異世界迷子編 5
翌朝、鈴の音と共にTKが部屋へと入ってきた。俺は眠い目を擦りながらそれを向かいいれる。
「おはよう」
「おはようございます。寝不足ですか?」
「大丈夫。それよりも朝ごはんにしよう。今日は総理達に会うんだろ?」
そう、今日は大事な日。この国のトップと議員の人達に会う日なのだ。
「はい。その通りです」
俺は手早く朝食を食べ終わると、TKにあるものを手渡した。
受け取り、じっとそれを眺めるTK。
「シン様。これは何でしょうか?ひらがなでまりあべると書いていますが」
「TK――改めマリアベル!今日からそれが君の名前だ!」
「マリアベル……」
高らかに宣言すると、彼女は何度も反芻する。自身の名を噛締める様に。そして、俺が渡した名札を胸に着け、
「ありがとうございます。シン様」
花が咲くように笑い御礼を言う。その笑顔はとても美しく不覚にもドキリとしてしまった。
だが、笑顔だったのは一瞬、気付けばいつもの無表情なメイドに戻っていた。
ま、今の笑顔が見れたから、寝不足も良しとするか。何を隠そう、名前を考えてたら眠れなくなったのだ。
昨日は家に帰り着いてから、鍛錬をし夕食や風呂を済ませた後は一時間しかつかえないネットで彼女の開発者ドクターマリアについて調べていたのである。
マリアベルの名前の由来は開発者と昨日プレゼントした鈴付きの髪飾りから取ったものだ。
我ながら安直だな。
時計を見ると時刻は八時半を過ぎたところ。屋敷からだとトリスメギストスの支部までは10分かからない距離だ。
「マリアベル、もう行こうか?」
「――っ!かしこまりました」
名前を呼んだとき少し嬉しそうな顔をしたのは気のせいではないだろう。
「ドクター、山下です」
「開いてるよ」
ドアが開き、マリアベルと部屋へ入る。今日のドクターはいつもの白衣ではなくスーツをきっちりと着ていた。トカゲがスーツを着ている姿はなんとも言えない物がある。俺自身もおめかししてて、子供が背伸びしてるみたいだから人のことは言えないけど。
「遅刻無く来たね、えらいえらい。顔色もいいようだ。じゃあ、早速だけど行こうか」
「そういえば、どうやって行くんですか?車ですか?」
相変わらず殺風景な廊下を歩きながら問う。
「あぁ、万全を期してポータルで行くよ。それよりもTK君のその名札はなんだい?」
「TKではありません。以後、マリアベルとお呼びください」
心なしか胸を張り誇らしげだ。俺はその様子が嬉しくて声を上げて笑うのだった。
目的の場所――ポータルが設置されている部屋にはすぐに着いた。ドクターが起動のスマホを操作する。なんでも決められた者しか起動できない仕組みらしい。
ポータルが起動し部屋全体に刻まれた魔法陣が輝きを放つ。
「2人とも、準備はいいかい?」
「はい、いつでも!」
「問題ありません」
「じゃあ、いくよ!」
掛け声と共に魔方陣が一際輝くと目の前を光が埋め尽くし浮遊感に襲われた。
閉じてた目を開けるとそこは先ほどと似たような場所だった。
「着いたんですか?相変わらず眩しいですね」
「まったくだよ。コレばかりはどうしようもない。こっちだよ2人ともついておいで」
先頭に立つドクターが扉を開けるとそこは一目で立派と分かる建物の中だった。
廊下には金色の獅子の刺繍をあしらったカーペットが敷かれており、壁には立派な額縁に入った絵画が飾られており、所々に高そうな壷が置かれている。
毛の長いカーペットの上を恐る恐る歩きながらドクターについていく。突き当たりの大きな扉の前でドクターが止まった。
「ヤマシタ君、この先で総理を含む閣僚の方達が待っている。君の体は健康だね?」
その言い回しにピンと来るものがあった。
「はい、僕は11才の健康優良児です!」
「よろしい。トリスメギストス所属マクレガー・カミンです。
ドクターが扉を叩き告げると音も無く扉が開いた。
扉の先にはテーブルを囲んでスーツを着た大人達が座っていた。彼等は俺をジッと見ているのが分かる、圧力を感じ、少し後ずさる。視線には力があるというのを思い知らされる。
ドクターは気にも止めずにイスに座ったのを見て、俺もそれに倣い座る。マリアベルは俺の真後ろに立ったままだ。
「初めまして、お会いできて大変光栄だ。小さな
総理が挨拶し、回りの閣僚達も挨拶を終える。正直、緊張で全員覚えされそうに無い。それにしても流石は異世界、人間以外の種族も政治家をやってるんだな。
「俺は、すいません。僕は山下伸です。よろしくお願いします」
「いつも通りのしゃべり方で良いとも。それから、一度に名前を覚えるのは大変だろ?好きなように呼んでくれていいからね。例えば、こっちのおじさんならハゲとかね」
人の良さそうな笑みを浮かべる総理、ハゲと言われたのは防衛大臣だ。その大臣は豪快に笑いながら総理にツッコミをいれている。
「勉強の方はどうかな?」
そう聞いてきたのは巨漢のオーガだった。見た目は粗暴そうだがなんと文部大臣だそうだ。
「勉強は難しいですけど頑張ってます」
「なに?そうか、少しばかり緩めにスケジュールを組み直すか」
一人言の様にそう言うとマリアベルに何事かを指示し出した。
この人が俺の勉強スケジュール組んでたわけか、やる気が無くて申し訳なく思うな。
「勉強なんてどうでもいいさ。それよりもゲームはやったかい?」
総理が笑いながら言う。
「いや勉強は大事でしょ」
「よく総理になれたな」
総理は周りから袋叩きにあっていた。俺はその様子がおかしくて声を出して笑ってしまう。どこの国でも議員は失言をするみたいだ。
「ははは、すごいとは聞いてますが実はまだやってなくて」
「むう、それはダメだぞ!君くらいの歳ならゲームが大好きな筈だ。私も好きだったからな!」
「総理、そろそろ真面目にやりましょうか」
エルフの女性の一言で場の弛緩した空気に緊張感が生じる。
「ふむ、そうだな。では、ヤマシタ君。ここからは質疑応答の時間だ。構えなくてもいいからね、君は思うがままに答えてくれ」
「はい」
「先ずは今の暮らしはどうだい?何か不満はないかい?」
「そうですね、これといって不満は無いです。それどころか感謝しか無いですね。あんな大きな家や生活費も出して貰ってますから」
「それは良かった。元の世界に帰して上げるのが一番なんだがね。残念ながらその技術がこの世界には無いのが現状だ。では、次だ勉強の方は文部大臣がさっき聞いたから、鍛練の方はどうだい?」
鍛練か……正直驚いている。この世界に来て俺の身体能力は飛躍的に向上しているのだ。
「体を動かすのが好きなので楽しいのです」
これは嘘ではない。まぁ、動かしてるときは色々な事を考えなかくていいからだが、我ながら後ろ向きだなと心の中で自嘲する。
「そうかそうか!魔法は君の世界には無かったものだからね。習得は難しいかも知れんが頑張りなさい。今から半年後、君には学校に通ってもらうことになっているが、通いたいかい?もし、君がまだゆっくりしたいと言うならば引き延ばす事も可能だが?」
どうしたいだろうな俺は?
「あの、質問いいですか?」
「もちろんさ」
「勉強をして学校を卒業して、その後、僕はどうなるんですか?」
「……難しい質問だね。一番は君がどうなりたいかだ。だが、突然、見知らぬ土地に来たんだ。将来を悲観し絶望するのは当然だ。可能性を広げる、そういう意味でも我々は君が学校に通うことを勧めるよ」
「可能性……」
「そう!可能性だよ!君はまだ11才だ。将来は何にだって成れる。我々の様な政治家にだって成れるし、あの
「クライスト?」
「おや?知らないのかい?文部大臣、スケジュールはどうなってるんだい?」
「フライグです、総理。先ずは、この世界の歴史から学ばねば間違った認識を持つ可能性があります。ネット使用を最低限にしているのもそういう意図があります」
「う~む、君が言うなら間違いは無いのだろうが……やはり、男の子は英雄に憧れるものさ!私もそうだったし君達だってそうだったろ?それに君、議員になる前はギルドでブイブイ言わせてたじゃないか」
「……それは言わない約束ですよ総理。まぁ、しかし子供には夢をもって欲しいというのは私もそう思います」
周りの議員達もそうだなと頷いている。
「と言うわけだ。目の前でこれだけ話されたらヤマシタ君も気になるだろ、というわけで極限者(クライスト)について教えてあげよう。極限者(クライスト)って言うのはだね、その国の代表となって戦う者の事さ」
「えっと、オリンピック見たいな?」
質問して気付く、オリンピックこの世界にあるのか?
「そう!イメージとしてはそれで正しい。但し、威信のみの戦いではない。文字通り、国を賭けた戦いになる。例えば国土とかね。簡単に言えば形を変えた戦争さ、それをやるのが
「戦争……」
「だからこそ、国の為に戦う
「夢か……」
「夢を持つのは良いことだよ。君にも見つけて欲しいと願っているよ」
エルフの女性が総理に耳打ちをする。
「さてと、残念だが時間が来てしまったようだ。今日はここまで今度は一緒にゲームでもしよう」
そうして、議員達との会談は終わりを告げた、自身の夢について考えながら帰路に着いた。
家に着くと玄関に誰かが立っていた。
「久しいな。元気にしていたか?」
「お久しぶりです、マックスさん」
「もう少し早く訪ねて来るつもりだったんだがな、仕事で国外にいてな。どうした?元気が無いようだが」
「その……」
「ここではなんだ、土産もあるから食べながらでも話を聞こう」
「では、お茶をご用意致します」
家に入りテーブルへとつく、マリアベルが紅茶を淹れてくれた。
そして、マックスは空中に手を突っ込むと手のひらに収まる小さな箱を取り出した。
これは魔道具の一つでアルマスンと呼ばれる物だ。物質を空間に保管できるのだ。なんでも大変に貴重な物だとか。
マックスが取り出したのは白い箱だった。それを開けると湯気を立てている熱々のたこ焼きが入っていた。
「私はこれが好きでね」
「俺も好きです」
「それは良かった」
マリアベルを見るとたこ焼きを凝視している、その様子に苦笑しながらマックスが言う。
「TKではなくマリアベル、君の分もあるから一緒に食べればいい」
「……よろしいのですか?」
エサを待つ子犬の様な目で俺を見てくる。
「うん、一緒に食べよう」
「はい!」
(……名前つけてあげた時より喜んでないか?)
たこ焼きを食べながら俺はマックスに今思っている事を話す。
「夢……難しいなそれは。私もかつて経験したがこればかりは本人次第だからな。そうだな……とりあえず、
それを聞いたマリアベルがテレビをつけると動画を準備する。
「これは、十日前に行われた
画面を見ると一人の人物が映し出されていた。
「リザードマン?」
その人物はリザードマンの様だったが、どちらかというとトカゲよりも人間に近く見える。
「この種族はリザードマンではなく
カメラが移り、対戦相手が映し出される。
「嘘だろ……」
年の頃は今の俺と同じ位の人間の女の子が対戦相手の様だった。勝負の種目はどちらかが降参するか死ぬかの殺し合い。
少女は圧倒的で不利と悟った
その少女――新界遥を俺は呆然と見詰めるしか無かった。
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