1℃ Sheol

 一面の空。

 上も下も……上はどちらだろうか。

 ヒュォオオォォォーッ!

「わぁああぁぁっ!落ちてるーっ?!」

 まっ逆さまに落ちていく太丸。

 空のど真ん中に放り投げ出された体はなすすべもなく、あるかもわからない地上へと向かっていく。

 そこに1つの飛影。太丸を素早くとらえたその姿は鳥ではなく大きな甲虫だった。

「メシア殿を確保したぞ!」

「なんとでも死守しろォ!」

 怒号が鳴り響く。先程は落ちていることに気をとられていたが、気づけば周りは、さながら空中の戦場だ。

「??」

 そして声をあげているのは自分の乗っている甲虫だったり、名状しがたい化け物だった。

「決して悪魔どもに渡すナァ!」

「……いったいどうなってんだ?」

 状況が掴めない太丸はとりあえず、怯えながらも目の前にある突起のような角にしがみつくのであった。


「予言通りの場所に現れてよかったのゥ!」「意外と柔らかいのだな」

「ちっこくて可愛いわねー」

 辺りは虫(?)だらけ。しかも大きかったり、こわもてだったり様々で、いちごであったら失神していただろう。

【ば、バケモンだぁー!】

「メシア殿!ごちそうですたんまりと召し上がってください!」

【見るからに毒ぅー!】

 流石の太丸も面を喰らう、そして絞り出した言葉は。

「ト、トイレ行きたいなぁ」

 …………静まりかえる虫たち。

 そして一転。

「ばっはははー!第一声はトイレでござるかぁ!」

「名言だな、シェオールの歴史にのるぞ!」

 脇だつ周囲は気づけば、洞窟?ではない。蔦や枝などで囲まれている、想像できないが樹の中のようだった。

「案内しましょう!」

「いや、大丈夫!一人で!」

【ナイス機転!】

 太丸は虫たちから出来るだけ遠ざかるように駆けていく。

 周りは先ほど推測した通り、大樹のなかなのだろうか。しかし走っても走っても枝、蔦、虫、枝、枝。

「外に、逃げなきゃ!人を、探さなきゃ!」

 そしてようやく外が。夜景が。しかしそこは……。

「なんだ……これは!?」

 この間の家族旅行で東京タワーに行った太丸。比較する。眼下は雲。測定不能。


【今日も……だ。】

 どこからか声が聞こえる。どこか聞き覚えのある。そして悲しそうな。

「ディア……ライチ……みんな死んだ」

 その姿、異国情緒溢れる服装だが間違いなく……人間!

 見ればかなり危なげな枝にたたずんでいる。

「おおーい、そこで何してんだー!」

「!!」

 相手はかなり驚いたらしい。飛び退いたのちに、こちらを振り向くと。

 瞳は異様な色で、頭には角が。間違いなく人ではない。

「お前も……バケモノ!」

 太丸のその言葉にバケモノは怒りを覚える。

「俺様を化け物呼ばわりとは何事だ!」

 自分のことを俺様という尊大な態度のバケモノ。太丸を凝視したあと、その周囲を見渡す。

「お前、新入りだな?ここでのことは誰にも言うんじゃねぇぞ」

「ここでの……泣いてたことか?」

 確かに泣いていた。瞳らしきものは今でも潤んでいる。

「な、泣いてなんかねーよ!」

 強がってはいるが、腕で目と鼻を念入りにぬぐう。号泣といったところか。

 そこにカサカサガサガサと近づいてくる音。

「メシアどのー!漏らしてはおりませぬかー!」

 確かにトイレというには長すぎる時間だ。奴等が迎えに着たらしい。

「まずい!来やがった……!」

 両者はそうハモって、身を隠す。



 1時間後。



 ご馳走が並べてあった部屋も先ほど以上に盛り上がっている。その中心には笑顔の太丸の姿があった。

「ほう、太丸様という名前なのですか、なんと勇ましい」

 髭をたくわえた虫の化物、もといデビル。意外にも紳士的で、太丸が食べられる物と食べられない物を分けてくれている。執事のような雰囲気をしているようにもみえる。

「みんなは可愛いっていうけどな」

 太丸はすっかり慣れた様子で、木の実を頬張る。味はマンゴーに近く、それなりの美味しさ。いや、食べれば食べるほど味わいがある。

「初めは驚いたけどよ、デビルかなんか知らねぇけど案外人間と変わらねぇよな……」

 デビル。この世界に住む生き物らしい。言葉を理解するということはそれなり、いや人間以上の知能を持っているかもしれない。

「たまるさま!」

 突然、足元から声をかけられる。

「それ食わないならちょうだいください!」

 ちょっと色で避けていた木の実だ。

「いいぜ食え食え!」

「ありがとー!」

 礼をいうと、その場で器用に4本の腕を使って食べ始めた。

「そうですね……デビルは基本は争うこともなく心優しいモノ達です」

 執事デビルはその通り、優しい瞳をしていた。しかし、直後にどこか寂しそうに目をそらす。

「あの日までは……」

「……?」

 あの日と言われては気になってしまう。それを聞こうとする前に。

「着いてきてください」

 デビルは奥の暗い暗い道へと誘う。

「この世界、シェオールのことをお教えいたします」




「ここは時忘れの間。東帝マオ様の精神へとつながる場所です」

 時忘れ。東帝。聞きなれない言葉が続く。

「お入りください……」

 今さら迷いなく踏み込むと、そこには一面の花畑に虫以外の獣、鳥など様々な姿のデビルがいた。

「綺麗だ……」

 思わずそう呟いた太丸。

「デビル達はソウルを喰らい、平和に暮らしていました」

 近寄ってきたデビルに手を差しのべると、空をきる。

「あれ?触れねぇのか」

「ここはシェオールの過去、かつてありし姿です」

 過去……先ほどからの不思議体験で今さら驚くことはないが、何か引っ掛かるものを感じる。

「ドニよりいでしモノ、獣牙族。メルビルより産まれしモノ、魚鱗族。ジズより孵りしモノ、鳥翼族。ゼブルより生えしモノ、虫昆族。」

 四つの種族。そして……。

「そして全てを備えしモノ、竜覇族。この五族が手を取り合いバランスを保っていたのです」

「ドラゴンいんのか!ドラゴン!」

 竜という言葉に心がときめいてしまう太丸。

「はい。すぐに会えるでしょう……」

 執事はおもむろに語り出す。

「ソウルとは、生けるモノの奥底に眠る魂の力。この世界を動かす熱です。我々はソウルを分けあい、協力して過ごしていました……」

 一呼吸置いて。

「魔王シャルルが現れるまでは……」


 急に辺り一面が炎に包まれる。熱は感じないがそれでも、圧倒される。

「世界が紅い……!」

「シャルルについては未だ謎が多いです。狂暴で凶悪なデビルとしか……」

 シャルル。奥の方から歩んでくるデビル。黒色の皮膚に、魔王と呼ばれるわりには比較的小柄な姿。

「そしてシャルルは、この世界にある呪いをかけました」

「アイツがシャルルか。……!!」

 目が合った瞬間。突如、殺気を感じた。

 全身がシャルルを恐怖そのものと錯覚してしまう。

 怯んでいる太丸に気づかなかったデビルは話を続ける。

「……離魂の呪い、それはデビルを悪魔へと変貌させていったのです!」

 悪。悪魔か。これがもしやこの世界に住むモノ達の問題そのもの。

「デビルのソウルを蝕み、ソウルを亡くすことで同胞達は醜悪な姿になってしまった……そこで」

 ここでデビルは太丸の手をとる。

「太丸様、あなたの力が必要なのです……!」

 力。力?そのようなものは。

「俺か……?でも俺って普通の人間だと思うんだが」

「はい、人間の力が必要なのです!」

 デビルは先ほどよりも強く太丸の手を握る。


「もうすぐ時忘れ最終地点、青の輝きです。そこであなたの本当の力が目覚めるでしょう……」

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