6-3
マチルダバーガーに行くと、店内はだいぶ混雑していた。しかしほとんどの客はPlum phoneを持って壁にもたれている。新作のシェイクを飲みに来たわけではないようだ。
アリスと文菜が注文カウンターにむかう。店内の混みように比べ、カウンターはさほど混雑していなかった。
バイト仲間の大学生がアリスに営業スマイルを向ける。
「いらっしゃいませー。やっほー、アリスちゃん」
「どうしたの、これ?」
アリスが大学生にそっと耳打ちする。大学生は肩をすくめた。
「『Fairy Dust』やりに来てるっぽい。一品くらい注文してくれればいいのにさー、ほとんどがクーラー浴びてるだけ。アリスちゃんもゲームしに来たの?」
「ま、まさか! 夏みかんシェイク2個で!」
「かしこまりましたー」
レジを打ちながら大学生バイトは言う。
「アリスちゃん今夜のシフトだっけ? この調子だから覚悟した方がいいよ」
「私、ドライブスルー担当だよ? 忙しくてもキッチンにしか入らないし」
「ちがうちがう。お客さんじゃなくて、他のバイトや店長のご・き・げ・ん」
アリスが思わずキッチンに目を向けると、そこは殺伐とした空気に満ちみちていた。今にも歯ぎしりや舌打ちの聞こえてきそうだ。
あっけにとられるアリスに、大学生バイトはウインクした。文菜が苦笑いしている。
十分ほど店内をさまよい、やっと二人分の空席をみつけた。
お手洗いに行った文菜を待ちながら、『Fairy Dust』をいじりながら、アリスは周囲の会話に耳をすませる。
「『Dust Crystal』でレアフェアリー出現率も上がるって本当だったんだな」
「これならランカー入りも夢じゃないかも?!」
呆れに目を細めるアリス。
『Fairy Dust』の妖精は街の観光名所に現れる。そんなものほとんどないこの街で、主な出現スポットはコラボイベント中の店舗だ。『Dust Crystal』を試したくて人が殺到するのもわかる。
「一度
「どうせランカーのやつら、パッチ当てまくりだよな」
気がつくとアリスの手は震えていた。胸がもやもやしている。これがなんという感情なのかアリスにはわからなかった。
「アリス? 先に飲んでてよかったのに」
文菜がお手洗いから戻ってきた。アリスは作り笑いをとりつくろう。無理な笑顔は優しい友にやすやすと見抜かれた。
「疲れてるのアリス?」
「……、うん」
急に気が抜け、アリスはぐったりと姿勢を崩した。壁に金髪の頭がゴンとぶつかる。
「文菜、『Dust Crystal』って知ってる?」
「知ってるよ。ネットニュースで読んだわ。あんなことして楽しいのかしら? ずるしてまで高い点取ろうなんて、そんなのゲームじゃないよね」
周囲の客の目が文菜を冷たく睨んだ。そんなもの跳ねのけるように文菜はぴしゃりと言った。
「ゲームを開発したアリスのパパへの冒涜よ」
「……ありがとう」
「もちろん、フェアに遊んでるアリスや他のプレイヤーにも失礼だし」
文菜の言葉に、胸のもやの一部がすっと晴れる。しかしなぜだろう、アリスは同時にもやが濃くなるような感覚もおぼえていた。
アリスが首を傾けると、制服の肩からおさげが落ちて流れた。
「でもこんなに流行ってるんじゃ、使わなきゃ勝ちたくても勝てない」
「勝つ必要なんてないわ。運営に連絡して禁止してもらえばいいのよ」
「え? あ、そういう方法もあるんだ……」
周囲から文菜に注がれる視線はどんどん冷たく鋭くなっている。このままでは文菜が危ない。アリスは無理やり話題を変えた。
「そういえばさ、弟のことなんだけど」
「魚田先生の言ってた
「そーそー。これがまたすっごい変人でさ」
一緒にクラッキングで父親を炙りだそうとしていること。それは隠しつつ、プログラミングの得意なひきこもりの弟として文菜にカルナを紹介する。
クラッキングの話をしたら、文菜は『Dust Crystal』に向けたのと同じ言葉を私たちに向けるのかな。
アリスはそんな恥にも似た感情を抱きながら、あくまで無害な弟としてカルナを取り繕う。そうするうちに雑談はどんどん広がり、不穏は去り、いつもの二人のおしゃべりに戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます