未来から来た占い師の正体は

鶴野 天王正(てんのうせい)

第1話  幸せになりたい、でも・・・

「私、幸せになりたい。でも、努力したくないんです」


最初の客は、こんなやつだった。


「それは誰でも思うことだけど、世の中、そんなに甘くないよ」

とりあえず、おれは客の反応を見ようとした。


「この前、渋谷で占ってもらったら、『自分を変えようと努力すれば、幸せになれる』って言われました。でも、私、努力したくないんです!」


その客は、予想以上に力を込めて「努力したくない!」と言った。


「どうして、努力したくないんだい?」

「だって、私は自然な行動しかできないから」

「じゃあ、自然な行動をして、幸せって思えばいいじゃないか」


すると、その客は意外な反応を示した。

「ずいぶん、いい加減な占いですね。あなたは、どこから来た占い師さんですか?」


「俺は、未来から来た占い師だよ。信じるか信じないかは、あんた次第だ」


「えっ、未来から・・・おもしろーい! 何年先の未来から来たんですか?」

客は、おどろくというより面白がっている。


「二十年先の未来だ。今より、ずーっと便利になっているよ」

「なーんだ、ほんの二十年先なのか。もっと遠い未来かと思った」


「そんなことより、あんたは何をうらなって欲しいんだい?」

俺が、客の手元から顔に視線を上げていくと、客はあわててうつむいた。


しばらくして、その客が聞き取りにくい小声で言った。


「このまま努力しないで、自然な行動をしていて、将来お金が入ってくるでしょうか?あるいは、誰かが、このままの私にお金が入るようにしてくれるでしょうか?それを占ってください」


この客の頭の中は、俺の理解を超えている。


「占う前に聞くが、自然な行動って、どんなことだい?」


「それは、呼吸をして、毎日食事をする、昼寝をする、行きたくないところに行かない、自然に体が動くときに動く、こんな行動です」


客はおだやかな表情で話しを続ける。

「だから、私は無職です。いや、無職の原因は別にあるかもしれません・・・」


この客の話を鵜呑うのみにしたら、そっちの世界に連れ込まれてしまう。


「ふーん、そうかな。ところで、幸せになるって、どんな状態になることだい?」


俺は、目の前の客を見ないようにして、答えを予想した。


「それは・・・このまま努力しないでお金が入ってくることかな。さっき、同じようなことを言ったような気がするけど」


よーし、予想どおりだ。

これで、この客は、こっちの世界に入ってくる。


「なーんだ、面白くない答えだな。要するに、お金のことか」


やはり、客は怒ったような表情をして、俺に言った。

「未来のことを知っているなら、お金になることを教えてくれてもいいじゃないか!」


「そうだな、二十年後から持ってきた新聞に何かあったかな。あっ、そうだ!競馬の結果だ」


客の目が、ほんの一瞬輝いた後、疑いの目に変わった。


「将来の競馬の結果を事前に知っていれば、競馬に勝てるじゃないですか。そんな価値のある記事を、ほんとに私に見せてくれるんですか?」


「ああ、見せてあげるよ。でも、あんたは競馬のことを知ってるのか?」

俺は、もう少し、この客の心の中をのぞいてみたくなった。


「ええ、今は競馬の知識はないけど、調べればわかると思います」

「ふーん、でも、あんたは努力したくないって言ってたよね」


「いやいや、そんなことは努力とは言えないな。むしろ、自然な行動に近いような」

「そうか、自然な行動に近いのか。じゃあ、二十年先の新聞記事を見るか?」


その客は、上を向いてしばらく無言だった。


「うーん、その記事を見る前に、私の未来を占ってください」

「俺は未来から来たけど、未来のあんたのことは知らない。だから、これから言うことは、全くの占い、当たるも八卦はっけ、当らぬも八卦、だからな」


「はい、そうですよね。わかりました」


俺は、最近読んだばかりの占い術のマニュアルを思い出しながら、占った。


「あんたは、競馬について調べることを自然な行動と思い始める。調べていくうちに、競馬に興味を持つ。少しだけバイトをして、そのお金で馬券を買ってみる」


客は、占いを聞きながら、目をつぶっている。


「しかし、残念ながら、最初は負ける。ところが、あんたは二十年後には大儲おおもうけができると信じているから、競馬の勉強を続ける。自然に競馬に詳しくなり、競馬に勝てるようになる」


俺は、この占いは理屈にかなっていると思いながら、客に新聞記事を見せた。


客は、記事を注意深く読んだ後、バッグの中を探している。

「すみません、メモ用紙とペンを貸してください」


「ああ、これを使いな。ペンは返してくれよ。内容は正確にメモしろよ」


客は、自分のメモを確認して、俺に礼を言った。

「ありがとうございます。これで、幸せになれます」


「いやいや、あくまでも占いだから、はずれることもあるぞ」

「わかってますって!」


「くどいようだが、未来の新聞記事のことは誰にも言うなよ」


何度も頭を下げて出て行った客を見送った俺は、二十年後の新聞を手に取った。


「やれやれ、変な客だったな。この先、まともに生きていけるかな」

そうつぶやいて、ページをめくると、さっきの客の二十年後の写真が出ていた。


「えーっ、まさか、こんなことが・・・」

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