11.ナッツと君の話
春からハニーローストナッツをもらった。そのお返しに、ベーコンとキノコをバター醤油で炒めた物を半分お皿に盛り、春に手渡した。
「おぉ、ありがとう!美味しそう!いい匂い!」
「こちらこそ。食べよう食べよう。」
「いいね、飲み!って感じ。乾杯しとく?」
「ははは、何にだよ。」
「今日も頑張った自分達に。」
「頑張った…のかな。」
つい、水を差すようなことを言ってしまった。
「頑張ったよ!見てないけど。」
「無責任な。」
「じゃあ明日も頑張るために!これならどうだ。」
「おぉ…。それは素晴らしいことだね。」
「でしょ?はいはい、カンパーイ!」
「乾杯。」
ウイスキーの入ったグラスとビールの缶がぶつかる。コンっと缶の音が小さく鳴った。
「春さ。」
「うん?」
「絵ってずっと描いてるの?」
僕は、さっき浮かんだ疑問を直接春に聞いてみることにした。
「そうだね。一応美術の大学は出てるよ。」
春はナッツを食べながら答える。
「へぇすごい。今も活動してるんだ。」
「今は…うーん…どうだろう?描いてるだけ…って感じかも。」
「描いてるだけ?」
「うん。活動って活動はしてないなぁ。」
「なんで?」
今のなんで?は少し子供っぽかった。
「なんで…って言われてもなぁ…。なんとなく、かな。今はそう言う時期じゃないのかな?」
「なんだそれ。せっかく素敵な絵が描けるのに、もったいなくない?」
僕はここまで言って、しまった、と思った。
「ごめん、なんか無責任なこと言ってるね。」
「いいよいいよ。なんだか今日の裕也くんはグイグイ来るねぇ。まぁでも実際のとこ、何もしないのはもったいないかもね。」
そう言って春はキノコを食べる。小声で、美味しいと言ってくれた。だがその表情はどことなく浮かない。
僕は必死に言葉を探した。だがいい言葉が浮かばなかった。僕の中の引き出しは空っぽだった。
「絵描きの友達がいるんだけどね。」
春が話し始めた。
「その子、お花とか女の子とか、やたら可愛い絵を描くんだ。別の作家さんと合同開催だけど、個展とかにも参加しまくってて勢力的に活動してるんだ。」
「うん。」
「SNSとかで宣伝しまくって、カフェにDMとか置いてもらったりして。おかげで絵もそこそこ売れてて、ファンもいたりして。小物に可愛くペイントしたグッズなんかも作ってる。」
「うん。」
「私もね、そうなりたい。バリバリ活動して、器用に生きたい。」
「やってみたらいいんじゃない?」
「うん…。今はちょっとね。」
春はそう言うと、ビールを流し込んだ。
珍しくモヤモヤした言い方をしているな、と思った。何か事情があるのだろうか。春がナッツを掌で転がして遊んでいる。
「今は特訓期間なのです!」
急に春が元気な口調になった。
「特訓が終わったら、展示やってみたいなぁ。」
そう言われて、僕は思い出した。
「春、今は描いてるだけって言ってたよね。」
「うん。今日も少しだけ描いてから出てきたよ。」
「春の絵が見たいんだよね。」
僕はウイスキーを少しなめる。ナッツの甘塩っぱさがよく合う。
「え?な、なに、どうしたの。」
「春の部屋に置いてあった大きいハートの絵、完成したら見せてほしい。」
「あー…あれかぁ…。」
「あれだけじゃなくて、他の作品も見てみたいな。」
「なになに、ファンになっちゃった?」
春がいつもの調子でちゃかすように言った。そう来るのはわかっていた。
「ファンになっちゃったよ。だから特訓、頑張って。」
僕はまっすぐ春の目を見てそう言った。
「お…おう…。」
春は困惑と照れが混ざったような、おかしな表情をしていた。
「ありがとう、頑張る。」
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