隣り合わせの二人語り
07.チェンジする日常
作品が完成しない。
彼女はそう言った。
訳を聞いても、「うーん…。」などと言って、答えは返ってこない。アートと言う僕の知らない世界だからか、それ以上深く踏み込めなかった。きっと何かがあるのだろう。一から物を作る苦しみは、何の才能もない僕にはわからないだろう。
それから彼女と少しお話をして、お互い自室へと帰って行った。
次の日。
僕は「おはようございます」と「お疲れ様です」以外の言葉を発していなかった。
コンビニで店員さんにタバコを頼む際、言葉を盛大に噛んで気づいた。少しだけ、凹んだ。
21時過ぎ、僕はベランダにビールとザーサイとタバコを持って出てきた。
隣人に気づかれたくなかったので、そーっと椅子を引き、静かに腰掛けた。
「あ、お疲れ様っす。」
彼女がまたしても不意に、顔を覗かせた。そこにいたのか?
「お、おちゅかれ…」
「噛んでる!はははは!」
今日はあまり喋らせてはいけない気がする。
「…何か御用ですか?」
「用って言う用はないんだけどなぁ…」
彼女は「んー…」と考え込む。今用事を作っているようだ。
「あ、お名前なんてーの?」
「…しみ「あ!」
名乗る瞬間、彼女に遮られた。
「人に名前聞く時は自分から名乗るんだよね!知ってるよ!」
「お、おぉ…」
「後藤 春 って言います。貴方は?」
「…清水です。清水 裕也。」
「へぇ、裕也くんよろしくね!」
裕也くん、と呼ばれた。彼女はケタケタ笑っている。なぜここまで馴れ馴れしいのだろうか。
「…どこかでお会いしましたっけ?」
「え?たぶん会ってないよ?マンションで何回かすれ違った…のかな…?」
「その…距離感、近すぎません?」
なるべくトゲのない言葉を選んだつもりだったが、どうしても無理だった。
「あぁ…初対面に『裕也くん』なんて言われたくないよ、って感じ…?」
「いや…まぁ…はい。」
そこまで言うつもりはないが、そうしておいた。
「裕也くん、今歳いくつ?」
「25です。」
「へへー私27!」
彼女は何故か勝ち誇っていた。
「歳も近いしいいんじゃない?あ、私のこと春でいいから」
彼女がビールを一気に飲み干す。「ぷあああ!」とおかしな声をあげた。
「敬語も使わなくていいよ。むず痒いんだよね。」
「う…ん。」
「わかった?」
彼女はニヤついている。なんのつもりなんだ。
このやたらフレンドリーで謎めいた隣人に対するよく分からないという気持ちと一緒に、僕もビールを飲み干した。彼女と接することで、僕の乾いた心のリハビリになるかも知れない。そう思うことにした。
「うん。」
「それでよし。ははは。」
「ははは。」
釣られて笑ってしまった。
何がおかしいのかはわからないが、彼女の、春のペースに巻き込まれてみようと思った。
変化を求めながらもそれに恐れる臆病な僕の、背中を押してくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます