9-2
アリスがゴミを出しに行っている間に、カルナは着替えを済ませていた。クローゼットから何かを引きずり出している。
「今日の俺は、生まれつきの病気で体が不自由な情報系学生ということになっている。大学はてきとうなFランク大学で設定した。いざという時のために偽造学生証も作成済みだ」
写真立ての一件なんて忘れたみたいな口調に、アリスはかえって胸のうずきを覚えた。
なんの思い出話も聞けなかった。口に出すこともできないくらい深く深くカルナを傷つけたであろう母の死。そしてその前後、父は二人に何をしてしまったのだろう。
「クラウドソーシングで
カルナが健康体でどさりと車椅子に座る。
「そして今日のおまえは、親切心から俺の介助を引き受けた親戚の女の子だ。いとこが妥当だろう。いいな?」
「うん」
アリスは車椅子の後ろにまわり、試しに押してみた。
「重っ!」
「ノートパソコン二台とルーター1台仕込んであるからな」
車椅子の後ろに吊るしてあるリュックを、アリスはいまいましげに見下ろした。
「アパートの階段は仕方ないとして、今日は俺ここから降りないからな」
(設定にかこつけて荷物運びを押しつけられた気がする)
とはいえ車輪があるだけリュックよりはマシかもしれない。アリスはそう思いなおし、改めて車椅子を押した。車輪に床のデニムパンツが絡む。
「降りてよカルナ」
ノンステップバスを乗り継ぎ、駅のエレベーターを探しまわったり、乗り換え経路を見失ったりしながら、やっと新宿行きの電車にたどり着いた。
駅員の助けを借りて、車椅子を優先エリアに固定する。
(車椅子押すのがこんなに疲れるとは思わなかった)
アリスは電車を降りる駅員に会釈し、アリスはスポーツドリンクをあおり飲む。
ペットボトルにキャップしながらカルナを横目に見る。サングラスと消音ヘッドフォンで完全防御したカルナ。不遜に不機嫌に車椅子の肘かけへ頬杖している。細い手足や顔色の悪さはまるで本当に病気で大きくなれなかった青年みたいだ。
がたんと電車が揺れた。アリスは壁際に身を寄せる。電車の中は涼しいが、汗と煙草のにおいがこもっている。ラッシュタイムは過ぎているものの、鬱屈した表情の人々で座席はいっぱいだ。
アリスはPlum phoneを取り出し、カルナから送られてきた
アリスにはどんな会話をすれば
(私、来る必要あったのかしら?)
疑念が頭をよぎるが、カルナが無駄な人員を連れていくとは思えない。
車内アナウンスがもごもごと新宿への到着を告げる。アリスはPlum phoneをポケットにしまった。『Fairy Dust』からのプッシュ通知を無視して。
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