第2話 最低の上司を抹殺したい・・・

二番目の客が俺の店に入って来た。


「職場の上司じょうしが最低野郎なんです。私はこの先どうすればいいか、占ってください」


今度の客も変な奴だ。しかも、かなり殺気さっき立っている。


「まあ、少し落ち着いて。その最低野郎のことを詳しく教えてくれ」

俺は、客を刺激しげきしないように気をつけて、ゆっくり話した。


「私の上司は、私に仕事の改善提案を出せと要求します。でも、いつも私の提案を理不尽りふじんな理由をつけて否定するんです。この上司の役職は課長です。最近のことですが、この課長は、自分の上司の部長に、私の提案を自分の提案だと言って説明したんです」


「えっ、それはひどいなあ。でも、そういう上司はどこにでもいるんじゃないか?」


「そんなことはないですよ。いつもいつも、ひどいことをするんです。こんな上司がどこにでもいたら、あちこちで悲惨ひさんな事件が起きていますよ。うーっ、もう我慢がまんの限界です。私は、どうすればいいでしょうか?」


この客は、俺の占いを利用して、上司を抹殺まっさつしたいようだ。


「うーん、最低野郎がひどいことをする理由を知りたいな。あんたは、その上司の心の中をのぞいてみたくないか?」


「いやです。最低野郎の心の中なんて、きたないに決まってます」

客は、顔をくちゃくちゃにして、拒絶きょぜつの表情を作った。


この客は、殺したいほど上司をきらっている。

しかし、この客を冷静にさせる方法はいくらでもある。

「あっ、天井が落ちてくる!」


客が天井に目を向けた瞬間に、俺は目の前にいる客に幻術げんじゅつをかけた。

「後ろを見てみろ、中年男が何かブツブツ言ってるぞ」


客はおそるおそる後ろを振り返り、おどろきの声をあげた。

「えーっ、課長だ!」

そして、客は即座そくざに声をひそめて、俺に聞いた。

「なんで、最低野郎がここにいるんですか?」


俺は、笑顔を作って、客を安心させた。

「あんたに上司のまぼろしを見せているんだ。だから、その最低野郎には、あんたの声は聞こえないよ。あいつのひとり言を聞けば、心の中が見えるぞ」


客はかなり混乱した表情を見せたが、おとなしく上司の独り言を聞き始めた。


「あーっ、また、あいつの提案を否定してしまった。あの提案は悪くないんだが、あいつの声がいやなんだ。うー、俺より仕事ができるくせに、変にひかえめな態度も気に入らない。しかし、そんな理由であいつの能力を否定してはいけない。理不尽なことを言ったら、余計に自分がみじめになる・・・」

客の上司は、苦しそうにため息をついた。


そして、うらめしそうな表情で、また独り言を始める。

「部長が悪いんだ。『あいつを高く評価するな。その理由は言えないが、想像するのは君の自由だ』なんて、無茶苦茶むちゃくちゃだ。部長にさからえば、俺の将来は無くなる。多分、役員のコネで入った社員より優秀な奴を高く評価するなってことだろう」


上司の独り言を聞いて、呆然ぼうぜんとしている客に、俺は言ってやった。

「どうだ、上司の心の中は覗いてみなきゃ、わからないだろう」


しかし、客は冷静になるどころか、ブルブルふるえだした。

「うおーっ、あいつは、課長は・・・卑怯者ひきょうものの最低野郎だ!部下の心をグチャグチャにこわしておいて、その責任を部長に押し付けてやがる。あいつは許せない!」


俺は、客の視野を広げてやりたくなった。

「ちょっと待て。課長は最低野郎だが、部長はどうなんだい?」


「あーっ、部長は、課長に理不尽なことをさせている、汚い最低の・・・最低野郎だあ!」

客は、大声でさけびながら立ち上がった。まだ、ブルブル震えている。


そして、数分間、沈黙ちんもくしていたが、静かに席に戻った。


「じゃあ、あんたの将来を占ってみよう。その前に言っておくが、俺は二十年後の未来から来た占い師だ。ちなみに、あんたの会社の名前は?」


客は、うつむいたまま、力なく答えた。

「『利来堂(リクルドー)』という、小さな会社です」


「おー、その会社は二十年後には有名企業になっている。たしか、この新聞にリクルドーの新社長の写真がっていたぞ」


「じゃあ、占う前にその新社長の写真を見せてください」

「いや、そんなことをしたら占いの意味が無くなってしまうから、今は見せられない」


「そうか、二十年後の新聞に書いてある通りに占えば、その占いが当たったことになるからだ」


「そうじゃない。あんたは、あの写真は見ない方がいい」

「えっ、まさか、あの最低野郎が新社長に?あんな奴、死んでしまえばいいのに!」


「待てよ、早まるな!『人間万事塞翁じんかんばんじさいおううま』ってこともあるからな」


「うーっ、あんな奴、殺す価値もない。あんな課長も部長も最低野郎の会社なんて、もう、めてやります!」


そう言って、客は自分の感情を必死におさえながら出て行った。


俺は、客に聞こえないことがわかっているのに、占いの結果をつぶやいた。


「あんたは、今の会社を辞めて、様々な経験をする。まさに、七転ななころ八起やおきの人生だ。

それでも必死に自分の能力を高め、十年後に起業する。

その後、みがけばかがや原石げんせきのような会社をいくつも買収して、強い会社に成長する。

そして二十年後、大企業になっていた最低野郎の会社を買収して、あんたが新社長になる・・・それで、あんたが幸せと思えるかは、あんた次第だ・・・」

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