9-5

「就活の時期になったらぜひ連絡してくれ。すぐに内々定を出す。また発注も検討するよ。長期インターンもいいね」


 そういう相葉に見送られ、アリスとカルナはZiCEDAIジセダイを後にした。一礼するカルナの前で扉が閉まる。エントランス兼エレベーターホールが静まり返る。


 エレベーターを呼ぶ。12時という時間のせいか、あちこちの階で止まってなかなか来ない。昼食に向かう他のフロアの社員たちを地上に降ろしてからエレベーターは戻ってきた。ずっとカルナは押し黙っていた。


 誰もいないエレベーターに乗りこむ。アリスが1階のボタンを押す。扉が閉まる。すると。


「ーーーーーだああああああああ! うぜええええええええ!!!」


 カルナが絶叫しながら車椅子の肘かけをバンバン叩いた。


「ど、どうしたのカルナ」


「どーしたもこーしたもあるか! あんな中身ゼロのポエムを延々聞かされたんだぞ! きいいいいい! じんましんまみれになって死ぬところだった!」


 体をかきむしる真似をするカルナ。アリスは苦笑いする。


「中身ゼロだったんだ……」


「業界用語をそれっぽく並べただけ! 理解してないのがバレないように話を長くすることにかけちゃ一級品の才能だけどな! あーーー虫酸が走る。まあ、そのおかげでわかったこともある」


 ふぅと一息つき、カルナは車椅子に座りなおした。


山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいごは、あいつが無能CEOの椅子を譲ったんだ。『Fairy Dust』に仕込んだ爆弾の数々を見破れない無能と見込んで、な」


「……パパは『Fairy Dust』を使って何かするつもりなんだね」


「違いねぇ」


 カルナはふっと遠くを見てぽつりとつけたす。


「いや、違うかもしれねぇ。『Fairy Dust』が主なのか従なのかまだはっきりしねぇ。もしかしたら」


 エレベーターが1階に止まり、カルナは言葉を切った。


 昼食を終えたどこかの階の社員たちがアリスたちを避けてエレベーターに乗ってゆく。煙草と柔軟剤とコーヒーのにおいが混ざりあう。


「カフェ」


「へ?」


「カフェいくぞ。相葉が言ってた隣のカフェだ」


「はーい。ちょうどいいからお昼もそこで食べようか」


 アリスはのんきに車椅子を押してゆく。カルナは眉間にしわを寄せて、ぶつぶつ呟く。


「『Fairy Dust』のプログラムをもっとよく見たい。全部見たい。いや、見なきゃならねぇ。管理者権限でメインサーバーにアクセスするのが一番早い。サーバーを自前で管理できるような会社じゃないから、どうせNWSナイルウェブサービスのクラウドサーバーだろ。なんとかして管理者アカウント名とパスワードを……」


 カルナが顔を上げると、カフェのガラス扉が目に入った。そこに貼られたステッカーには「Free Wi-Fiあり」の文字が。中ではZiCEDAIジセダイの社員たちと思しき一団がボックス席を占領している。


「盗聴する」


「そんなことできるの?」


「できる。まぁ、やつらがここのFree Wi-Fiをどう使っているか次第だが。いつだって秘密を漏らすのは人間なんだよ」


 カルナは車椅子から降り、ひったくるようにリュックサックを持ってカフェに飛びこんでいった。


 いつだって秘密を漏らすのは人間。その言葉でアリスが思い出したのはZiCEDAI《ジセダイ》オフィスだった。パスワードの書かれた付箋。机に投げ出された機密書類。それをどうとも思っていない相葉。


「……うん?」


 強い視線を感じ、アリスは振り返る。道には誰もいない。


 周囲を見渡す。高低さまざまなビルがひしめき合い、空を覆い隠す新宿の街。


「……?」


 アリスは首を傾げたが、考えてどうこうなることでもない。なんとなく金髪が物珍しくて、どこかのビルから誰かが見ていただけかもしれない。アリスにはよくあることだ。


 車椅子を畳んでビルとビルの隙間に隠して停めた。カルナを追ってカフェの自動ドアをくぐってゆく。

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