第1話 朝焼けと共に来た男
広がる砂漠の最奥、一人の男がゆっくり立ち上がる。
その髪は燃えるように赤く、日光を照り返してギラギラと輝いていた。
「……?」
照りつける太陽、見渡す限りの砂、砂、砂ーー
気温は相当に高く、額からは汗が吹き出した。
男は訳もわからずゆっくりと歩き出す。
「……!?」
不意に地面が大きく揺れ、周囲の砂山が崩れ出す。
突然のことに男が動揺していると、爆音と共に後方から巨大な砂煙が吹き上がった。
「なんだアレは……!?」
砂煙の中から現れたのは、まるで天まで届くかと言うほどの巨大な何かだったーー
「お母さんおはよー」
「あらツカサおはよう、早いじゃない、まだ寝てても大丈夫よ?」
早朝、二階から寝起きの覚束ない足取りで階段を降りてきた少女、ツカサ。
腰ほどまである淡い紫の髪の美しい、ユウキ家の一人娘だ。
「ううんいいの、早めに準備してドムゥの世話してあげたいから」
そう言ってツカサはテーブルの上に置かれた果物に手を伸ばす。
「そう?ならいいけど」
ツカサの住む村、リトル。
惑星アトムにたった1つある大陸の、そのまたはずれにある海に面した小さな村だ。
「とりあえず荷車にはもう荷物を載せてあるわ」
「そんなこと自分でやったのに、でもありがとお母さん」
ユウキ家はリトル村で唯一の商店を営んでいる。
ユウキ家の商店は、大きな街と交易し村の農畜産品や水産品と引き換えに貴重な加工物質を仕入れてくるので重宝されていた。
ツカサは今年19歳になる年であるが、アトムでは18歳で成人と見なされる為に、両親から街との商いを任されることが幾度かあった。
春の終わり、穏やかな風が吹き抜けるその日もツカサは村で採れた作物や魚等と共に街へと旅立とうとしていた。
「いいね、わかってると思うけど砂漠の横を通るときは昼になる前に抜けるのよ」
「大丈夫だって、心配しないで」
もう何度目かにも関わらず毎回心配そうな顔を自分に向ける母に笑って返す。
「ちゃんと日の出前には歩き始めるようにするから」
街に向かう途中の道には広大な砂漠にほんの少しだが面している箇所がある。
距離的にはさほどでもないので少しの時間で抜けられるのだが、運んでいる物資がダメになってしまう。
なので日の出前に砂漠道に入り日が登りきる前に通りすぎてしまうのだ。
「今回もいつも通り3日は持つようにエヌエムをかけておいたから」
「んもー、そんなに時間かけないよぉ」
"エヌエム"
知性のあるなしに関わらず生命体全てが使用することのできる技術であり、その能力は使用するモノによって様変わりする。
人と亜人等の知性ある生物は母か父どちらかのエヌエムを引き継ぐとされ、家系によって使える技術が異なる。
そのため、より便利なエヌエムを使えるモノが必然的に社会階級が上になりやすい。
そしてユウキ家は代々物体を凍結させる"エヌエム"に長けており、それによって移動に何日か必要な距離でも物資を痛ませず運ぶことができるのだ。
「それじゃあ、行ってきます」
しばらくして準備を終えたツカサはそう言い残し、見送る母に背を向け荷車に乗り込む。
オフホワイトのふんわりとした帽子に、同じ色の上着にズボン。
ゆったりとした袖と裾は熱が篭りづらく砂漠超えの必要があるツカサにはピッタリの服だ。
これがいつものスタイルだった。
「もし父さんとすれ違ったらよろしく言っておいてね」
「うん、わかった」
ツカサの父は先日、一足先に街へと旅立っていた。
ここ最近は豊漁の為に街へと荷車を走らせる頻度が上がっていた。
「気をつけて行ってくるのよ」
「はいはい、行ってきます」
苦笑して返すと荷車を引くドムゥに鞭を入れる。
ドムゥはアトムではごく一般的な家畜であり、大型の四足歩行生物である。
もちろんドムゥもエヌエムを使用でき、その内容は「一定時間の間、自身の筋力を増大させる」という正に荷車の牽引にぴったりの家畜なのである。
「お、ツカサちゃん今から出発かい?」
「はい、またゼンコウの街に」
村の門から外にでる際、門番に声を掛けられた。
虫の様な外見をしたランバンという種族の中年の男だ。
喋る度にハサミの様な顎がカチカチと鳴るが、ツカサは慣れているので気にならない。
「そうかいそうかい、そしたら何か農具を仕入れてくれないかね?
村で使ってるのもそろそろ古くなってきてね」
「わかりました、何か見ておきますね」
「すまんが頼んだよ、そいじゃ行ってらっしゃい」
笑顔で会釈すると、門番が開いてくれた道を通って出発する。
ツカサにとっては既に慣れた道程の始まりだ。
村を出て数時間が経過したころ。
間もなく日が傾こうという時間であった。
ここまでは何の問題もなく進んでくることができた。
「今日はこの辺で休もうかな」
ドムゥに合図をし足を止めさせる。
まだ互いに体力は残っているが、ここからあと数キロ進めば砂漠に面する箇所に入ってしまう。
今いる箇所ならば夜間の野宿でもさして危険は無いが、砂漠地には夜行性の危険な生物も多いため、その手前での野宿をいつも選択しているのだ。
そして、日が出る前に目覚め歩きだし、日の入りから1、2時間程で砂漠を抜ける。
これが砂漠抜けのいつものパターンであった。
「お腹へったしご飯ご飯!」
ドムゥを近くの木に繋ぎ、自分も毛布を広げて寝床を作り薪に火を起こす。
簡単な夕食を済ますと、さっさと寝てしまう。
ユウキ家のドムゥは自分の身に危険が迫ると吠えるように訓練されているため、ツカサは安心して眠ることができる。
体に纏った毛布の温もりは彼女を直ぐ様眠りに誘った。
翌日、まだ日の入り前。
既にツカサは寝床から出てドムゥの世話をしていた。
砂漠抜けの間はノンストップで進むことになるため、いくら耐久力の高いドムゥとはいえ何が起こるかわからない。
そのために起きてすぐのブラッシング等の世話は必須である。
小一時間程ブラッシングを行い、ほんの少しだけ空が白んで来たころ全ての用意を終え、また街へ向かう。
ここから先しばらくは休憩を挟まず進み続けることになる。
これもまた既にツカサには慣れたことであった。
(いつも通り、大丈夫そうかな)
砂漠に面した部分に入りしばらく、特に大きな問題もなく無事に進むことができていた。
太陽は完全に地平線から顔を出し、徐々に気温が上がってきていた。
街について荷物を捌いたら少しゆっくりしようかな。お父さんもまだ街にいるかもしれないし一緒にご飯でも……
そんな事を考えながらまたしばらく進んでいると、ふいに砂漠の中心の方向、少し遠くからズゥン…と重たい音が聞こえてきた。
何だろう、と思いその方向に目を向けると少し離れた箇所に砂煙が盛大に立ち上り、その中にほんの少しだけ、橙色の巨大で硬質な物体が見えた。
「やばい!!」
それを目にした瞬間、ドムゥに強く鞭を入れエヌエムを発動させる。
それと同時に全力疾走を開始するドムゥ、鈍重な体からは考えられない程のスピードで走り出す。
「まさかこんな砂漠の端に砂蟲がいるなんて…!!」
砂蟲、巨大で長大な体を持つ蟲であり、大きな生物のあまりいない砂漠においての生態系の頂点である。
こんな砂漠の端に、目立ったエサも無いのに現れるのは滅多に無い。
もしや自分達を察知して補食しようとしているのか?
いやしかし、それならば砂蟲に察知された時点でドムゥが吠えるはず…
思案を巡らせながらもう一度砂蟲のほうを見ると、先ほどまでよりさらにこちらに近い箇所で砂の中から頭を飛びださせていた。
頭を振りながら巨大な顎を鳴らしている。
このままでは追い付かれるかもしれない…そう思い距離を計りながら砂蟲を見ていると、砂蟲と自分の中間地点に何か動くモノが見えた。
「……あれは……人?」
よく目を凝らすと、確かにそれは砂蟲から全力疾走して逃げる人であった。
なぜかはわからないが砂蟲に追われているらしい。
「あの砂蟲、私たちを見つけたわけじゃ無かったんだ…」
そういって少し安心しかけるも、すぐにまだ気を抜けないことに気付く。
なぜならばその人影がこちらに向かって、ドムゥをも上回るようなスピードで走ってきているからであった。
このままでは追い付かれる、そうなれば砂蟲も……
「冗談じゃない……!」
そう言うとドムゥに再び鞭を入れるとさらにスピードを上げほとんど全力疾走になる。
このスピードなら逃げられる……!
「待ってくれぇ!助けてくれぇ!」
男の声だ。
いつの間に近づいたのか、ほとんど荷車の真後ろにまで例の迷惑なヤツが迫っていた。
真っ赤な髪を振り乱し、必死の形相で走っている。
信じられないくらいのスピードだ。
「なんなのよ!?アンタなんで砂蟲に追われてるの!?」
「わからん!そんなことより頼む!それに乗せてくれ!
もう一時間くらい走りっぱなしなんだ!!」
「嫌よ!!私まで砂蟲に追いかけられるじゃない!!」
「そんなこと言わずに!頼む!」
「嫌よ!!」
「頼む!!!」
「嫌っ!!!」
「乗せろぉぉぉぉぉ!!!!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そうして互いに叫びながら逃げ惑うこと一時間、いつの間にか砂漠地帯を抜け砂蟲の姿も周りから消えていた。
涼やかな森林地帯に入ったところでツカサがそれに気付き荷車を停止させる。
急に止まった荷車に反応できずに赤毛の男が派手に激突した。
「はぶっ!?」
変な声を出しながら後ろで倒れた男には目もくれずドムゥに駆け寄る。
「大丈夫だった……?ごめんね、無理させちゃって……」
ドムゥを近くの木に繋げ頭を撫でてやる、ドムゥは息を切らしていたがしばらくすると落ち着いたのか地面の草を食みだした。
そんなドムゥを撫でていたが、ふと思い出し荷車の後ろを恐る恐る覗きに行く。
荷車の影から覗きこむと例の男が地面に倒れていた。気を失っているようだ。
男は腰まで届きそうな真っ赤な髪に、男か女か判断しかねるような、中性的や綺麗というよりは幼い顔をしていた。
服装はというと、ツカサが見たことも無いような黒い服を着ている。しっかりした生地らしくかなり丈夫そうだ。
それにしても、何故コイツは砂蟲に追われていたんだろう?
逃げてきた方向を考えるに砂漠の中心から来たのだろうが、よっぽどの理由が無い限りこの大陸で砂漠の中心に近づく物好きは居ない。
人が砂蟲に襲われる事件自体は無いわけでは無い。
年に一度有るか無いか程度だが、砂漠を散策するために入った人間が不用意に中心に近づきすぎ砂蟲に見つかって襲われるということがある。
ということは、コイツは大きな街かどこかの砂漠調査員なのだろうか?
調査隊が砂蟲に襲われたが速く走るエヌエムを使えたとかの理由で逃げ延びてきた?
「お、おいアンタ……」
思案を巡らせていると、急に声をかけられた。
ビクッとして下を向くと、男が目を覚ましたらしい。
「え、えぇと……大丈夫……?」
「あ、ああ……
頼む、水かなんかくれないか……?」
「も、もちろん」
水筒からコップに水を注ぎ差し出すと男は一気に飲み干し、深く息をついた。
「ふぅ……ありがとう、助かった……」
「い、いえ……どういたしまして」
荷車に乗せずに逃げ去ろうとしたことを思い出しぎこちなく返す。
「あなた、名前は?」
「俺か?俺の名前は……」
しかし男は突然のだんまりだ。
「どうしたの?」
「い、いや……なんでもない……
俺の名前はヒカリ……だと思う……」
男、ヒカリは自信無さげに答える。
「思うってなにそれ?自分の名前でしょ?」
「そのはずなんだけどな……なんだろうボンヤリしてて……」
「大丈夫?さっき変なとこぶつけた?もうちょい水飲む?」
「イヤ、大丈夫だ……ありがとう」
しばし沈黙が流れる。
ヒカリは真剣に何かを考えているようだった。
それを眺めるうち、少しして思い出したようにツカサは尋ねた。
「そういえばあなたはなんで砂漠にいたの?砂蟲に追われてたってことは中心近くにいたんだろうけど……
大災害の調査とか?」
ヒカリは少し不安げな目をしてから、答えた。
「わからない……」
「わからない?どういうこと?」
「そのままの意味だ……思い出せないんだ、なぜ自分が砂漠にいたのか……」
そして一息ついて
「それだけじゃない……名前以外、何もかも思い出せないんだ」
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます