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「ほー。身内ならなおさらパスワードには入れない方がいいぞ。類推されやすいからな」
アリスが唇をとがらせながら足を踏み変えると、ミシッという音がした。
耐えられなくなったアリスはその場に屈み、散らかるものたちを服・日用品・ゴミ・その他に分類し始めた。
カルナは満足げに顧客情報一覧を眺めている。アリスは分類を続けながらたずねた。
「それ、どうやったの?」
「SQLインジェクション」
カルナは自慢げに答えた。アリスは聞き返す。
「S……なに?」
「まぁ、簡単に言うとだ」
カルナはマチルダバーガーのウェブサイトにアクセスし、キャンペーン用の情報入力ページを開いた。姓の欄にカーソルを持っていく。
「ここには普通なにが入る?」
「苗字」
「そう思っているな。作ったやつも。じゃあこうしたらどうなる?」
カルナはキーボードをカタカタ鳴らす。アリスが床の物の仕分けを中断してモニターを見ると、入力欄にはびっしり英・数・記号が詰めこまれていた。
「なにこれ?」
「まぁ、簡単に言うとだ。苗字の代わりに『顧客情報を全て送信しろ』というプログラムを書きこんだのさ。これを送信すると、向こうさんのサーバーが勘違いして情報をゲロる」
「……」
アリスが絶句していると、カルナは低い声で含み笑いした。
「普通はちゃんと対策するんだが、その対策の仕方が頭悪くてな。数回試したらきれいにゲロったぞ。この様子じゃ他のやつにも情報抜かれてるんじゃないか? おまえ、迷惑メールが来たりしてねぇか?」
「来てる……」
そういえば顧客情報流出は「『Fairy Dust』コラボにしか入力してないメールアドレスに迷惑メールが届く」というクレームから発覚したのだった。普段マチルダバーガーを使わない人だからこういう形で発覚しただけで、情報流出はずっと前からあったのだろう。
「たった300円のクーポンと引き換えで、俺や悪徳業者に個人情報売っちまうなんてなぁ」
カルナが椅子を回してアリスを振り向く。床に散乱していたものがある程度整っているのを見、意外そうな顔をした。
「なぁ、それ」
カルナは卓上金庫から五千円札を取り出した。
「コインランドリーに持ってってくれたら釣りはやる」
「外に洗濯機あったじゃない」
「洗剤がない」
「どうやって暮らしてたのよ……」
「たまにコインランドリーに行くが、最近は服が足りなくなったら通販で買ってた」
やけに服が多いと思ったらそういうことか。
アリスは無言で五千円札を受け取った。そして大手ファッション通販サイトの箱に、洗い物を詰めこみ始めた。
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