2-4

 アリスがコインランドリーを使うのは初めてだったが、説明書きのおかげでさほど手間取らなかった。簡素な椅子に座って運転完了を待つ。


 ぐるぐる回る洗濯槽を見ながら、アリスは物思いにふけっていた。


『たった300円のクーポンと引き換えで、俺や悪徳業者に個人情報売っちまうなんてなぁ』


 カルナの言葉を何度も思い出す。そしてポツリと呟いた。


「マチルダバーガーはどうして『Fairy Dust』とコラボしたんだろう……」


 コラボが決まったのは三ヶ月前。バイト先の伝言板で知ったが、なぜ、とか、どうして、は一度も考えたことがなかった。


「たった300円のクーポン……」


 ただなんとなくやるはずもない。特設ページを作ったくらいだ。マチルダバーガーの客と『Fairy Dust』のアカウントを紐つけることには、300円払ってお釣りがくるほどの価値があるのだろう。


「私、大人の世界のこと、なんにも知らないんだなぁ」


 コインランドリーにはアリス以外誰もいない。三つの大型洗濯機が乾燥運転をしている。ごうんごうんと低い音があたりに充満している。


 アリスはPlum phoneを取り出して『Fairy Dust』を起動した。カクカクと遅い通信のなかで、なんとか妖精の粉を集める。


 今日は七月二十二日。月が変わるまで一週間以上ある。もうすぐ夏休みに入るのに、この状態ではまともに『Fairy Dust』をプレイできない。


 乾燥運転が終わった。洗濯機が妙なブザー音を鳴らす。アリスはため息をつきながら立ち上がり、ほかほかの衣類を畳んでダンボールにしまっていった。





「ていうかお前、モバイルWi-Fiルータ契約しねぇの?」


 洗濯物をクローゼットに入れるアリスに、カルナがパソコンをいじりながら言う。アリスは手を止めぬまま言った。


「なにそれ?」


「持ち運びできるWi-Fiルーター」


「そんなのあるの?!」


 アリスは目を輝かせて振り向いた。あまりの食いつきにカルナは引き気味になる。


「知らなかったのかよ。安いのだと月3000円くらいで借りれるぞ」


「借りる!」


「マジで知らなかったのか……。帯域食うゲームやってるのに妙だと思ったんだ」


 カルナは引き出しから小さな機械を取り出し、アリスの方に放り投げた。小さな機械、モバイルWi-Fiルーターが畳んだ衣類の上に着地する。


「今月末まで貸してやるよ。服を畳んでしまう分のボーナスだ」


「ほんとに?! やったー!」


 アリスは服をモバイルルーターを取り上げ、頭上にかかげてクルクル回った。金色のふたつおさげが弧を描く。満面の笑みではしゃぐ。


「カルナ親切! 男前! だいすき!」


 返事がない。アリスが振り向くと、カルナはモニターに向かっていた。耳が真っ赤だ。


 意外とかわいいところあるのね……。


 思いながらアリスはモバイルルーターをポケットにしまった。服を衣装ケースへ収める作業に戻る。


 多すぎる衣類はやがて衣装ケースに入りきらなくなった。アリスは畳んだ服をそのままケースの上に積むことにした。


「ねぇカルナ」


 ちらと横目に見るとカルナの耳はまだ真っ赤だった。


「カルナって何歳?」


「十四だ」


「あ、正直に答えてくれるんだ。意外。やっぱり中学生よね。そうだと思った」


 アリスは最後のTシャツを衣装ケースにのせる。そして、できるだけさりげなく尋ねた。


「ねぇ、カルナ。学生服はどこ?」


 ハンガーにはコートと柄物のシャツしかかかっていない。衣装ケースにもなかった。なぜか畳んだ車椅子が片隅に収められている。

 

 カルナは答えなかった。代わりにのびをした。


 アリスはクローゼットの扉を閉めた。


 カルナが答えたくないならそれでもいい気がした。カルナは偏屈で意地悪だが、なぜだかアリスはその姿に安心感すら覚えるようになっていた。社会から大きくはみ出したカルナなら、自分の気持ちをわかってくれる。そんな気がしていた。


「明日、東京に出るぞ。手伝え」


「え、なに?」


 カルナが突然言うものだから、アリスは聞き返す。


「サイバー攻撃の下準備だ。東京で罠を張るぞ」


 カルナは振り向き、にぃと妖怪じみて笑った。


「明日朝十時にここ集合」

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