4-3
洗濯物をたたみ、カルナに一番風呂を譲ったころにはアリスもだいぶ落ち着いていた。
カルナがシャワーを浴びる音を聞きながら、RIP RISA オンラインショップでワンピースの予約を済ませる。予約受付から一時間十分も経っているのにまだ完売になっていなかった。いつもなら十五分と経たず売りきれてしまうのに。
ついでにSNSを開くと「RIP RISA入れない!」という呟きが見え、アリスはそっとタブを閉じた。カルナがやったこととはいえ、そこそこ以上の罪悪感があった。
「カルナ、どうやったんだろう……」
説明はされたものの、いまいち理解できていない部分もあった。暇を持て余したアリスは「サイバー攻撃 方法」「マルウェア 作り方」などで検索をかけてみる。
「なにしてんだ?」
「うわっ!」
アリスが振り向くと、カルナがタオルで髪をふいていた。
アリスよりやや小柄なカルナ。貸してあげたスウェットはぴったりだった。自分と同じシャンプーの匂いがして、アリスは少し不思議な気持ちになる。
カルナはアリスの隣まで来て、モニターをのぞきこんだ。
「ふーん、マルウェアの作り方なんか調べてたのか」
「黙って入ってこないでよ」
アリスの苦情を無視し、カルナはキーボードを引きよせた。
「ダークウェブに潜らねぇなら、こうした方が出てくるぜ」
カルナが検索欄に文字を打ちこむ。
『サイバーセキュリティ』
「え?」
予想外のキーワードにアリスがうろたえる。ずらりと並ぶサイバーセキュリティ知識の数々。それを眺め、カルナはにぃと笑った。
「ここに書いてあることの逆をやればいい。意外と対策されてない。それにこの程度のことを対策できないやつは、ちょろい」
「……」
「警察が家の鍵を閉めろって言ってるのに、閉めなければ泥棒に入られる。それと同じだ。自己責任だろ?……納得いかないって顔だな?」
アリスは肯定も否定もしなかった。難しい顔で検索結果を睨んでいた。
「そしてさらに逆を言えば、ここに書いてあるのさえ守れれば大抵の脅威は避けられる。風呂入れば?」
まるで自分の家にいるかのように言い、カルナはリビングに戻っていった。
カルナが部屋のドアを閉める。アリスはぽつりと呟いた。
「……自己責任なのと、泥棒に入っていいのとは、違うよね」
アリスの胸にもやのような物が満ちつつあった。まだ言葉にできないけれど、確実に育っている迷い。葛藤。
アリスは強くまばたきし、もやを振り払うように頭をふった。ウェブブラウザを閉じる。
「お風呂はいろ……」
夏の日差しで汗ばんだ肌を流す。バスルームの床をすべる泡とともに、少しだけ心のもやも流れていった気がした。
アリスがリビングに戻ると、カルナがエアコンの風に涼んでいた。ソファーで横になり、スマートフォンでのんびりと何かを眺めている。
「あ、そうだ」
アリスは部屋から、
「見て見て。
「なんだそれ?」
「『Fairy Dust』作った会社」
「はぁ?!」
カルナがスマートフォンを取り落としかけた。
「
「え? さあ……? 言われてみれば『Fairy Dust』の会社、途中で名前変わったような」
アリスはカルナの前で『Fairy Dust』を起動してみせる。スプラッシュ画面に
カルナはいぶかしげな表情のまま自分のスマートフォンで何かを調べた。
「……本当だ。法人名、変わってやがる。頭悪そうな名前になったな」
「でもさ、パパの会社の人の連絡先がわかったんだもん。これで手っ取り早くパパに会えるよね」
はにかむアリスから名刺を取りあげ、カルナはしげしげと眺めた。
「CEO?
「CEOってなに?」
「会社で一番えらいやつ」
そしてカルナは名刺とスマフォの画面を見比べながら言った。
「つまりここはもう
「えー、えらいのに疲れて交代しただけかもしれないよ? ……何よその目」
カルナは「なに言ってんだこいつ」と言わんばかりの視線でアリスを見ていた。改めて名刺に目を落とす。
「しかしこのドメイン名、どっかで見たような……」
スマフォを手早く操作するカルナ。その表情が、だんだんといたずらっ子の笑みに変わってゆく。
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