異世界迷子編 4
俺がこの世界――リトフィリアに来て一週間が過ぎた。この一週間はまさに激動と表すしかないもので驚きの連続だった。
散々見て触れて知っていたが、技術力の違いからなる発展した科学力、更には魔法を用いた様々な物。そしてその二つを合わせて作られた魔科学の産物たち。
「正直すごいとしか言えないな」
「何がすごいのでしょうか?」
急に話しかけられドキリとした。このメイドは音も無く出現する。
「あぁ、いや魔科学って凄いって話だよ」
「左様でございますか。では本日の予定をお伝えいたします。午前中は勉学を、昼食後はドクターマクカレガーの検診、それが終わりましたら屋敷にて鍛錬を行うようになっております。また、朝食の準備が出来ましのでお持ちしております」
「ありがとう」
こちらに来て俺の生活は激変した。日本にいた頃は齷齪働いていたが。ここでは勉強と鍛錬に時間を費やしていた。
勉強はこの世界の歴史や文化、言語を中心に鍛練は魔法と各種武術だ。
朝食のトーストを食べ終わると食後の紅茶をTKが淹れてくれた。俺が紅茶を飲んでいる間に食器類は下げられ勉強をするための準備が整えられる。
(非の打ち所の無いメイドさんだよな。ただ、会話があまり続かないんだよなぁ)
そんな事を考えていると無機質な黒い目と目が合った。
「何かご用命ですか?」
「いや、TKは良く働いてくれるなって思ってさ」
「そのようにプログラムされておりますので」
メイドロイド――魔術で生み出されたホムンクルスと科学で生み出された男達の夢、ロボッ娘メイドさんの合いの子。この完璧メイドさんは魔科学の産物なのだ。この事実を聞いたときは俺もたいそう驚いたものだ。本人曰く、最新鋭ですごいとのことだ。
「勉強始める前にトイレ行って来ます」
トイレへと向かう為に無駄に広い屋敷を歩く。ある意味で家が一番変わったかもしれない。日本にいた頃は六畳一間だったのに、今はというと――
「広すぎて落ち着かないんだよなぁ」
家はお屋敷と呼ぶに相応しいものなのだ。トイレだって超広い、便座に座り手に持ったスマホを弄りながら1人愚痴る。スマホも支給はされたがネットを使えるのは一日一時間までだ。子供かよ。
「……子供だったわ。母さん達元気にしてるかな……」
ため息を一つつき立ち上がり部屋に戻った。
あまり身が入らない勉強の時間が終わり、診察の時間となった。最近ではドクターの表情がちょっと読めるようになった。
「うん、今日も問題ないね。健康健康!ただ、浮かない顔をしているね?悩みなら話してごらん」
「……その、状況に流されっぱなしで勉強にも鍛錬にも力が入らなくて。多分、具体的な目標が無いから……」
「う~ん、そうだな。向こうに心残りとかあるかい?」
「心残りですか?やっぱり、家族や職場の皆ですかね……」
「まぁ、当然だね。恋人は?」
「恋人……それは……」
大学時代の苦い思い出が、遥の事が頭を過る。
だが、遥は死んだ。葬式だってした。これは揺るがない事実だ。
「……なるほどね。目的意識の欠如に伴う無気力か。じゃあ、君は向うでは何を励みに勉強してたんだい?」
「俺は……」
遥だ。俺は遥と同じ学校に行きたくて勉強をがんばったんだ。でも、その遥には俺の思いは届かなかった。俺が口ごもるのを見て何かを察したのか優しい声色で助け舟を出してくれるドクター。
「いや、無理には答えなくて良いよ。若いうちは色々あるからね。僕もそうだったよ。そうだね、じゃあいっそのこと二回目の青春楽しんじゃいなよ!」
「ははは、それシャロンさんも言ってましたよ。じゃあ、ドクターの若いときの話聞かせてくださいよ」
「僕のかい?いいよ、あれは僕が――」
話は多いに盛り上がりふと時計を見ると1時間以上が経っていた。
「おっとすまない、話し込みすぎたね。廊下で待っているTK君に申し訳ない」
「あっ!そうだ、あの、TKのことで相談があるんですけど」
「ん?なんだい?」
「音も無く接近してくるんですよ。でも、彼女とても真剣に仕事に取り組んでくれてるんで、何て言っていいのやら。それにもうちょっと仲良くなりたいんです」
「ははは、それは心臓に悪いね。そうだな、何か音が鳴るものを身に付けて貰うとかどうだい?例えば鈴とかね。仲良くの方はその鈴の付いた何かをプレゼントすればいいんじゃないかな?」
「おぉ!ナイスですね!あっでも、俺買いに行ってもいいんですか?」
実は今の俺は軟禁状態なのだ。移動が許されているのは屋敷とこの施設の一部だけ。それもTKが必ず付き添う。理由は簡単、この世界の知識も無く、弱いからだ。
「それなら、問題ないよ。私の方から許可を与えよう」
ドクターがスマホを弄ると俺のスマホが鳴った。
「アクセサリーショップの住所と許可を与える旨をメールしたから、それをTK君に見せなさい」
「何から何までありがとうございます!」
「いいよいいよ。そうだ、明日の予定は覚えているね?私も同行するから明日は朝の9時にはここにくるように」
「はい!ありがとうございました」
ドクターに挨拶し廊下に出るとTKはやはり直立不動で立っていた。
「ごめん、遅くなって」
「問題ありません。では、参りましょう」
「待って、これを見て」
俺はスマホのモニターをTKの前に表した。
「畏まりました。では、お屋敷に戻る前にこのアクセサリーショップへと向かいます」
施設を出るとここからの移動は車だ。だが、車は地上を走らない、走るのは空。駐車場も空。どうやって乗り込むかというと、TKがポケットから取り出したスマホを操作する、浮かび上がったモニターには鍵のようなマークが出ていた。それをタッチすると少しの浮遊感の後に俺達は車中にいた。
要するにポータルだ、この仕組みは街の至る所にあり公共の乗り物に乗り込むときや店に入るときも浮かんでるモニターか自身の持ち物ならスマホをタッチすると中に入れたり外に出れたりする。ただ、ポータルによる長距離の移動は特別な場合を除き制限されているので、あまり離れすぎていると起動しない。
車に乗るとTKが行き先をナビに入力した。基本的に乗り物はオートで動くので座っているだけでいい。
「10分ほどで目的地に到着致します」
車中を支配するのは無言。一緒に暮らしだしてそれなりの時間が経つがこれといって会話が無い。あっても一言二言で終わってしまう、正直、息が詰まりそうだったりする。
目的地に着いたようで車が止まる。車内に店のアイコンが浮かんだので俺はタッチする。
店内へと移動した俺達。キョロキョロと周りを見ていると店員が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか?お母様へのプレゼントですか?」
話しかけてきたのはフェアリーの店員だった。
ヤバイ、具体的に何買うか考えてなかった。TKの綺麗な銀色の長髪が目にうつる。
「えっと、そうだ!髪飾り、鈴の付いた髪飾りってありますか?」
「御座いますよ。こちらです」
髪飾りのコーナーへと案内され、ショーケースを眺める。
いっぱいありすぎて分からんな。よし、フィーリングだ感じるんだ俺。
ふと、青い花をモチーフにした髪飾りが目に止まった。
「これ下さい!」
「プレゼント用に梱包しますか?」
「直ぐ着けるのでそのまま下さい」
「畏まりました」
スマホで会計を済ませる、基本的に電子マネーでこの世界は売買をする。そして俺は国から生活費を支給されているのだ。
「TK、これ着けてみて」
TKはしゃがむと俺の頭にそれを着けようとする。
「違う違う!俺じゃなくてTKが着けるんだよ」
「私がですか……?」
「そうだよ、俺からのプレゼント」
「仕える方からの贈り物は恐れ多くて受け取れません」
「俺の金で買ったわけじゃないけど、TKにあげたくて買ったんだ受け取ってよ」
「出来ません」
そんなやり取りをしていると店内にいた他の客がチラチラとこちらを見ている。
「従者のお嬢様。僭越ながら申し上げます。このような場所で主からの施しを拒否することは、あなた様が仕える主の面目を潰す事になるのでは無いでしょうか?」
まさかの店員のお姉さんからの援護射撃が入る。
「……っ!」
TKがしまったという顔をする。
「申し訳ありません。慎んでお受け取り致します」
そして、それを着ける。
「どうでしょうか?」
「すごく似合うよ!」
「……ありがとうございます」
TKの顔に朱が指す。肌が白いから照れているのが直ぐにわかった。
俺は店員のお姉さんにサムズアップをするとウィンクが帰ってきた。
「今後とも、当店を御贔屓に御坊っちゃま」
御坊っちゃま?どうやら俺を金持ちのボンボンと勘違いしてるらしい。まぁ、メイド連れてるしね。
「じゃあ、帰ろう――」
「おい」
声をかけられたのでそちらを見ると生意気そうな金髪の少年とメイドが立っていた。
「なに?」
「お前のメイド、TKタイプだよな?」
「詳しく知らないけどそうみたいだけど」
「イザベラ、こんな型式知ってるか?」
少年は後ろのメイドに問いかける。
「そうねぇ、知らないわぁ。貴女、型式は?」
「メイドロイドTK131型です」
それを聞き、少年とメイドが俺をマジマジと見る。
「なんだよ?」
「お前……どこの家の奴だ?ありえないんだよ、ドクターマリアが個人にワンオフ機を作るなんて」
「ドクターマリア?」
「はぁ?知らないのか?」
「私や貴方のメイドの開発者よ。ボクゥ、貴方どこの家の子かなぁ?お名前はぁ?」
さっきからなんだこのメイドのしゃべり方はそれに改造してるメイド服は?胸元を強調するようにはだけてて更には超ミニスカだ。金髪ボウヤの趣味か?
「そうっすか。で、そのドクターマリオだかマリアだかが何か俺達に関係あるのか?結局何のようなんだよ?」
「簡単だ。お前と友達になってやるよ」
「お断りだ。友達の作り方くらい知っとけクソガキ。行こうぜTK 」
背後で待てだの何だの聞こえたが俺達は無視して車へと戻るのだった。
「なぁ、TKさっきのメイド。TKと顔立ちが似てたけど?」
「はい、あのメイドは量産型TK120型です。私の姉にあたるメイドロイドです。私は先程のメイドが言っていた通りワンオフ機です。あなた様だけのメイドです」
あなた様だけという言葉にドキリとする。
「お、おうっ。それにしても量産型……。ちょっと気になったんだけどTKっていつ作られたんだ?」
「稼働日は本日より9日前です」
それって俺がこっちに来た日と同じじゃないか。
「何だよ……じゃあ俺もお前もこっちの世界では赤ちゃんみたいなもんだな」
「しかし、私には知識があります」
「それだけだよ。そりゃ、あるに越したことは無いけど。経験がないとな。さっきだって、店員のお姉さんに言われてはっとしてただろ?と、言うわけで改めてこれからよろしくな」
「あのときは申し訳ありませんでした。ご主人様は怒っておられますか?」
「怒ってないよ。怒る必要が無い。むしろ、TKが怒らなきゃな。プレゼントなら自分の金で買えって、な」
俺はおどけながら言う。
「いえ、このような素晴らしい物をご主人様より賜り私は幸せです」
「う~ん、そのご主人様って止めよ。名前で呼んでくれよ。名前――そうだ名前だ。TKの名前を決めようぜ」
さっきの金髪のガキもメイドを名前で呼んでたしな。
「名前でございますか?」
「そ、何か希望があるか?後、俺のことは名前で呼んでくれ」
「かしこまりました。シン様。私の名前に関してはシン様にお任せいたします」
「分かった。明日までに考えとくよ」
少し、TKと仲良くなれた気がする。心の中でドクターに感謝をしつつ窓から空を眺るのだった。
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