2-2

「誰よボブって」


 バイト後、アリスが指定された場所に赴くと、カルナがパソコンをいじっていた。ボロボロのアパートの錆だらけな階段に腰かけ、眩しそうに夕日に背を向けている。


「アリスと通信するのはボブと相場が決まってるんだ」


「はい?」


 カルナはノートパソコンをぱたんと閉じた。ついてこいとばかりに外階段をのぼり始める。

 地震が来たらねじ切れそうだし、来なくても追い追い折れそうなひどい階段だ。アリスは手すりをつかみ、慎重にのぼった。


 カルナが体じゅうのポケットから家の鍵を探している。アリスは屋外置きの洗濯機を横目に見ていた。


「あった」


 キーホルダーもつけないで鍵を持ち歩くのはどうなんだろう……。


 アリスは特に何も言わなかったが、カルナが鍵を回している間とても嫌な予感がしていた。


「うわ」


 嫌な予感は大当たりだった。アリスは思わず眉をひそめる。

 部屋がとても汚い。入ってすぐのキッチンの床も、その奥の七畳も、床が物で覆い尽くされている。人が住んでいるのに廃墟みたいな匂いが充満している。まだ夕方なのにまったく外の光が入ってこない。

 カルナは床に散らばる服や日用品を踏みながら奥へ進んでいく。アリスも仕方なくそれに続いた。パキリと何かが割れる音がした。


 壁ぎわには大量のメタルラックがあり、ほとんどが電子機器で埋まっている。


「アルバイトご苦労。見ろよこれ」


 カルナは部屋の最奥、アリスの家のテレビほどもある大きなモニターの前で待っていた。アリスは足元の妙な感触にげんなりしながらゆっくりモニターに歩みよる。


「なんでバイトだったの知ってるのよ」


 カルナはモニターの方を向いたまま、にぃと笑う。


「今日から『Fairy Dust』コラボキャンペーンですね! いつもとは違うお客様がたくさんいらっしゃることと思います。特に真昼のシフトの山田さん、斎藤さん、山桜桃梅ゆすらうめさんは混雑で大変かもしれませんが、いつもの素敵な笑顔で新しい出会いを楽しんでください!」


 バイト先からメッセンジャーアプリに届いた文章をまるまる読み上げられ、アリスは絶句した。


 携帯変えたい……。


 次にママが帰って来たら相談しよう、とアリスは心に決めた。


「で、見ろよこれ」


 アリスがやっとモニターのところまでたどり着くと、そこには無機質なテーブルが表示されていた。項目は、姓名・住所・電話番号・パスワード、そして『Fairy Dust』のアカウント名。


「これ、まさか……」


「そう。お前のバイト先の顧客情報」


「情報流出したって、犯人あんただったの?!」


 カルナはクックックと低く笑った。


「こんなゴミシステム作ったクソベンダーが悪いんだぜ」


 言いながらテーブルをスクロールすると、アリスの顧客情報が出てきた。マチルダバーガーのウェブサイトに入力した情報が全部カルナの目の前にある。アリスはクローゼットの中を見られているような非常に不快な気分になってきた。そんなアリスを知ってか知らずか、カルナは不躾に聞く。


「お前のパスワード、eve and aliceか。パスワードに名前や生年月日は使わない方がいいぜ。類推されやすくなる。ところでeveって誰だ?」


「誰でもいいじゃない」


 アリスがすね気味に言うと、カルナはニヤニヤしながら椅子を回して振り向いた。


 こいつ、教えなければ私の携帯の中をあさって調べるつもりだ……。


 察してしまったアリスは大きくため息し、仕方なく白状する。


「お姉ちゃんの名前よ。ママとパパが離婚したとき、パパと一緒に家を出て行ったの」 

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