第4話 善き光の宴

 日も沈んだ頃、ゼンコウの街の病院、とある病室にて。


「しっかし、同じ病室たぁな」


「まぁ二人同時に入院したんだし、仕方ないだろう」


ガロンの言葉に微笑みまじりにヒカリは返した。

記憶喪失のヒカリにとって、一度戦ったとはいえたった3人しかいない知り合いの一人であるガロンと一緒に居ることはヒカリが漠然と感じている記憶が無いという不安を和らげてくれていた。

ヒカリは検査入院として1日の、ガロンは案の定肋骨が折れていたために2週間の入院が言い渡されていた。


「これでもお前ら人間と比べたら治るのは早いんだがな」


何故なのかはわかっていないらしいが、ロウ種に限らず亜人種は人間種よりもケガ等の回復が早いらしい。


「結局お前の記憶喪失については何もわからねぇままか」


今日1日様々なコトを検査したのだが、結局わかったのはヒカリが全く健康体であるということだけだった。


「ああ、残念だが収穫もあった。ヤクジ先生がミヤコという国のエヌエム研究機関に紹介状を書いてくれたんだ。エヌエム以外についても様々なコトを研究しているそこでなら何かわかるかもしれないって」


ヒカリはベッド横の机に置かれた紙を手に取った。それには整った字でヒカリの状態の説明とヤクジの名前が書かれている。


「へぇ、でもお前ミヤコの場所わかんのか?けっこう遠いぜ?」


「具体的な場所はわからんが地図を貰ったからなんとかなると思う」


「そうかい、なら大丈夫そうだな。そういやお前、字や地図は読めんのか?」


「字は最初から理解できたんだが、地図はわからなかったから読み方を教えて貰ったんだ」


難しかったから苦労したよ、とヒカリは苦笑いを浮かべた。と、部屋のドアがノックされる音がする。


「お、メシかな」


ガロンがウキウキとした声で言う。

気付けばヒカリも腹がとても減っていた、思えば、昼にツカサに食べ物を貰ってから何も食べていない。

ガチャっとドアが開くとそこに立っていたのは夕飯を乗せた台車を押すツカサであった。


「はい、ご飯よー」


「な、なんでおめぇが!」


「見舞いに来てやったのよ。看護婦さんに部屋を聞いたらちょうどご飯を持ってくとこだったから変わってもらったの、ついでだからね」


そう言いながらツカサが部屋に入ると、後ろから見知らぬ男が入ってきた。

焦げ茶色の髪に立派な口髭を生やし、旅人用と思われる砂色の少しくたびれた長いマントを羽織っていた。


「ツカサ、その人は……」


「あ、そうそう!紹介するね、この人は私のお父さん!私たち一家がこの街に来たらいつも使う宿にまだいたから来て貰ったの!」


「どうもどうも、この度は娘がお世話になったみたいでして。ツカサの父のカムイ・ユウキと言います」


そう言ってカムイは人の良さそうな笑みを浮かべて軽く会釈する。

言われてみれば、目元等にどことなくツカサと似たような雰囲気がある。


「いえ、俺こそツカサには助けられました。彼女が居なかったらこの街にたどり着くことすら出来なかったでしょうし…」


ヒカリはベッドの上から軽く体を曲げて礼をした。


「いやいや良いんだよ、助けられたのはお互い様みたいだしね。それで君がツカサを襲った盗賊団の団長のガロン君だね?」


奥のベッドで必死に顔を逸らしてカムイを見ないようにしていたガロンがギクリとする。


「お、おう……まぁな……」


「ガロン君……」


「へ?」


「ふんっ!!」


カムイが不意にガロンに近づいたかと思うと、突然肋骨の折れているガロンの腹に向かって目にも止まらぬ速さで鉄拳を叩き込む。ズゴンという凄い音がした。


「ぎゅふ!!」


ガロンが奇妙な声で悶絶する。


「ガ、ガロン!?カムイさん流石にそれはやりすぎじゃ……!!」


焦るヒカリを、大丈夫よとツカサが宥める。


「ま、見てなさい」


すると、激しく悶絶していたガロンの声が突然止んだ。


「な、治ってる……のか?」


ガロンが信じられなさそうに自分の腹を触る。


「私のエヌエムは触れたモノを通常の状態に戻すということができてね。その力でガロン君の骨折を治させて貰ったよ」


「ま、殴ったのはお父さんからの罰でしょうけどね。私もお父さんのゲンコツの痛さは知ってるし、今ので許してあげるわ」


ツカサは意地悪っぽく笑う。


「ウチの娘を襲ったのは許せないけど、君にも色々事情があるとツカサから聞いてね。行商なんてやってればこんな危険が起こり得ると理解していたし、今回はこれで良しとしてあげよう。明日になればもう元気に動き回っても良いはずだ」


「あ、ああ……すまなかった……なんかありがとうな……すげぇ痛かったけど……」


ガロンが珍しく少し怯えたように謝罪と礼を言った。よほど先ほどの鉄拳が痛かったのだろう。


「さ、とりあえずあなた達二人ともご飯食べちゃいなさい。ヒカリの検査結果についてはそれから聞くわ」


「ああ、そうしよう。昼から何も食べてなくて腹が減っていたんだ」





 「そっか、それじゃあ結局ミヤコまで行かなきゃならないのね」


食事も終わり、ヒカリ達は検査の結果やこれからの予定について話していた。


「ああ、この街で少し休んだら旅立とうと思う。ツカサには本当に世話になった」


「いいのよ、私も荷物も結果的には助けられたしね。ねー、ガロン」


そう言ってツカサはガロンを見る。

ガロンはケッと吐き捨て、ヒカリ達に背を向けた形でベッドに横たわった。


「しかしヒカリ君、出発するといっても先立つモノはあるのかい?ミヤコといえばここから1週間程の距離だ、食料等も必要だよ?」


カムイの問いはもっともであった。

記憶喪失となり身一つだけのヒカリに金などあるはずもなく、このまま旅立てばのたれ死ぬ可能性は大いにあった。


「い、いや……それについては何も……なんとかなるかなと……ハハハ……」


「呆れた、何も考えて無かったのね」


「う、まぁそれはその通りなんだが……」


「しょうがないんだから、そんなことも有るかと思って金策を考えてやったわよ。ほらコレ見なさい」


ツカサがヒカリに1枚のチラシを差し出す。

チラシはハデに色付けされており、大小の文字がきらびやかに書かれていた。


「闘技大会?」


「そ、門番の叔父さんが言ってたでしょ、祭りの最終日にミヤコ国のヤマト軍主催で闘技大会があるって」


「でも闘技大会に出てどうするんだ?」


「まぁチラシを最後まで読んでみなさいよ」


そう言われてヒカリはチラシに目を通す。

大会の概要が書かれている下の方にデカデカと、[上位入賞者には豪華商品と賞金が出ます!]と書かれていた。


「まさか、コレを狙うのか?」


「そうよ、あなた結構強いしイケそうじゃない?」


「んー、そうだろうか……」


その時、背を向けていたガロンがガバッとこちらに向き直った。


「その大会に出ろヒカリ!俺も出る!」


「な!?突然どうしたガロン?」


「その大会でちゃんとした決着をつけるぞ!」


「なに言ってんのよヒカリに負けたくせに」


「うるせぇお前は黙ってろ!俺はまだ結果に納得いってねぇんだ!な、良いだろヒカリ!」


「まぁ確かに金をどうにかしなきゃいけないしな……よし!出てみるか!」


ヒカリがすんなりと出場の意思を固める。

すると、カムイが口を開いた。


「それならツカサも出場しなさい」


思いがけない言葉にツカサがギョッとして父へと顔を向ける。


「な、なんで私まで出場するのよ!?」


「父さんがいつも武術を教えてあげてるだろう?どれぐらい強くなったか試すいい機会だよ」


「そ、そんな……だってコイツら二人も出場するのよ?」


そう言ってヒカリ達を指差す。


「大丈夫だよ、私が教えていることをちゃんとやれば充分戦えるはずだ」


「そんなこと言ったって……」


ツカサはしばらくゴネていたが、カムイの気が変わらないと悟ったのか諦めて了解の意を示した。


「うしっ、じゃあ明日からはとりあえず祭りを楽しもうぜ!早くドラゴン像が見てぇなぁ!」


ガロンが目を輝かせているのを傍目に、ツカサはどんよりとした顔をしていた。


「ガロン君のケガが治った件については、ヤクジ先生に私から話しておくよ。また明日昼前くらいにここに来るから、そしたら皆で大会の受付を済ませよう」


「何から何までありがとうございます、カムイさん。ツカサにも貴方にも礼をいくら言っても足りない」


「なに、私もツカサから聞いてヒカリ君の腕前に興味があるからね。闘技大会ではしっかりと君の力を見せてもらうよ」


「ほとんど無意識に体を動かしているだけなんですけどね」


ヒカリが苦笑ぎみに応えると、イヤイヤとカムイは首を振る。


「無意識に体が動くなんて、記憶を失う前はよっぽどの達人だった証だよ、ますます楽しみだ。それじゃツカサ、今日はもう宿に帰ろう」


「はーい……」


ツカサはまだ暗い顔をしている。

なんとなく何か言いたくて、部屋から出ようとするツカサにヒカリは声をかけた。


「ツカサ!一緒に頑張ろうな!」


「まったく、私とも闘うかもしれないっていうのに……わかったわよ、お互い頑張りましょう。また明日ね」


「ああ、また明日!」


ドアがガチャリと閉まる。

それを見るヒカリの顔は少し笑っていた。


「チョロいなぁお前……会ったのは今日初めてなんだろ?」


「ん?何がだ?」


「何でもねぇよ……さっ、もう寝ようぜ」


「そうだな、おやすみガロン」


ガロンは適当に返事をするとベッドに潜り込んだ。

それを見てヒカリは明かりを消す。

ベッドに横たわったヒカリは今日の出来事を思い出していた。


「色々あったなぁ……」


思えば、砂漠のど真ん中で目覚めて右も左もわからない状態から1日でここまで来たのだ

ツカサに出会っていなければどうなっていたことか。

ツカサともガロンとも今日知り合ったばかりだったが、ヒカリにとって二人は既にかなり大きなな存在になっていた。ガロンとは一度襲われ、拳を交えたにも関わらずだ。


「記憶、戻ると良いな……」


そんなことを考えながら、いつの間にかヒカリは眠りについていた。




 「よし、それじゃあ受付に行こう」


昼前、退院した二人をツカサとカムイが迎えに来ていた。

病院の外からはすでに賑やかな声が聞こえている、祭りがもう始まっているのだ。


「ちゃっちゃと済ましちまおうぜ!」


ガロンが急かす。早くドラゴンの彫像が見たいのだろう。ヒカリも朝起きてからなんとなく心が高揚していた。

記憶が無くなっていても、祭りというモノはなんとなく理解しているのだろう。四人は連れだって街の中央に向かう。

通りには露店が出ており、様々な食べ物や工芸品等が売られており、その他にも、大道芸人が見せ物を披露したりもしていた。


「ずいぶんと賑やかなんだな」


ヒカリが少し圧倒されながら呟くと、前にいたツカサが振りかえる。


「このお祭りはこの街で一番大きなイベントだからね、みんなこのお祭りに向けて色々と準備してきたのよ

それに、近隣の村や集落からも人が来たり店を出したりするわ。ウチの村からも毎年食べ物屋を出してるのよ」


そんなことを話しているうちに街の中央広場に辿り着いた。

広場には既に、闘技大会で使われると思われる大きな会場が作られており、会場の入り口近くに受付も設置されていた。


「それじゃ私が3人分の受付を済ませてくるから少し待っていてくれるかい?」


そう言ってカムイは受付へと歩いて行った。その後ろ姿を見ているとガロンが口を開いた。


「ここが街の中央広場なんだろ?ドラゴン像はどこにあるんだ?」


「さっき祭りの運営の人からパンフレットを貰った、これを見ればわかるんじゃないか?」


ヒカリは先ほど歩いている時に運営委員から貰ったパンフレットを破けた服の懐から取り出しガロンに渡す。


「そう言えばアナタのその服、そのバカに破かれてそのまんまだったのよね」


そう言ってツカサはガロンを指差す。

ガロンはパンフレットのマップからドラゴン像を探すのに必死だ。


「ん、まぁそうだが着る分には問題無いよ」


「そうは言ってもやっぱりみっともないわ。あとで服屋に行きましょ、たぶん露店にいくつかあるから」


「だが俺は金が……」


「大会で入賞したら返してくれればいいわよ」


「これは頑張らないとだな……」


少しするとカムイが戻ってきた。


「終わったよ。はい、これが君たちのエントリー番号だ」


カムイはそれぞれに番号が書かれた紙を渡す。


「これを当日の朝に受付に渡せば選手控えに入れるからね。さ、このあとはどうしようか?とりあえず昼ご飯にするかい?」


「そうしましょ、そのあとはヒカリの服を探すわ」


「悪いが俺は別行動させて貰うぜ」


「ハイハイ、ドラゴン見に行くんでしょ、ご自由にどうぞ」


「ガロン君、パンフレットを見せてくれ。私たちが泊まっている宿がある場所に印をつけておくから、夜になったらここに来るといい」


カムイはガロンからパンフレットを受けとり、載っているマップに印をつける。


「世話になってわりぃなカムイさんよ!それじゃ俺は行くぜ!またな!」


ガロンはエヌエムを使い、凄い速さで走り去って行った。


「エヌエムまで使って……どんだけ早く見たいのよあのバカ」


「それだけ楽しみだったんだろう、俺にはそういうのが無いから少し羨ましいよ」


記憶の無いヒカリには、何かに対する憧れ等も無かった。

自分の好きな何かの為に心を踊らせるということがヒカリにはなんとなく羨ましく感じたられたのだ。


「これから作ればいいわよ、記憶だってそのうち戻るだろうしね。さ、ご飯食べに行くわよ!美味しいモノいっぱいあるから教えてあげるわ!」


ツカサはヒカリの手を引いて走りだす。


「お、おいおい自分で走れるって」


釣られて駆け出すヒカリの顔は、笑顔に包まれていた。


「私もいるんだけどなぁ……親離れしてきたのかなぁ」


1人取り残されたカムイも悲しそうに追いかけた。



[善き光の宴、続く]

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