9-4
カルナに託されたドロッパー入りUSBメモリを握り、アリスはオフィスに戻った。先ほどは相葉に
並んだモニターにはどれも大量の付箋が貼りつけられている。ろこつに顧客の連絡先やパスワードが書かれたものもある。どの机も紙の書類が散らかっている。パソコンの中でやればいいのに、とアリスは思った。デスクワゴンの上に角印と各種責任者の印鑑が散らかっている。
ホワイトボード描かれているのはシステムの設計案だろうか。プロジェクト名の「Dance上野」から次のイベントで使うものであることはアリスにも容易に想像できる。ほとんどは略語や専門用語で読めないが、隅の走り書きに目が吸いよせられた。
『ファミソン コラボフェアリー→閉会セレモニーで発表』
(コンビニとコラボするんだ)
思わずもっと読みたくなったが、あまり悠長にしてはいられない。
カルナに指示されたとおり、右側の奥から二番目のパソコンへ。ほとんどのパソコンは電源が切られていたが、これだけスリープモードだった。アリスがマウスに触れるとログイン画面になった。
「……」
IDとパスワードはモニターのスタンドにテプラで貼りつけてあった。これのIDが『Zic_002』ということは、隣のパソコンのIDが『Zic_001』なのかもしれない。
あっけなくログインに成功した。USBメモリをさしこむ。カルナに言われたとおり『はい』をクリックしてインストールする。なんだかどこにでもありそうな、それでいて消さないほうがよさそうなファイル名だ。カルナのことだから本当に絶妙なラインを突いて名付けたのだろう。
ほんの数秒でインストールは終わった。アリスはフラッシュメモリを抜き、元どおりパソコンをスリープした。
相葉が電話を終え、カルナの元に戻った音が聞こえる。アリスは念のため本当にトイレへ行くことにした。
アリスがトイレから戻ると、カルナと相葉は何やら複雑な話の真っ最中だった。
「……という点からも、スマフォ用Plum OSおよびパソコン用のPlum OS for UがWEBの技術をベースとして作られたのは明確です。サンドボックスをごくごく小さくすることで得た自由度の反面、開発者側がセキュリティ対策をしづらいという短所をどう補うかが重要となってくるわけですが、先日のDust Crystal騒動のように……」
アリスは内容を理解するのを諦め、ただ静かにソファーに座っていた。いつもの比じゃない長さの専門トーク。アリスに話すときもとにかく伝えたいことを伝え終えるまで言葉を止めなかったが、あれでも素人相手に遠慮していたのだとアリスは悟った。
「……ということで『Fairy Dust』はどのような設計思想でお作りになられたのか、うかがえれば幸いなのですが」
やっとカルナが話し終わった。アリスがトイレに行っている間に出されたであろうコーヒーはすっかり冷めている。
相葉は腕組みを解き、ゆっくりと口を開いた。
「Done is better than perfect という格言があってね、これは」
「知ってます」
「そう。……
父の名前が出、アリスはどきりとする。相葉は足を組みながら続けた。
「経営の才覚はなかったからCEOを譲ってもらったが、彼はほんとうに優秀なスタッフだった」
それからまた相葉は何か語り始めたが、アリスにはさっぱり理解できなかった。アリスは相葉の腕時計をじっと見ていた。長針がめぐる。ピカピカ光る金属の長針が。
そろそろお腹がすいてきた。相葉の話はいつ終わるのだろう。カルナはときどき質問をはさむ。事態は進展しているのだろうか。この絡まった紐みたいな会話の中に、父と会うヒントが散りばめられているのだろうか。アリスにはわからないが余計なことを聞くわけにもいかず、じっと黙っていた。
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