1-3
「なぁ」
少年は言い、アリスが顔を上げるのを待った。アリスの少し腫れたまぶたがいぶかしげに瞬きする。
「なぁお前、ランカープレイヤーになれる見込みはあるのか?」
アリスは言葉を詰まらせる。
「車を持ってる大人や、観光地に住んでるやつには
少年の言うとおりだった。妖精や妖精の痕跡は街の名所に現れやすい。アルバイトの成果を毎週末の旅行につぎ込んでも、なかなかランキングに手が届かない。課金できる額にも限りがある。
「な? それこそ
「でも私……」
「だったら俺に賭けてみないか?」
少年は、にぃ、と妖怪じみて笑った。
「『Fairy Dust』とPlum OSにサイバー攻撃をしかけて、
「サイバー攻撃って? 何? ハッキング?」
「は? あー、まぁ、そんなもんだ。サイバー攻撃知らないって、お前ほんとうに
「私は才能がないから置いていかれたのよ」
アリスはハッと口を閉ざした。
なんで言っちゃったんだろう。こんなやつに教えてやる必要ないのに。
「……なるほどな」
少年はノートパソコンを閉じ、大仰に肩をすくめた。
「才能に恵まれたやつ。家庭に恵まれたやつ。金のあるやつ。権力のあるやつ。俺やお前みたいな変わり者をゲラゲラ笑う、普通のやつ。その頂点ですましてやがる、
「才能……」
アリスはうつむき、手にあるPlum phoneを見つめた。姉の手を引いて家を去る父の背が、おぼろげながら思い出される。
私はパパに選ばれなかった。お姉ちゃんと違って、才能がないから。
アリスの中に薄暗い感情が渦を巻く。『Fairy Dust』にうちこむことで、なんとか抑えていた気持ち。隠していた気持ちが。
アリスは少年を見つめた。空色の瞳がまっすぐ、闇色の瞳を見やる。
「わかった。きみに賭ける」
「よし、じゃあ決まりだな!」
少年は再びパソコンを開き、何ごとか操作した。メモ帳の文言が消える。アリスがPlum phoneに触れてみると、元どおり言うことを聞くようになっていた。
アリスは少年に尋ねる。
「ねぇ、サイバー攻撃ってなにをするの?」
「追い追いわかるさ」
少年がパソコンをリュックサックにしまう。パソコン用のリュックなのだろう、やけに角ばっている。
「教えてくれなきゃなにを手伝えばいいかわかんないじゃない。それにキミ、」
「キミじゃない。カルナと呼べ。
「……方って?」
「は? インド叙事詩も知らねぇのかよ。教養どうなってんだ……」
ムッとしたアリスが言い返す前にカルナ少年はきびすを返した。
「じゃあまたな。そうだ、おまえ」
カルナが不躾にアリスを指さす。
「無料だからって得体の知れねぇアクセスポイントへ軽率につなぐんじゃねぇぞ。それに限らず、無料のサービスには警戒をおこたるな。お前が金を払ってないなら、お前は客じゃなくて餌なんだからな」
カルナはガラスの破片を踏みながら、廃墟の暗闇に消えていった。足音が遠ざかる。
ひとり残されたアリスは、ぽつりと呟く。
「どうしてパパの言葉を知ってるの……?」
月が傾き、アリスの足元をまばゆく照らす。
しばし呆然としたのち、アリスは『Fairy Dust』を起動した。妖精は去り、妖精の粉だけがあたりに散らばっていた。
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