9-3
目的地にはこじゃれたビルがあった。3階がまるまる
3階のエレベーターフロア兼エントランスにたどり着くと、壁の派手な時計が11時17分をさしていた。ずいぶん遅刻してしまった。
いつの間にかサングラスを外したカルナが忙しなくあたりを見回している。その車椅子を押し、入り口の前につける。
カードキーロックの上、インターフォンにカルナが手を伸ばす。
「こんにちは。遅れて申し訳ございません。見学希望の
知らない名前。笑いそうになるのをこらえ、アリスはインターフォンから目をそらす。妙にお行儀のいい作り声もおかしくてたまらない。
間もなく入り口のドアが内側から開かれた。
「やあ。よく来てくれたね。入ってくれ」
相葉がアリスに気づいた。
「ああ、この前の外国人じゃないか。宇佐美くんの介護者ってこの子だったのかい。グローバルな人脈があるのはすばらしいことだ」
「あの、私、日本じ……」
「おそれいります。体が不自由とはいえ、パソコンがあれば国境を越えられますから。挑戦する心は大切にしていきたいですね」
カルナの応えに相葉は満足げだ。
登場2秒でいとこ設定が崩壊し、アリスは白目をむきそうになる。先が思いやられる。アリスはできるだけ黙ってようと決意を固くする。
アリスはカルナの車椅子を押し、入り口の扉をくぐった。
静まりかえったオフィスを見てカルナが言う。
「今はみなさんお昼休みなんですか?」
「イエスでもありノーでもあるかな。うちの従業員は隣のカフェで作業するのが好きでね。今ごろランチミーティングでもしているだろう」
一瞬、カルナが薄暗い笑みを見せた。そんなことに気づくそぶりもなく相葉は続ける。
「進捗さえあがってくれればどこで作業してくれてもかまわない。それが合理的なビジネスってやつだからね。だから宇佐美くんも就職するつもりならリモートワークでかまわないよ」
「ありがとうございます。それこそ遅刻してしまうくらいには大変な道のりだったもので、毎日は厳しいかなぁと思っていました」
「そうだろう。きみを雇うことでうちがダイバーシティ企業であることもアピールできる」
話が微妙に噛みあっていない。
「そもそもオフィスの方に見るべきものはないね。応接室で話そう」
相葉は言い、応接室の扉を開けて先に中へ入っていく。相葉が背を向けてる間にカルナは思いっきり身を乗り出してオフィスを奥まで眺めた。そろそろ怪しまれるかな、というタイミングでアリスがそっと車椅子を押しはじめる。するとカルナが元の姿勢に戻る。アリスは必死に笑みをこらえていた。とんでもないイタズラっ子になった気分だった。実際とんでもない嘘をついているのだが。
相葉は当然のように上座でどっしりと待っていた。アリスはカルナの車椅子を相葉の近くに寄せ、自分はソファーに座った。高価そうなソファーがアリスをふわりと受け止める。
と、相葉のポケットからバイブ音が鳴りだした。
「少し長引くからくつろいでいてくれ」
相葉はPlum phoneを取り出し、電話に出ながらCEO室に入っていった。閉まった扉のむこうから相葉が一方的にまくしたてる声がかすかに聞こえる。
「おい」
カルナが囁き、アリスにUSBフラッシュメモリを手渡した。
「トイレのふりしてこれインストールしてこい。右側の奥から二番目のパソコンがいいだろう」
「何が入ってるの?」
「ドロッパー。あとで任意のマルウェアを送りこめるようにするためのスパイ。監視カメラがないのも確認済みだ、ログインしてコレ挿して『はい』を連打しろ」
カルナがちらりとCEO室の方を見た。相葉の電話はまだしばらくかかりそうだし、終わったところでカルナが会話で足止めできるだろう。
「ふふ、おっけー」
アリスは思わず笑ってしまった。このためにカルナが自分を連れて来たのかと思うと、なんだか嬉しかった。
アリスはUSBフラッシュメモリをにぎり、静かに応接室を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます