第5話 善き光の宴・2


 「この辺のハズなんだがなぁ……」


ガロンはドラゴン像を探して歩いていた。

この街の土地勘がない上に、祭りで人がごった返しているためマップがあっても少し時間がかかってしまっていた。


「この通りがこうなってんだから……こっちを真っ直ぐ行けば良いんだな!」


やっとドラゴン像までの道に目星をつけてガロンが走り出そうとする。

しかし、周りが見えていなかったのか通行人にぶつかってしまった。


「おっと、すまねぇな」


そう言ってガロンはまた駆け出そうとするが…


「待て、そこのロウ」


ぶつかられた人物がガロンを止める。


「なんだ?悪ぃが急いでんだよ」


「貴様のせいで我が君から賜った誇り高い軍服にホコリがついた」


綺麗な純白の下地に金の糸で刺繍が施された軍服に身を包んだ、背の高くスタイルの良い女性だった。

深い蒼の、長く美しい髪を頭の後ろで結っている。

一見人間種に見えたが、尖った耳と透きとおるような白い肌からカーム種だということがわかった。


「あん?だから謝ったじゃねぇか」


「その謝罪が礼儀を欠いているというのだ」


「わけのわかんねぇヤツだな……謝罪はしたし俺は急いでるって言ったろ?ゴタゴタぬかすなよ」


「ふん、外見と同じに中身も獣並みのようだな。礼儀を教えてやろうか?」


「おうおう教えて貰おうじゃねぇかよ。逆に俺が礼儀を教えることにならなきゃいいがな」


「貴様の獣並みの頭に教わることがあるかどうか見せて貰おうか」


「いいぜ、後で泣いても知らねぇぞ!」


女軍人は腰に提げた刀に手を掛け、ガロンは爪を剥き出しにし戦闘体勢を取る。

一触即発の空気が流れたその時。


「あ、大尉殿ぉ!やっと見つけた!こんなとこで何やってるんですかぁ!」


間の抜けた声を出しながら、女軍人と似た服を着た背の低い短髪の男が走りながら近付いて来た。


「もぉ目を離したらすぐに居なくなるんだから……あ!しかもこの雰囲気はまたトラブル起こしてますね!」


男はガロンに向き直り、礼儀正しく頭を下げた。


「わたくし、ヤマト軍のナツメ少尉と申します。この度は我が軍のジュリ大尉がご迷惑を御掛けしたみたいで大変申し訳ありません」


「迷惑など掛けていない!コイツからぶつかって来たのだ!」


ジュリと呼ばれた女が反論するが、ナツメと名乗った男はいいからいいからと止める。


「お気を悪くされたなら謝ります。なにぶん気性の荒い人なモノですから……」


深々と頭を下げるナツメに興が削がれたのか、ガロンは爪を引っ込めた。


「チッ、気が抜けちまったよ、俺は行くぜ」


「本当にすいませんでした」


頭を下げるナツメの横をガロンは通りすぎる。

そのままジュリも通過しようとすると


「ケガをしなくて済んだな、ナツメに感謝しろよ獣め」


「そりゃこっちのセリフだ、喧嘩を売る相手を間違えると痛い目を見るぜ"大尉殿"」


捨て台詞を吐いて去ってゆくガロン。

その後方ではナツメがジュリに理不尽にひっぱたかれていた。


「ったく、余計な邪魔が入りやがったぜ……さ!気を取り直してドラゴン鑑賞と洒落こむか!」


少し歩くとガロンはようやくドラゴン像のある広場に辿り着く。


「こ、これが……!!!」


ガロンは目を飛び出さんばかりに開いてそれを見た。

カッと見開かれた切れ長の目に、裂けたような巨大な口には鋭い牙が剣山のように並ぶ。

肌は鋭利な鱗で覆われ、背中からは悪魔のような翼が悠々と広がっていた。

大木のような足で支えられた巨大な体躯はゆうに10メートルはある。


「う、うう……この街に来て良かった……なんちゅうモンを……!なんちゅう……!」


知らず知らずの内にガロンの目には涙が浮かんでいた。

今まで見てきたどんな造形物よりも圧倒的な存在感のソレはガロンの心を激しく揺さぶっていた。


「あ、あの大丈夫ですか……?」


通行人が心配して声を掛けてくる。


「ああ大丈夫だ!俺は今激しく感動している!できればコレを作ったヤツに礼が言いたいくらいだ!」


「は、はぁ……それでしたらアソコに作者の方がおられますよ」


「お!本当か!」


通行人はドラゴン像の足元近くを指差す。その先には軽い人だかりができていた。

皆一様にカッチリとした服装をして、メモに何やら書いているところを見ると記者たちのようだ。作者が取材か何かを受けているのだろう。


「よし、一言礼を言わせて貰おう!」


ガロンはずんずんと人だかりに近づく。

それにつれて記者団の言葉が聞こえて来た。


「本当にお一人でコレを作られたのですか!?」

「この作品で、最年少でのミヤコ芸術賞の受賞となりますがご感想は!?」

「代々彫刻家の家系でいらっしゃいますが、やはりお父様からの指導あっての作品ですか!?」


記者団に囲まれているからなのか、作者の姿は見えない。


「チッ、割り込むしかねぇな。すまねぇな、ちょっと通るぜ」


ガロンは記者団を掻き分け進んだ。

記者からは当然文句の声があがったが、興奮しているガロンの耳には届かない。


「悪ぃが俺はコイツを作ったヤツに礼を言わなきゃならねぇんだ……よし、やっと見え……子供……?」


ガロンが記者たちを突破して最前列に進むと、そこにはとても小さな、少し困った顔をした女の子が立っていた。




 ゼンコウの街、とある通り。


「まったく、いつもいつも貴様はどうして相手に謝罪をして終わらせるのだ!それでは私の、ひいては我が軍の面目が立たんではないか!」


早足で歩きながらジュリはナツメに文句を言っていた。

しかし、半歩ほど後ろを歩くナツメはまったく悪びれた様子も無く


「一般人と喧嘩なんかした日にはそれこそ面目丸つぶれですよ、大尉殿こそ立場ってものをですね……」


「うるさい!貴様が私の補佐になってからこの一年、五月蝿くてかなわん!」


ヤマト軍では大尉に昇進した者には少尉の補佐官が就くことが義務づけられている。

一年前にミヤコ近隣の山賊一味の1つを殲滅した功でジュリは大尉になったが、それからというもの何処へ行くにも補佐官のナツメが付いて回るので、ジュリはその息苦しさに辟易していた。

事あるごとにジュリの行動に水を差してくるナツメはさながら保護者染みていた。


「だいたい、何故誇り高いカーム種の私の補佐官が人間種なのだ!まったくもって気に入らん!」


カーム種は見た目こそ人間種とほとんど変わらないが、種族皆が一様に背が高く、深い蒼の髪と尖った耳、鋭く尖った犬歯を持つ。

何故かはわかっていないが数が少ない種であり、そのためか生来誇り高い種族である。

学問に秀で、エヌエム研究を始め様々な分野で功績を残してきた。


「そんなこと言っても仕方ないじゃありませんか。尉官の人事を決めるのは私たちよりもっと上の方々なんですから、文句を言ってもしょうがないですよ」


「ふん!そんなことは貴様に言われんでもわかっている!」


無理やり会話を終わらせ、さらに歩行スピードをあげる。

背の低いナツメは付いていくためにほとんど小走りになっていた。


「それで、闘技大会の件は万事滞り無いだろうな!?」


「その点はもうバッチリです。本国から上級幹部数名の他にミナヅキ姫も観覧に来られます」


「なに、ミナヅキ姫が?それはいい、姫に私の実力を見せるチャンスだ」


ジュリは薄く笑う。

闘技大会で優勝し上級幹部に上り詰める為の布石とするつもりだったが、ミナヅキ姫が来るというのなら一層に気合いが入るというもの。

大恩のある姫に私の実力を御見せし、喜んでもらうチャンスだ。


「でも一筋縄では行かなそうですよ大尉殿……先程入った情報によりますと、今回の大会にはあのカムイ・ユウキの子が出場するそうですので」


「な!?あの伝説の武神カムイの子だと!?」


「はい、先程自らの娘と他2名を大会受付に登録したようです、他2名は恐らく弟子かと」


「噂に名高いカムイの門下か……むしろ好都合、そいつらに勝てば私の名も上がるというもの……いいぞ、楽しみになってきた!後に続けナツメ!さっさと大会準備を済ませてしまうぞ!」


気迫に満ちた笑みを浮かべながらジュリは足早に歩き去って行った。





 「さて、あなたはどんな服が好みなの?」


露店の間を歩くヒカリ達3人はちょうど服屋の前に差し掛かっていた。

ガロンとの闘いで破損した服を替えに来たのだ。


「うーん……好みは良くわからないんだが、なんとなく今着てる服は気に入ってるかなぁ。記憶の手掛かりになるかもしれないし捨てたくは無いな」


「じゃあ服を修理するだけにする?でもそれじゃあつまらないし……それに、あなたのその服ってちょっと変よ。全身そのジャケットみたいな上着からブーツまで黒一色だし、頑丈そうな良い生地使ってるんだろうけど見ていて重たそうだわ」


「そ、そうか……変か……」


ツカサの言葉にヒカリが少し落ち込む。

すると後ろを歩いていたカムイが口を開いた。


「ヒカリ君の記憶の手掛かりになるかもしれないのは確かだし、無理に違う服に変えなくても良いと思うよ

要は見たときの重たそうなイメージが変われば良いんだ」


「でもどうすれば?」


「よし、ちょっと付いてきてくれるかい?私の行き付けの服屋に連れていってあげよう」


それからカムイに連れられ10分ほど歩くと、少し路地裏に入ったところの服屋に辿り着いた。


「ここだよ、店主の奥方がとても良い人でね。私のマントなんかもここで作って貰ったんだ」


カムイが扉を開け、中に入る。ツカサとヒカリもそれに続いた。


「いらっしゃい」


店に入ると、どこからか出迎えの声が聞こえた。


「久しぶりです、カナリアさん。今日は私の友人に服を誂えて頂きたいのですが」


「おや、カムイかい。あんたが誰かを連れてくるなんて珍しいね、今行くからちょっと待ってておくれ」


声の主は何処かとヒカリが探していると、商品を陳列している棚の奥からとても背の低い、老齢の女性がひょこっと現れた。


「あらツカサちゃん大きくなったわね」


「カナリアおば様こそお変わり無いみたいで良かったです」


ツカサがカナリアに向かって軽く頭を下げる。


「ほっほ、ほんとツカサちゃんは行儀が良いねぇ。このバカからどうしてあんたみたいな良い子が産まれるんだか……」


「ハハッ、いやぁ私には本当に勿体ないくらいの良い子ですよ」


カムイは笑いながら頭を掻いた。


「それでこの子があんたの友人だね?ツカサちゃんと同じくらいの年の友人とは意外だね」


「初めましてカナリアさん、ヒカリといいます」


「ヒカリ君にはツカサが助けられましてね、そのお礼も兼ねてここを紹介したんです」


「そうかい、ツカサちゃんの恩人とあっちゃ手抜きは出来ないね 。それで今日は何を作って欲しいんだい?」


「実は今着ているこの服が破れてしまって……その補修をお願いしたいんです」


「それと、私のマントに似たモノと、それにアームカバー等の備品を作って欲しいのですが……」


ヒカリに続いてカムイが言う。

カナリアは軽く鼻を鳴らしてヒカリの体を上から下まで見ていた。


「よしわかった、じゃああんたの着てる服を貸しな。治し終わるまでこっちの服を着て待ってなさい」


そう言ってヒカリに簡素な服を渡す。

ヒカリが試着室で着替え、服を渡すとカナリアは後ろの作業場に向かった。

するとすぐさま服を織る音が聞こえてきた。

ヒカリ達は店に並べられたイスに座って待つ。


「カナリアさんは採寸しなくても、見るだけでその人にピッタリのモノを作っちゃうの。私が今着ている服もカナリアさんに作って貰ったのよ」


ツカサが少し得意気に語る。


「それにカナリアさんの作る服には凄い機能があってね……ま、それは後で教えてあげるわ」


それから一時間ほど経った後、作業音が消えカナリアが服を抱えて戻ってきた。


「見たことも無い生地だったからちょいと治すのに手間取ったけど、バッチリと仕上げてやったから着てみなさい」


「ありがとうございますカナリアさん」


ヒカリは礼を言って試着室に入った。

しばらくすると着替え終わったヒカリがカーテンを開けて出てきた。


「どうかな?」


ヒカリが元から着ていた服は完璧に修復されていた。

それだけでなく、首には砂色の長いスカーフが巻かれ、腕には綺麗な刺繍の入った同じく砂色のアームカバーが。

さらにズボンのベルトには万能ポケットが足され、機能性がアップしていた。


「良いじゃない!そのスカーフ似合ってるわよ」


「そうか、ありがとう。でもこのスカーフをカムイさんみたいに日除けマントとして使うには少し細いんじゃ…?」


「ふふーん、そこがカナリアさんの服の凄いトコロよ!」


「ヒカリ君、そのスカーフがマントのように広がる姿を想像してみるんだ」


「は、はぁ……わかりました」


戸惑いながらもヒカリはスカーフが広がりマントのように自分を包む姿を想像した。

するとスカーフが独りでに動きだし、ぶわっと広がると、まさしくマントのようにヒカリの体を覆った。


「す、凄い……一体どういう……」


「私のエヌエムは自分の作った物に擬似的な命のようなモノを与える事ができてね。その服を着ている者がこうなって欲しいと願えば、無理の無い範囲でそれを実現しようとするんだよ」


「それは凄い……つまりこの服はどんな形にもなるってことですね?」


「それだけじゃないよ、もし破れたりしても時間が経てば元の形に戻るんだ、私にも理屈はわからないがね。あんたの元の服も一度バラして、エヌエムを使いながら織りなおしといたからもう破れても心配いらないよ」


ヒカリはスカーフを元の形に戻すと、カナリアに深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございますカナリアさん」


「いいんだよ、私は仕事をしただけさ。さ、祭りを楽しんどいで」


「私は支払いをして行くから先に出ていて大丈夫だよ」


「ありがとうございますカムイさん、お金は大会で入賞して必ず返します」


「ああ、君の試合を楽しみに待ってるよ」


「さ、行きましょヒカリ。さようならおば様!また来るわ!」


ヒカリとツカサが連れだって店を出る。

それを確認してからカナリアは口を開いた。


「カムイよ、あのヒカリってのは何者だい?この私が知らない生地の服を着ている人間なんて初めて見たよ」


カムイは懐から金を取り出しながら答えた。


「それが私にもわからないんですよ……実は彼、記憶喪失なんですが、自分の名前以外ほとんど何も覚えていない状態でして……」


「なるほどねぇ、新素材なのか知らんが、あんな生地の服を着ているとなると何処かの国の研究部か軍の人間かもねぇ」


「私もその可能性が高いと思っています。なんでも彼は記憶を失っているにも関わらず、戦闘技術がかなり高いらしいんですよ」


カナリアは深く息を吐いた。

そしてヒカリの出ていった扉に向けていた顔をカムイに戻すと


「まぁ何にせよ気をつけて見守ることさね。最近いろいろと物騒な噂を聞くんだ、近々何か良くないことが起こりそうな気がする……」


カナリアの言葉にカムイは笑顔で応えた。


「大丈夫ですよ、いざとなれば私が何とかしますから。それではお世話になりました、またいつか来ます」


「やれやれ……お前ほどの男が出なきゃいけない状況ってことはそれこそ最悪の事態ってことじゃないのさ……」


閉じた扉に向けて、カナリアは1人呟く。


「バカ息子もいつ帰ってくるんだが……」


その言葉には悲しみが滲んでいた。




 その日の夜、ユウキ家御用達の宿屋にて。

ヒカリ達は全員で宿屋1階の酒場にてテーブルを囲んでいた。

ガロンも食事前には合流したのだが


「で、連れてきちゃったわけ?」


「ああ!記者たちに摘まみ出された後に、しょうがねぇから1人で広場でドラゴン像見てたら話しかけてくれてな!この子も良いって言ってくれた!」


ガロンの隣には、あのドラゴン像の作者である少女が座っていた。


「……わたしがつくったモノに……あんなに目をきらきらさせてた人……初めてだったから……」


少女は聞こえるか聞こえないかくらいの声で、舌ったらずなふうに言う。


「俺はこの子の作品に心から感動したんだ!ぜひ色々と話を聞いてみたいと思ってな!」


ガロンの言葉に少女は照れたように頬を染めて微笑んでいた。


「ハイハイ……で、その子の名前は?」


「ああ、紹介するぜ!この子の名前はリュナ!ドンパ種の天才彫刻家だ!!」


「……よろしくね」


リュナはとても小さな声で挨拶をした。

照れ屋なのだろうか。


「リュナちゃんね、年は幾つなの?」


「……15歳」


「15?それにしては随分と小さいような……」


ツカサの疑問にカムイが答える。


「ツカサはドンパの人を見るのは初めてだったね、ドンパ種は寿命がかなり長いんだ。そのぶん若い期間も長いから、同じ年数生きてたとしても私たち人間種からすると若くみえるんだよ。ちなみに今まで言ってなかったけどカナリアさんもドンパで、今年で230歳だ」


「に、230!?知らなかったわ……」


ツカサが驚いていると、リュナが不意にヒカリのスカーフを指差した。


「……それ……お婆ちゃんが作ったやつでしょ……?」


「へ?これはカナリアさんという人に作って貰ったスカーフだがもしかして……」


「……カナリアお婆ちゃんは……私のお婆ちゃん……」


リュナがゆっくりと頷きながら小さく答える。


「……わたし……お婆ちゃんの作ったものは……わかるから……」


「ほぉ、カナリアさんにお孫さんがいたのは私も知らなかった」


「そんなことよりよ!」


ガロンがリュナにガバッと向き直る。


「あのドラゴン像について聞かせてくれ!あれは何を見て作ったんだ!?」


目を輝かせるガロンにリュナは小さく微笑んで返す。


「……ちいさいころに……お婆ちゃんにもらった絵本……大好きなの……」


「そうかぁ!絵本かぁ!あのドラゴン像以外にもなんか作ったのか!?」


「いっぱい……作ったよ……こんど見せてあげるね……」


「おぉ!楽しみにしてるぜ!それからよ……」


リュナとガロンが二人で話始めてしまったので、他の三人は取り残されてしまった。


「はは、子供みたいだなガロンのやつ」


「"みたい"じゃなくて子供なのよ、中身が」


「純真なのは良いことだよ、ところで二人とも闘技大会の受付票の裏にある要項は読んだかい?」


カムイに聞かれお互いの顔を見合わせるツカサとヒカリだが、どちらもまだ読んでいないことは表情に出ていた。


「まだ読んでないですが……」


「いやいや良いんだ、どうせこの時間に一緒に確認するつもりだったからね。ガロン君、ちょっと良いかい?」


リュナとの話に熱中していたガロンがこちらに振り向く。


「なんだいカムイさん?いま良いところなんだけどよ……」


「悪いけど少しだけ付き合ってもらうよ、大会の受付票はあるね?」


「ああ持ってるぜ、これだろ?」


ガロンは革鎧の裏から受付票を取り出す。


「よし、じゃあ二人も取り出して裏を読んでみてくれ」


三人は受付票を裏返し、要項を読み始めた。それにはこう書かれていた。


[勇敢なる挑戦者の皆様、由緒正しいヤマト軍闘技大会に参加されたことをお祝い申し上げます!

さて、当日の日程をお知らせさせていただきます。

・朝8時より予選開始、内容については当日発表となります。

・予選により参加者を7名まで絞ったのち大会本戦トーナメントを開始します。

・また、本戦にはヤマト軍より代表1名が参加し、計8名となります。

・本戦に関しては、1対1の純粋な異種格闘戦となります。

・勝敗のルールについては当日発表となります。

・上位4名には順位に応じて賞品と賞金が進呈されます。

以上となります。

皆様のご武運をお祈りしております。]


「なるほど、つまりまずは予選を勝ち抜かないといけないわけですね?」


「その通り、だが問題はそこじゃない。ヤマト軍の軍人が1人参加すると書かれているだろう?」


「ええ、書いてあるわ、それがどうかしたの?」


「どんなヤツでもぶっ倒すぜ」


「その意気込みは良いけど、ヤマト軍はこの大会に毎年かなり気合いを入れてるんだ、軍の実力をアピールする機会だからね。恐らく相当の実力者が出場するだろう。そしてもし三人とも本戦に出場すれば十中八九誰かが対戦することになる」


そこでカムイは一度言葉を区切る。


「勝てないと思ったら素直に棄権するんだ、いいね」


「なんでよ、せっかくその気になってきたのに、それじゃ出場する意味無いじゃない」


「そうだぜ!オメオメと逃げろってのかよ!」


ツカサとガロンが文句を言うが、カムイはそれを手で制止する。


「下手に抵抗して相手を本気にさせたらケガじゃ済まなくなる可能性もある。約束してくれ、身の危険を感じたら素直に棄権すると」


「でも……」


「わかりました」


ツカサがまだ反論しようとしたが、それを遮る形でヒカリが割り込む。


「カムイさんがそこまで言うんだ、言う通りにしよう」


二人はしばし考えていたが


「しょうがないわね、大怪我はしたくないし」


「チッ、カムイさんの言い付けならしょうがねぇな……気に食わねぇがよ」


「わかってくれてありがとう、それじゃそろそろ寝よう。明日も遊ぶんだろう?」


「そうね、もう遅いし今日はリュナちゃんは私の部屋で寝ましょ?」


「……うん……わかった……」


「ガロン君とヒカリ君は同じ部屋だ、ゆっくりと休んでくれ」


「ありがとうございますカムイさん」


そうしてその場はお開きになった。

それぞれが眠りにつくころ、ヒカリは少しだけ高揚感を感じ眠れないでいた。

それが、闘技大会を明後日に控えているからなのか単に賑やかな祭りの余熱が自分の中に残っているかはわからなかったが、ヒカリには記憶を失ってから初の感覚であるのは確かだった。


「なんにせよ、まずは楽しんでみよう」


自分の感情を言葉にすると落ち着いたのか、ヒカリは眠りについた。


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