが構えることなく楽しそうに鴉を見ている。オニキスの間合いに入る直前で、鴉の姿が消える。代わりにオニキスの眼前に赤い銃弾が三発、迫っている。だが、銃弾はオニキスの顔面を貫く前に、突き出した手の中で止まった。


 残り、三発。


 オニキスの指の間から三発の赤い銃弾が零れ落ちていく。同時に鴉が上空から刀を振り下ろしてくる。オニキスがダンスのステップを踏むように軽く移動する。その足の動きを追うように二発の赤い銃弾が飛ぶ。

 だが、銃弾は目標に当たることなくステップのリズムを変えたオニキスの靴の底に踏まれた。


 あと、一発。


 鴉が刀をオニキスに向かって投げつける。オニキスの視界が刀で塞がれた瞬間、スピネルの銃から最後の赤い銃弾が飛び出した。


 オニキスが軽く首を傾けて刀を避けると同時に、鴉が後ろからオニキスの体を拘束する。そこに銃弾がオニキスの顔面を直撃した。


 オニキスの体から力が抜けていく。


「麻酔が効いたか?」


 鴉が拘束している手を離す。その瞬間、体が宙に浮いて壁に叩きつけられた。


「ぐっ……」


 床に倒れた鴉を中心に血が水溜りのように広がっていく。オニキスがスピネルの方へ顔を向ける。その口には上と下の歯に挟まれて止まっている赤い銃弾があった。


 オニキスは赤い銃弾を吐き出すと、音もなく床を蹴った。


「ここまでね」


 スピネルが届くことのない声でオニキスに話しかける。


「あなたは私の自慢の息子よ」


 全身に巻いている爆弾の起爆スイッチを左手で握る。


「致命傷にはならないから。動けるようになるころには、血は抜けてるわ」


 起爆スイッチに親指を置く。


「その時に私はいないだろうけど……」


 オニキスは走ってこちらに向かっているはずなのに、ゆっくりと動いているように見える。


「こんな母親で、ごめんね」


 スピネルが親指に力を入れようとした瞬間、突然オニキスが動きを止めた。


「レグルス様!」


 ホールに少女の叫び声が響く。


「レグルス様!」


 白髪の少女が中央階段を駆け下りようとするのを後ろから沙参が止める。沙参は血溜りの中で倒れている鴉を見て、静かにオニキスに視線を移した。


「おまえがやったのか?」


 怒りも憎しみもない、冷めた声。笑ったまま答えないオニキスの代わりにスピネルが叫んだ。


「沙参ちゃん、逃げて!オニキスは私の血を飲んで理性を失くしているわ!」


 だが沙参はスピネルの声が聞こえていないようにオニキスだけを見ている。


「答えろ、オニキス!」


 沙参の怒鳴り声がホールに響く。だが、その声に答えることなくオニキスは口元だけで笑っている。沙参がたれ耳うさぎのぬいぐるみから懐刀を取り出し、ステラに声をかけた。


「力は残っているか?」


 ステラが戸惑いながら頷く。


「……ええ、少しなら」


「少しの間でいい。あいつの動きを止めて欲しい」


 沙参が鞘から抜いた懐刀の切っ先を左手の手のひらに当てると、そのまま魔法文字を書き始めた。


 その様子にステラが頷く。


「わかりました。ですが、今の私の力ですと五秒が限界です」


「充分だ」


 魔法文字を書き終えて、沙参の全身が青白い光に包まれる。沙参は動けないスピネルを見て、すまなそうに微笑んだ。


「悪いが、私の好きにさせてもらう。許せ」


 そう言い終わると同時に沙参の姿が消えた。取り残されたたれ耳うさぎのぬいぐるみが一段ずつ階段を落下していく。


 沙参はオニキスの目の前に現れると、そのまま勢いよく心臓に向けて懐刀を突きだした。だが、オニキスは驚くことなく楽しそうに笑いながら、少しだけ体をずらして懐刀を避ける。そのままオニキスは沙参に手刀を振り下ろすが、そこに沙参の姿はなかった。


 上空に逃げたのかとオニキスが天井へ視線をむけるが、そこに沙参の姿はない。急いで周囲を見廻すと衝撃音とともに部屋全体が揺れ、音のした壁に大穴があいていた。


 沙参は魔法で身体能力を限界まで上げたがコントロールが上手く出来ず、勢いあまって壁にぶつかっていたのだ。


 壁にあけた大穴から沙参が文句を言いながら歩いて出てくる。


「なんで避けるんだ?壁にぶつかっただろ」


 攻撃されれば誰だって避ける。と、いう正論のツッコミをする人のいない中で、沙参がオニキスを睨む。だが、その視線の先にいるはずのオニキスがいない。


「沙参様!」


 ステラの声と同調するように、沙参を中心に竜巻が発生する。正面には風で全身を切り刻まれながらも突進してくるオニキスがいた。


 沙参はオニキスの攻撃を避けながら、血で染まった左手でオニキスの口を塞いで床に押し付けた。オニキスが起き上がろうとするが、沙参に押さえられた顔はピクリとも動かせない。

 オニキスが沙参を殴ろうと腕に力を入れる。だが腕は動くことなく、そのまま停止した。


 ステラが右手で古文魔法を綴ったまま叫ぶ。


「三秒です!」


 その言葉に沙参の口角が少し上がる。


「|魔方陣展開(セット)。」


 沙参を中心に青白い光を放つ幾何学模様の魔方陣が浮かび上がる。


「我(われ)、汝(なんじ)を認める。」


 ステラの古文魔法が解け、オニキスの腕が動き出す。だが、沙参は殴られるより早く最後の言葉を言った。


「契約(リツ)。」


 青白い光がオニキスを包む。


「がああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーー」


 オニキスが全身を痙攣させながら叫び声を上げた。

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