6-4
ピアノのレッスンがあるという文菜と別れ、アリスはバスで帰路についた。
『Fairy Dust』のプレイヤーランクはまた下がっている。アリスはプレイを諦め、一度家に帰ってシャワーを浴びることにした。午後四時の日差しがアリスの白い肌をじりじりと焼いてる。
目を閉じると文菜の言葉を思い出した。
『ゲームを開発したアリスのパパへの冒涜よ』
『Dust Crystal』の話をカルナにすべきか、少し迷っていた。アリスはうずく胸をおさえる。もし文菜とカルナが正反対のことを言ったら、この胸の何かが深く傷つくような気がしていた。
話すか、話さざるか。答えが出ぬままアパートの玄関に来てしまった。ドアノブをひねる。
ドアの隙間からエアコンの風が吹き抜けた。家に帰ると涼しく、人の気配がある。それだけはカルナを泊めてよかったかもしれない、とアリスは思った。
「ただいまー」
「おかえり」
ぶっきらぼうな返事はアリスの部屋から聞こえた。
「まーた私のパソコン使ってる」
「しょーがねぇだろ、俺の家に入れねぇんだから」
アリスは釈然としないままベッドに腰かけた。カルナがモニタに向きあったまま言う。
「いくつか開発環境入れたから勝手に消すなよ」
「勝手に入れないでよ……」
「ところで、だ。この中」
カルナが半分だけ振り向き、冷ややかにアリスを見る。
「クラッキングの練習をした形跡が残ってる。おまえか?」
「まさか。おねえちゃんの消し忘れでしょ」
「……。じゃあ、インターネットやけに遅いとか思ったことないか?」
「たしかにPlum phoneよりずっと遅いからあんまり使ってなかったなぁ」
カルナはしばらくアリスの横顔を眺めたのち、おおげさなため息をついた。アリスはムッとしてカルナをにらむ。
「なによ」
「おまえが腹芸してると一瞬でも思った俺が大馬鹿だった」
カルナはモニターへ視線を戻した。
「ダークウェブ閲覧用の匿名ブラウザが入ってる」
「だーく?」
「クラッキングツールや流出データが売買されてる闇市場へアクセスするためのウェブブラウザだよ。おまえがよくわかってないってことは、姉の置き土産ってところか」
呆気にとられるアリスをよそにカルナは言葉を続ける。
「残ってるファイル群はクラッキングを練習した形跡じゃなくて、サンプルコードだな。開発環境もある程度はそろってた。adminでログインさせてたのもいじれる場所を広くするためだろう。なるほど、このコンピュータはクラッキング教材セットだ。おまえがクラッキングに興味を持ったら、トントン拍子で成長できるように、姉がそろえて置いていった」
「……」
「だがおまえは興味を持つどころか違和感に気づきもしなかった」
「……っ!」
才能がない。
そう言われたようで、アリスはカッとなっていた。唇を噛んで自分を落ち着かせる。何事もなかったように立ち上がり、シャワーを浴びる準備を始めながら言う。
「ねぇカルナー。『Dust Crystal』って知ってる?」
私だって卑怯をするときはする。アリスはそれをほのめかしたつもりだった。カルナが鼻で笑う。
「
「あらあら、知ってるのぉ? しちゃおうかと思ってるよ?」
「ところがどっこい。おまえのPlum phoneはとっくの昔に
「へー」
「おいおい、ここは怖がるところだぞ」
カルナが椅子を回して振り向いた。が、アリスがクローゼットから下着を出しているのを見、あわててパソコンの方へ向きなおる。赤くなった顔を隠すように頬杖をつく。
「俺はおまえに出会った日、ハニーポットWi-Fiに接続したおまえのPlum phoneを強制的に
「そうだよー」
アリスは着替え一式を抱え、クローゼットの扉を閉めた。ふとカルナを見ると、机を指でコンコン叩いている。のばしっぱなしの長い爪がいらだちを鳴らす。
「なに?」
「……なんでもない。風呂あびてこい」
「言われなくても行くけどさ」
釈然としないとばかりにぼやき、アリスは部屋を出ていった。
扉がしまる。遠くからかすかなシャワーの音が聞こえはじめる。
一人の部屋でカルナは宙を睨む。誰に言うでもなく呟く。
「わかってないんだな。『
がしがしと頭をかくカルナ。
「部屋の盗聴。英才教育用のパソコン。
ふだん無表情な顔が苦々しい笑顔に変わってゆく。
「おいおい、そんなにアイツにクラッキングやらせたいかよ、
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