12.ワインと隔て板



金曜日。


今日を乗り越えれば休みだ。


金曜日ばかりは、僕も少しだけテンションが上がる。別に職場で誰と世間話をする訳でもないが。



職場はいつも通り。全員が黙々とパソコンにかじりついて資料を作っている。僕はいつもより仕事のペースが早かった。あらかた自分の仕事が片付き手が空いたので、僕は珍しく上司のサポートに入った。上司に一瞬驚いた顔をされたがその反応も無理はないか、と思った。


昼休み。

僕は喫煙所の角で1人、タバコを吸いながらスマホでニュース記事を読んでいた。

キィ、と喫煙所のドアが開いた。先程の上司だった。軽く会釈をして視線をスマホに戻す。



「さっき、ありがとな。」


ふいに話しかけられた。


「清水が手伝ってくれるなんて珍しいな、なんかあった?」

悪意のない笑顔で聞いてきた。嫌味ではないようだ。

「いや、たまたまキリよかったんで。」

「はは、仕事早いもんな。助かったよ。」

「いえいえ。あはは。」

僕もつられて笑った。


あれ?

職場で笑ったのなんていつぶりだろうか。上司との会話で笑うなんて、思ってもみなかった。

上司も驚いていた。変な間ができた。長い沈黙だった。あぁ、嫌だな、と思った。




「清水。」


「みんなも心配してるけど、もう大丈夫なのか?」







定時前に仕事を片付け、時間までデスクの整理をして退社した。

家に帰る前にスーパーに寄って安い赤ワインとチーズとソーセージを買った。ナッツも買おうと思ったが、春が「ハニーローストナッツ、まだたくさんあるからしばらくナッツ買わなくていいよ!あげるから。」と言っていたのを思い出した。僕は代わりに赤ワインをもう一本買っていった。春が飲めればいいのだが。


20時前に帰宅した。

僕らは待ち合わせ時間を決めていないので、お互いが何時に出てくるのかよく分かっていなかった。

僕は荷物を置いてそのままベランダに出て、左に目をやった。ギョッとした。



「や、やぁ、お疲れ様…。」


春の全身が見える。



え?

ベランダの隔て板が、破壊されている。

目玉が飛び出るかと思った。


隔て板は、アルミで出来た全体を囲む外枠と僕の肩くらいの位置に1本中枠が通っており、中枠を境に上下、2枚の板で作られていた。作られて


下側の板が大胆に破壊されできた大穴は、恐らく行き来することが可能なサイズだ。デカい。

その穴のすぐ向こう側に、春が木製で背もたれの付いた椅子に座り、引きつった笑顔でこちらを見ている。


「お、おかえり。」

「春…こ、これは。」

「わざとじゃない!!わざとじゃないんです!!」

春は必死に手を振りながら言う。

「つ、つまずいたの!ここで!」

春は地面を指さす。

「うわってなって、びっくりして、手出したらここがバキってなって…。」


僕は思った。

隔て板がそう簡単に割れるだろうか。

非常時に備えて蹴破れる強度ではあるが、春がつまずいて手を付いただけで、割れるものなのだろうか。


「…えっと…怒らせました?」

春がこちらの顔色を伺っている。少し怯えたようにも見える。なんだか可哀想になった。

「怒ってないよ。大変だったね。」

春の表情が明るくなる。

「こっちの方が春も座れるし、いいんじゃない?」

「ありがとう!そう言ってもらえてよかったよ!」

僕は机を先程まで隔て板があったであろう場所に持ってきた。

「2人で使うか。」

「ありがとう!あ、裕也くん。」

「何?」

「赤ワイン飲める?いっつもお世話になってるから裕也くんの分も買ってきたんだ!安いヤツだけどね。」

春が足元の袋からガサガサと赤ワインを取り出し、机に置く。同じ銘柄の、2本の赤ワイン。

僕は思わず声が出る。

「あ。」


僕は部屋から袋を持ってきて、その中からガサガサと赤ワインを取り出して机に置く。同じ銘柄の、2本の赤ワイン。

春が声を出した。

「あ。」



同じ銘柄の、4本の赤ワイン。

僕らは笑いあった。



「被ったねー。」

「なんで同じのなんだよ。しかも2本。」

「くっそー。ガラにもないことするんじゃなかったよ。」

「僕もだよ。…春、ソーセージは焼きか茹でか。」

「茹でかな」

「僕焼きだから半々で作ってくるよ。食べよう。」

「え!?いいの!?」

春の目が輝いた。

「待ってて。」

「あ、私のビールあげる!あとナッツも!」


僕らは4本のワインを置き去りにして、部屋に戻った。

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