第5話 不本意デート
翌日、アクセリナは自分が宿泊していたホテルの部屋で目が覚めた。
昨日のことはボンヤリとしか覚えていなかったが綺羅に借りを作ったような気がする。
「まったく。これから、どうしようかしら」
とりあえず仕事が詰まっているためアクセリナはシャワーを浴びてスケジュール通りに動いた。
この国に滞在していた間も、国から出た後も、あの主催者が接触してくることはなかった。アクセリナに対しての批判や悪い噂が流れることもなく予想に反して穏やかに生活をしている。
「あいつが上手く抑えたみたいね」
アクセリナは次の仕事場に行く飛行機内で携帯電話を取り出した。
「久しぶりね。元気?」
アクセリナからの突然の電話に相手が嬉しそうに答える。
もうすぐ飛行機が離陸するためアクセリナは簡潔に用件を言った。
「私が今から行く仕事先に私より先に着いていたらデートしてあげるわ。じゃあね」
アクセリナは相手の返事も聞かずに電話を切るとすぐに電源を切った。
「これで、この前の借りは返したわ」
そう言って満足そうに座席に体を沈めた。
綺羅の現在地は把握済であり、これからアクセリナが行く場所から八千キロ離れた場所にいる。そしてアクセリナは綺羅がいる場所と目的地の中間地点にいる。
目的地から軽く四千キロは離れてはいるが、今すぐ離陸する飛行機に乗っているアクセリナより八千キロ離れた綺羅が先に到着するというのは物理的に無理な話だ。
それでも、それが出来たらデートをするという約束をしただけで借りを返した気になっているアクセリナは満足していた。
「到着するまで一眠りしようかしら」
肩の荷が下りたような気分でアクセリナは眠りについた。
そして予定位通り到着した空港でアクセリナは驚愕の光景を目にした。
強い日差しが降り注ぐ中、こちらに向かって手を振って立っている人物を見て、アクセリナは両手に持っていた荷物を落とした。
「ど……どうやって、ここに?」
アクセリナの質問に綺羅はヘラっと笑って答えた。
「愛の力、なんちゃって」
その笑い顔にイラっときたアクセリナは無意識のうちに綺羅の首を絞めていた。
「正直に言いなさい!」
「わかった。言う!言うから手を放して!」
綺羅が解放された首をさすりながら咳き込む。
「早く言いなさい」
容赦ないアクセリナの追求に綺羅は苦笑いを浮かべながら白状した。
「空軍にお願いして戦闘機でここまで送ってもらったんだ」
その言葉を聞いてアクセリナは両手を地面につけて頭を垂れた。
「貴重な税金をこんなことに消費されるなんて……」
そんなアクセリナの姿を見ながら、綺羅は不思議そうに首を傾げて膝を地面につけた。
「どうしたの?髪が汚れるよ」
綺羅が地面に着いた銀髪をかきあげる。
アクセリナは意を決したように顔を上げて綺羅を睨んだ。その強い瞳に綺羅が思わず一歩退くがアクセリナの口からは予想外の言葉が出た。
「約束は守るわ。仕事が終わったらデートしてあげる」
「本当!?」
綺羅が嬉しそうにアクセリナに詰め寄る。
「えぇ」
アクセリナが服に着いた砂埃を掃いながら立ち上がる。
一方の綺羅は飛び上がらんばかりに跳ね起きた。
「やった!あ、荷物持つね」
綺羅がアクセリナのカバンを持ってウキウキとタクシー乗り場へ歩き出す。
その様子を見てアクセリナは呆れたように微笑んでいた。
仕事を終えたアクセリナは、その翌日から綺羅に連れまわされた。
もともと観光業が盛んな場所なので見どころは沢山あったため、これでもかと凝縮したスケジュールを綺羅は立てていたのだ。
まずは浅瀬の海でイルカと戯れた後、透き通った青い海でスキューバダイビングをしてサンゴ礁と魚の群れを目の前で見た。
アクセリナがその美しさに感動しながらモーターボートに戻ると、有無を言わさずパラセーリングに乗せられ、絶叫しながら遥か上空に飛ばされた。
その中で海と島の絶景を眺めたが、それ以上に疲労困憊となった。
そして、次の日には早起きが苦手なのに早朝から叩き起こされ(しっかり殴り返したが)山登りをさせられ、山頂からご来光を見させられた。
その後はそのまま自然公園を散策して動物たちと触れ合い、地元料理を食べた。
他にもヘリコプターで上空から原始林を見た後、火山見学に行くなど、普通ではあまりしない体験をして、アクセリナはいつの間にか心から笑って、この数日間を過ごしていた。
そして最終日。
ホテルのすぐ前にある砂浜をアクセリナと綺羅は散歩していた。
青空に白い雲が浮かんでいる。海は太陽の光を照り返しており、アクセリナは白銀の瞳を細めて手で影を作った。そこに綺羅が日差しを遮るように隣に立つ。
普段の行動は破天荒すぎるのだが、時折見せる綺羅の優しさにアクセリナは心が痛んだ。
破天荒なだけなら、人を振り回すだけなら、こんなに苦しまなかっただろう。でも……
アクセリナは決心して顔を上げると綺羅を見た。
「どうしたの?」
いつもの笑顔でアクセリナを見る綺羅にキッパリと宣言した。
「デートはこれで最後よ。もう、私の前に現れないで」
突然の言葉に綺羅の瞳が丸くなる。口をポカンと開けて魚のようにパクパクと動かしたが声は出ていない。
アクセリナは翡翠の瞳から目を逸らさずに言った。
「私はこれ以上、あなたの側にいられない」
「……どうして?」
どうにか出た言葉らしく綺羅の声は擦れていた。
率直な疑問にアクセリナは正直に答えた。
「あなたは私の命を短くする存在なの」
「……何、それ?どういうこと?」
茫然と立ちすくんでいる綺羅にアクセリナは両手を握りしめて説明をした。
「うまく説明は出来ない。けど、私があなたと一緒にいたら私の寿命は短くなる。私はそれが嫌なの。私はもっと生きたいの。生きて、いろんな経験がしたいの」
アクセリナが必至に訴えていると空を鉛色の重い雲が覆ってスコールが降ってきた。
だが二人は大粒の雨に濡れてもその場を動くことなく向き合っていた。
「だから、私はあなたと一緒にいられない。だから、さよならなの」
そう言い切るとアクセリナは走り出した。
雨とは違う暖かい滴が頬に伝うのを感じながらアクセリナはホテルの部屋に飛び込んだ。
「今なら、まだ引き返せる。今なら、まだ大丈夫。今なら、まだ……まだ、今までの生活に戻れる」
そう自分に言い聞かせるように呟きながらアクセリナはしゃがみこんだ。
「まだ……大丈夫……大丈夫だから……」
か細く頼りない声は誰にも聞かれることなく部屋の中に消えていった。
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