異世界迷子編 8
「準備はいいかい?」
リビングのソファーに座った俺にマックスが問いかける。
頷いて答えると。俺は片耳に装着しているイヤホンの様なもののスイッチを押した。
顔が半透明のバイザーで覆われる。このイヤホンの様なものはアミュージアと言う名のフルダイブ型のゲーム機なのだ。
俺は先程買ってもらった、ゲーム――アカシックのケースを開けるとマイクロチップが中央に鎮座していた。それをアミュージアにセットする。
ダウンロード販売が主流なのだがマックス曰く、
「パッケージこそが王道」
だそうだ。
ゲームが起動しキャラクターメイキングの画面となる。顔の造形、体型等、事細かに設定できるようだ。
「マックスさん、この本人ってなんですか?」
「ああ、それはキャラの見た目が君自身になるんだよ」
なるほどな、面倒だからそれでいいや。俺は本人を選択する。
体の回りに光の珠の様なものが出現し、俺の体を照らす。
「スキャン完了」
耳元でそんな声が聞こえる。最後に名前を設定すると画面にはようこその文字が出る。そして、目の前がだんだんと明るくなっていくと俺は大きな石板の前に立っていた。
視界の端に始まりの町と文字が出る。
「どうだい?ゲームの中は?」
目の前に立つ人物が聞いてくる。その人物の頭上にはマックスlevel133と書いてある。
「あの、マックスさんですか?」
「そうだよ」
俺がそう聞いたのには理由がある。見た目がピエロなのだ。
「えっと、なんでピエロなんですか?」
「それはね、ゲームの中くらははっちゃけたいじゃないか」
「あ、はい」
「それよりも少し急いだ方がいい。マリアベルの言葉を思い出せ」
そう、俺のゲームの時間は一日一時間しかないのだ。
「そうですね、とりあえずチュートリアルを終わらせましょう」
「ああ」
そうして、マックス付き添いのもとチュートリアルを終わらせる。俺は圧倒されていた、肌に感じる風も大地を踏みしめる度に足に伝わる振動も武器の重さも全てがリアル、まるで夢が現実になった見たいなのだ。
「さてと、一通りプレイ方法は学んだね。本格的には明日からだな。フレンド申請しておくからいつでも連絡をくれ」
そうして、初回プレイは幕を閉じた。
現実へと帰還した俺は興奮が抑えられなかった。
「すげぇ!」
「満足してもらってよかったよ」
「ましろ姉ちゃん!買ってくれてありがとう!」
俺はましろにこころからの感謝を伝えた。
彼女は俺の頭を優しく撫で、その様子を見つめている。
「喜んでもらってよかった。それより、もうそろそろ寝ましょうか」
時計に目をやると11時を過ぎていた、さっきまでは眠気がなかったが言われると急に眠気が襲ってきた。
「ドクターも先輩も泊まって行っていいわよ」
「そうさせてもらおう」
「お言葉に甘えるね」
「じゃあ、俺寝ます。おやすみなさい」
俺は眠い目を擦りながな、マリアベルと共に自室へと戻った。
部屋に入るなりベッドへと倒れ込む。
「シン様、お着替えを」
マリアベルが着替えさせてくれる。
「ありがとう、おやすみ。マリアベル」
「はい、おやすみなさいませ」
遠くから起床時間を告げる電子音が聞こえる。意識が段々とはっきりしてくる。おかしな音が電子音に混じり聞こえてきた。
「……ん……誰よぉ……」
……?おかしい、マリアベルはとっくに起きているはずだ。恐る恐る目を開けるとそこには肌色が広がっていた。
視線を上に向けると、
「え、ましろ姉ちゃん……!?」
「……ん、おはよう」
「あ、おはよう。……じゃなくて!何でいるの!?」
「一緒に寝たかったから。それより、まだ朝早いからもうちょっと寝よ?」
そう言うと俺を抱き締めてくる。柔らかくて甘い匂いがする。もう少し寝るのも悪くないかもな。
(ダメだ!)
「ごめん、今から自主鍛錬するんだ」
なんとか誘惑をはね除ける。昨日は朝の騒動で結局、自主練が出来なかったので今日こそは、だ。
「そうなんだ。偉いね~じゃあ、ご飯出来たら起こしてね」
ましろは再び、眠りへと落ちる。朝から心臓に悪いな。外に行く前にキッチンにいるマリアベルに挨拶をしにいく。
「おはよう」
「おはようございます」
なんだろう、いつもより固い気がする。
「どうしたの?」
「……なんでもありません」
俺は疑問符を浮かべながら、庭へと出ていった。
さて、自主練の内容だがマリアベルに習った武術と魔法の基礎の繰り返しだ。
勉強をはじめて一週間でこの世界の大まかな歴史を習い、先のシャロンの説明で、何故、俺が軟禁の様な状態かを理解した。
リトフィリアでは、今までに2回、来訪者(ゲスト)との戦争が起こっている。
1度目は60年前、2度目は21年前。多くの命が失われ、来訪者(ゲスト)を憎む者も大勢いるそうだ。もし、何も知らずに俺が来訪者(ゲスト)だと知られていたら殺されていたかも知れない。
ただ、恨む人達ばかりではない。俺達の事を神の如く崇める人達もまた存在する。
崇める者達と恨む者達で敵対しいがみ合っているそうだ。
正直、洗脳でもされるのかなと思っていたがそうではなかった。俺に知識を与え自身で考えさせる為に外からの情報を可能な限り絶っているのだ。
今も、この屋敷の周りに警備の者がいるとのことだった。
厚遇は有り難いが、やはり息が詰まる。せっかく異世界に来たんだから色々な所に行きたいが、現状はドクターに外出許可を貰わなければならない。
「まぁ、俺がとっとと強くなればいいだけか」
オートターゲットを起動する。これは、自動で動く複数の球状の的を出す機械だ。その的は複雑に動きながらこちらにぶつかってくるので当たらないように避けるか、当たる前に叩き落とすのだ。また、赤い色の的は魔法が効くが物理攻撃が効かず、青い色の的はその逆に物理攻撃が効かず、魔法が効くのだ。だから、俺は右手に木刀を持ち、左手に杖――10センチ程の指揮棒のような物、を持つという変わったスタイルで望んでいた。
「タイムオーバー」
オートターゲットからそんな音声が聞こえると、空中に浮いていた的が全て消える。どうやら、設定していた時間になったようだ。
俺はシャワーで汗を流すと食事を取るためにキッチンへと向かう。
既に全員イスに座っており、談笑をしていた。朝の挨拶を済ませ食事を始めた。
「……ねぇ、マリアベル。私のおかしくない?」
「なにがですか?」
飄々と答えるマリアベル。ましろの皿を見るとパンの耳が乗っていた。
「いやおかしいでしょ!何よ、パンの耳って!あっ、昨日のこと怒ってるんでしょ!?」
「昨日?」
一同の疑問にましろが答える。
「昨日、弟君と一緒に寝ようと思ったら、マリアベルが一緒に寝てたから追い出したの」
ドクターとマックスは呆れて食事を再開する。どうやら、ノータッチのようだ。
「少年、手が早いな」
にやにやしながらシャロンが言う。
「違います!」
「ははは、わかっているさ。ましろ、今回のことはお前が悪い、マリアベルに謝るんだな」
「えぇー!弟君もお姉ちゃんと一緒に寝たかったよね!?」
なんて質問をしてくるんだ……マリアベルもこちらを見ている。
「俺はどっちでも……」
「男だろ少年。はっきりしろ」
変なところから砲撃される。
「じゃあ、マリアベル」
「がーん!何で!?」
「だって、ましろ姉ちゃん裸じゃん」
「そんな……」
うちひしがれるましろと対照的に嬉しそうなマリアベル。
「とりあえず、ましろ姉ちゃん。謝ろうよ」
「マリアベル、ごめんなさい。弟君、お姉ちゃんとはもう寝てくれないの!?」
「なんで一緒に寝たいの!?」
「寝たいから!」
(ああ……断る方法が思い浮かばない)
「マリアベルに聞いてください……」
力なくそう答えるのだった。
時間はあっという間に経ち、今日は2月22日。この日は俺の誕生日だ。
夜には皆が家に来てパーティーをするそうだ。
午前中の勉強を終わらせ、昼食をとったあとは鍛練の時間だ。
こちらにきて半年以上が経過した、勉強も問題なく進み、鍛練の方も自信が持てる位には強くなった。
今日はオートターゲットではなくマリアベルとの模擬戦だ。強くなったといってもマリアベルには全然敵わない。
(強すぎるんだよな、このメイド)
魔法も捌かれ、近接戦闘もあっさりと組伏せられる。本日もボコボコにされるのだった。
鍛練終了後はドクターの所に検診に行った。相変わらず健康体とのことだ。
そして、待ちに待った夜。パーティータイムだ!
メンバーはシャロン、マックス、ドクター、ましろ、マリアベルだ。
「「誕生日おめでとう〜!」」
パンパンとクラッカーの音が何発も響く。
「ありがとう!」
いくつになってもこういう祝い事をされると嬉しいものだな。
テーブルには所狭しと並べられた料理の数々、マリアベルとましろ、意外なことにシャロンも手伝い作ってくれたのだ。
皆で舌鼓を打つ。食事が終わり皆からプレゼントを貰う。
「私からのプレゼントは送ってある」
マックスがそう言う。なるほど、おそらくはゲーム内のアイテムだな。
「マックスさん、ありがとう。後で確認しときます」
「ほら少年、これからはこれを書いて日々頑張りたまえ」
「じゃあ、ヤマシタ君。書くのはこれを使ってね」
シャロンとドクターは一緒に買いに行ったのか、二人で1つの物を受け取った。
「ありがとうございます」
「私からはこれよ!」
ましろが大袈裟に一枚の紙を差し出してきた。受けとり見ると、
「なんでも言うこと聞く券?」
「そう!なんでもいいわよ!」
「……ありがとう」
苦笑いが出る。最後はマリアベルだ。恥ずかしそうにプレゼントを差し出してくる。
「シン様。ご迷惑でなければお使いください」
「ありがとう!開けてもいい?」
俺は受け取ったプレゼントの包みを開く。シャロンとドクターからは日記帳とペン。マリアベルからはマフラーだった。
この国の冬は雪も積もって寒いので重宝しそうだ。
「皆、本当にありがとう!」
俺は改めてお礼を言うのだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、パーティーは終わり、時刻は10時を過ぎていた。早速、貰った日記を書き終えると、風呂上がりの火照った体を冷ますために夜風に当たりにテラスへと出ていた。
空を見上げると満月が輝いていた。こうして、最後に見たのはいつだったか、そうだ鷹矢と見たのが最後だな。
ずっと昔のように思える。両親や職場の人には会いたいが無いものねだりをしても仕方ないと、なんとか自分を納得させている。
それに、今の俺は充実していた。
「今日みたいな日がずっと続けばいいのに」
心からそう思い呟くと俺の前にいつか見た扉が出現する。
「え……」
咄嗟のことに反応できずにいると扉が開ききり目の前に光が広がった。
起床を告げるいつもの電子音が鳴る、何か長い夢を見ていたような気がする。
目を開けて、モニターをタッチし目覚ましを止めた。
ふと、違和感を覚える。その正体が分からずに隣のましろを起こさぬように部屋を出た。
キッチンのマリアベルに朝の挨拶をする。
「おはようマリアベル」
「おはようございます。本日は午前中、午後ともにいつも通りの日程となっております。夜はシン様の誕生日パーティーを予定しております」
誕生日パーティー?昨日やった筈だけど……
「え?昨日やったじゃん」
「……?いえ、本日ですが」
嫌な予感がする。
「……今日って何日かな?」
「2月22日です」
先程の違和感の正体はこれか、モニターの日付だ。
マリアベルはこんなつまらない嘘をつかない、なら答えは簡単だ時間が巻き戻っている。
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