2.Injection
2-1
「いらっしゃいませ〜」
アリスは作り声でマイクに話しかける。まとめあげた金髪と、バーガーショップの水色の帽子がよく似合っている。次々と流れてくるドライブスルーの注文を聞き取り、端末からキッチンへ連絡していく。
アリスのバイト先、大手バーガーチェーン「マチルダバーガー」はちょうど『Fairy Dust』とのコラボキャンペーン中だった。ネット注文のアカウントと『Fairy Dust』のアカウントを紐つけると、300円のクーポンが発行されるキャンペーン。そのせいかいつもの土曜日よりずっとドライブスルーの客が多い。
客が見せる300円クーポンの画像を見、アリスはクーポンコードをレジに打ちこむ。
アリスはこのアルバイトが好きだった。注文をさばいて客の車が流れていくのも気分がよかったし、まかないも美味しい。バイトあがりには達成感と有能感を味わえる。そして店長やバイト仲間は優しかった。
最初のうち、アリスは店内のカウンターに立っていた。しかしアリスの髪色にいちゃもんをつける客が多いため、店長がドライブスルーの担当に移動してくれた。アリスの外見についてクレームが入ると、店長は必ずアリスを庇った。そんな店長の襟足に大きな火傷跡があるのをアリスは知っていた。
ドライブスルーで買いに来る人は滅多にアリスの外見にクレームを入れない。忙しいからだろうか、とアリスはうっすら思っていた。
慌ただしいキッチンを小走りでかけぬけ、店長がやってきた。
「
店長がそっと耳打ちする。
「忙しいだろうけど時間通り休憩入っちゃって。話したいこともあるから」
アリスはおつりの数を確かめながら頷いた。
話したいことってなんだろう?
休憩室に入ると三人の先客がいたが、みんなぐったりしていた。どうやらドライブスルーだけでなく店内もお客が多いらしい。
「そんなに人気なの? 『Fairy Dust』って」
正社員の男性がぼやいた。大学生アルバイトのお姉さんが答える。
「Plumの子はみんなやってますよぉ」
「へぇ」
言いながら正社員の男性は携帯をいじりはじめた。Plum phoneではない、もっと高価なブランド端末だ。
正確には、Plum phoneは超格安スマフォとして世に現れてきた。いつのまにやら大流行し、アリスが高校へ入る頃にはPlum phoneが普通、今までのスマフォがブランド端末などと言われるようになっていた。
アリスが休憩室隅のテレビをチラと見やる。「Plum phone また脆弱性か」のテロップが出ているが、消音モードにされ、みんな自分の携帯だけを見ている。アリスもまた椅子に腰かけ『Fairy Dust』を起動した。
数分『Fairy Dust』をいじっていると店長が休憩室に入ってきた。入れ違いに正社員が会釈して出て行く。
「
アリスの隣に座る店長。アリスはPlum phoneをスリープさせた。
「『Fairy Dust』コラボ、突然中止になるかも。本社から連絡来たらすぐ知らせるから、ドライブスルー側でも対応お願いね」
「え? どうしたんですか急に」
当初の予定ではコラボは一週間続くはずだった。店長は声をひそめる。
「顧客情報流出があったらしくてね」
アリスはなぜだか嫌な予感がした。
「『Fairy Dust』コラボにしか登録してないメールアドレスに迷惑メールが届いたとかで、クレームが入ったんだ。委託会社のエンジニアが確認にあたってるらしいけど」
店長のレシーバーに何か連絡が入った。かすかな音漏れから察するに、調理機器がエラーをおこしているらしい。店長は「じゃあ、よろしく」とだけ言い休憩室を出ていった。
店長、全然休憩できてないじゃない。大変だなぁ……。
思いながらPlum phoneに目を落とすと、珍しくSMS着信が来ていた。送信者は「Bob」。そんな知り合いはいない。
メッセージにはマップ情報が添付されていた。
『バイトが終わったらこの住所に来い』
アリスは小さくため息をした。
これは、あいつの仕業よね。
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