第7話
ドアの外から銃声や人の呻き声が聞こえてくる。沙参はドアノブを回しながら必死にドアを叩いた。
「おい!開けろ!」
その声に返事はなく、鍵はかかったままドアが開くことはない。
「くそ!」
沙参は可愛らしい顔には似合わない言葉を吐いて周りを見た。
薄暗い室内で、左側には鐘のある屋上に上がるための階段があり、目の前には廊下と奥の部屋に入るためのドアがある。
「他にドアはないか?」
沙参が出口を探していると、廊下の窓を突き破って男が入ってきた。
「一人なら……」
と、考えたところで次々と男達が壊れた窓から飛び込んできた。
「全然、足止めになってないじゃないか!」
沙参はそう言い捨てると、迷うことなく左側にあった階段を駆け上がった。当然、男達も後を追ってくる。
頂上から太陽の光が差し込んでくる。光を避けるように、沙参は右手を額にあてて陰を作った。眩しい光の先に、小さな屋根から銅製の鐘が釣り下がっているのが見える。
階段を昇りきり鐘塔台の頂上に到着した沙参は、周囲を見回して思わずため息を吐いた。
「すごいな」
その鐘塔台からはアルガ・ロンガの絶景が一望できた。
レンガで造られた伝統的な家々と教会が建ち並ぶ。昔からの風習で現在も教会より高い建物の建築は禁止されており、ほとんどの屋根が同じ高さにある。その中で広場や公園には美術館にあるような彫刻や噴水が当たり前のようにあり、人々が余暇を楽しんでいる。
こんな状況でなければ楽しめる絶景なのだが、そんな暇はない。
階下から聞こえてくる足音に、沙参は慌てて周りを見た。周囲の建物は鐘塔台より遥かに低く、飛び移れるようなところはない。
「……飛空艇から飛び降りるよりは、はるかにマシだな。」
確かに飛行中の飛空艇から飛び降りるよりは、はるかに低い高さだが地上にはクッションになるような雪や枝はない。
それでも沙参は迷うことなく鐘塔台から身を乗り出す。そこに銃を構えた男達が慌てて叫んだ。
「動くな!」
沙参は男達の声を無視していたが、地上で|ある(・・)|もの(・・)を見つけて視線を男達にむけた。
「鬼ごっこは終わりだ。逃げるなら早く逃げたほうがいいぞ。鬼より恐い奴が愛刀を持参しての登場だ」
「待て!」
鐘塔台から聞こえた男達の叫び声に、外で戦っていたオニキスが空を見上げる。そこには雪のような白髪をなびかせながら落ちてくる沙参の姿があった。
「ウソだろ!?」
オニキスは落ちてくる沙参の真下に向かって走る。ところが突然、黒い影が現れて沙参の姿が消えた。
驚いているオニキスの後ろで不機嫌な声が響く。
「遅い」
黒いスーツに黒いサングラスをかけ、腰に細身の刀を提(さ)げた青年の腕の中で沙参が文句を言っている。
「もっと早く来れなかったのか?」
沙参の苦情に対して、青年は表情を変えることなく淡々と言う。
「俺は待ってろと言ったはずだ」
「私は待つのが嫌いだと言ったぞ」
「待っていないと迎えにいけないだろ」
「知るか」
二人の隙のない言葉の応酬にオニキスが声をかけていいのか迷っていると、沙参が明らかに不機嫌な表情をオニキスに向けた。
「全然、足止めになっていなかったぞ。もっと、しっかりしろ」
謝罪以外の言葉を受け付けない、という沙参の無言の圧力に負けてオニキスが小さく謝る。
「……ごめん」
小さくなっているオニキスの後ろでは、十数人の気絶した男達が転がっている。その光景に青年が沙参を腕から降ろしてオニキスに話しかけた。
「殺したのか?」
オニキスが慌てて首を振る。
「殺してません!神経を麻痺させただけです。一時間もすれば動けるようになります」
「そうか」
それだけ言うと青年は鐘塔台に向かって歩き出した。
「え?あっ、鍵がかかっていますけど……」
青年はオニキスの言葉が聞こえていないかのように鐘塔台のドアノブを握る。そのまま手に力を入れると簡単にドアが外れて、鐘塔台の中が丸見え状態になった。
そのまま青年は持っているドアを捨てると、平然と鐘塔台の中に入って行った。そして数人の男の怒鳴り声が聞こえた後、入って行ったときと同じように平然と鐘塔台から出てきた。
「行くぞ」
青年の指差す先には、いつの間にかリムジンが停車していた。
驚きの連続にオニキスは呆然としながらも、急いで意識を戻して沙参を見た。
「よかったね」
見送りの体勢になっているオニキスの手を沙参が握る。
「何を言っている?私を送り届けるのだろ?最後まで来い」
「は?へ?」
間抜けな声を出しているオニキスの手を沙参が無理やり引っ張る。
「鴉、手伝え」
沙参の一言で、鴉と呼ばれた青年がオニキスをリムジンの中に放り込む。オニキスが顔を上げると沙参が隣に乗り込んできた。
「行け」
沙参が命令するとリムジンが発進した。
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