6-2
ホームルームで配られた宿題の一覧に、アリスは大きくため息をする。多い。ものすごく多い。
「夏休みくらい休ませてよぉ」
机につっぷするアリスを振り向き、文菜が笑う。
「仕方ないよ、受験生だもん」
「文菜は頭いいからそうだけどー。私は大学なんて行く気ないもん」
アリスの通うこの高校は、生徒の半分が専門学校、三割が大学進学、残りが就職の進路を選ぶと聞かされていた。成績上位三割に入れていない自分に大学は無理。アリスはそう思っていたし、努力する気もなかった。
「じゃあアリスは就職? 就活してたっけ?」
アリスはうっと言葉を詰まらせる。
心優しい文菜はこの話題はまずいと悟り、荷物を片付けはじめる。
「とりあえずマチルダ行こっか」
「うん……」
悩みごとが多すぎる、とアリスは再び思った。遅くとも夏休み中にある三者面談までに進路の方針を決めていなければならない。
陰鬱な気持ちで荷物をまとめるアリス。するとメロングリーンのスーツがアリスの前で立ち止まった。
「
「え? あ、はい」
アリスが顔を上げると、担任の
アリスはこのほほえみが苦手だった。相手を手中に収めんとする、戦略的な笑みに見えていた。もとは民間企業で働いていたそうだから、本当に営業技術として身につけた笑顔なのかもしれない。
身構えるアリス。魚田先生は有無を言わせぬ口調で問う。
「ちょっとお聞きしてもいいかしら?」
拒否権なんてないくせに。思いながらアリスは言う。
「……なんですか」
「
「?!」
どうして先生がカルナのことを?
そんなアリスの内心を見透かしたように魚田先生は説明した。
「中学校に勤めてる知りあいがね、ずっと不登校の子がいるって気にしてて。同じ苗字だから、もしかしたら
なんとなく。アリスはうまく言葉にできないものの、なぜだか魚田先生の言うことが嘘のような気がした。ほんの少しの仕草、口調、そういうものから不穏がにじんでいる。
アリスは魚田先生から目を逸らした。ぶっきらぼうに返す。
「知りません」
「……そう」
魚田先生の冷たい視線が、アリスの横顔に注がれる。アリスは頑として魚田先生の方を見ようとしない。
しばらくアリスを見つめた後、魚田先生は教室から出ていった。古びた戸が静かに閉まる。
怯えるように身を縮めていた文菜が、小さくため息した。おそるおそる問う。
「うそなんでしょ、アリス?」
「うん。
「義理の弟さんなんだね。……どうして隠したの?」
「なんだか嘘のような気がしたから。それにもし本当だったとしても、カルナは学校なんかに来ていい子じゃないよ」
「え?」
アリスは少しのあいだ目を閉じる。
「こんな黒い牢獄みたいな場所、カルナには似合わない」
カルナには伝えないでおこう。そして自分でも忘れていよう。
この話は終わり、とばかりにアリスは学生鞄をパチンと閉めた。文菜にほほえみかける。
「マチルダバーガー、行こ?」
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