異世界迷子編 3


「大丈夫ですか?」


 TKに呼びかけられハッとする。どうやら考え込んでいたようだ。


「学校は嫌いか?だが、従ってさえいれば上流の生活が約束されているよ」


 なるほど、先ほどのシャロンの発言から察するに俺のような来訪者ゲストにはなにかしらの利用価値があるんだろうな。それならば、


「もしかして、来訪者ゲストは行動に制限がありますか?」

「鋭いな。その通りだ。先程、国の保護下に置かれると言ったな、別の言い方をすれば国の管理下に置かれるだよ。我々、来訪者ゲストは手厚く迎えられがその実、その国から出るのが困難となると。つまりだ、国に飼われるということだ」

「所長言い方が……」


 マクシミリアンが非難めいた声をあげる。きっとこの人は優しい人なんだ。だが、シャロンのも優しさなのだろう。誤魔化すのでは無くちゃんと現実を教えてくれる。まぁ、俺は実年齢が21だから彼女の優しさにも気づけたけど、11才の時にこんな風に接されたらキライになるだろうな。


「君の状況だが理解して貰えたかね?」

「はい、なんとか」


 シャロンはマックスとTKに告げる。


「TK、マックス、席を外してくれ。彼と二人で話がしたい」

「わかりました」

「お断り致します。私の所属は政府直轄となっております。現場ではシャロン様の指示に従うよう申し付けられていますが。不要と判断した命令は断る権利を持ちます」

「ちっ、厄介だな。少年、君がTKに退出しろと命令してくれ」

「え?俺がですか?」

「そうだ、君の命令なら断れない」


 どういう事だと疑問に感じるが、シャロンは早くしろと目で促してくる。迷っている暇は無いようだ。


「Tkさん、すいません。シャロンさんと二人で話がしたいので退出してもらっていいですか?」


 無感情な瞳を向けられ少したじろぐ。


「かしこまりました。また、私の事はTKとお呼び下さい」


 そう言うと二人とも退出し、シャロンと二人きりとなった。


「さてと、では先程の続きだ学校は嫌かね?山下青年」

「……え?青年?」

「どうした?鳩が超級魔法を食らったような顔をして?」

「どんなだよ!?じゃなくて、青年って」

「ん?イヌカイめ話して無いのか?まぁ、いい。私とイヌカイは同士でね、君の事は既に聞いているよ。この施設では私ともう一人がその事実を知っている。それから、もう少し11才らしく振る舞いたまえ。落ち着き過ぎていて不気味に思われるぞ?」

「その、自分が11才の時ってどんなだったか正直思い出せなくて」

「そんなものかね?話を戻そう、学校は嫌かね?」

「その、嫌って言う訳じゃ無いんですけど。通ってどうするんだろうって、それならトリスメギストスに入った方が勉強になるんじゃ無いかなって」

「なるほど一理ある。しかしだ、君の場合は特別なんだよ。この世界には確かに自身の体を幼少期に戻す魔法は存在する。だが、それは続いても数時間が限界だ。怪しまれないためにも学校に行く方が私はいいと思うがね。それにだ、どんな大魔法使いでもどんな大金持ちでも、若返りという手に入らない物を君は手にいれたんだ。もう一度の青春を楽しんで見ても良いじゃないか?それと、元の姿に戻る方法だが……現状では無い」

「そうですか……少し考えさせて下さい」

「構わんよ。だが、考えようとも君の入学は決定事項なんだがね」

「え!?俺の意思は!?」

「関係ないよ。さっき言っただろう国に飼われると。まぁ、入学を遅らせるくらいは出来るかもしれんが。飼われるのが嫌ならば偉くなれよ、少年。さて、あまり時間を取りすぎると外のメイドが煩そうだ、もう行きなさい。それとあのメイドは君の専属だ。国からの支給品だよ。君の命令なら聞くから上手く使うんだ」

「え!?俺のメイドって言っても……」

「簡単な話さ、11才の少年を一人で住まわす訳がないだろう?」

「……分かりました」

「よろしい。では行きたまえ」


 俺は頭を下げて退出した。廊下ではマックスとTKが無言で待っていた。


「すいません。お待たせしました」

「気にするな。今から精密検査を行う、ついてきてくれ」


 殺風景な廊下を再び俺達は無言で歩き出した。しばらく歩き今度はDoktorと金色の文字で書かれたプレートがかかっている扉の前で止まった。


(イヌカイさんも金色だったな。この世界の偉い人は金色好きなのかな?それに『c』じゃなくて『k』?たしか……ドイツ語か?)


「ドクター。マクシミリアン・フォーベンドルフです」

「どうぞ」


 空気の抜けるような音ともにドアが開き中に入った。そこは病院の一室のように白を基調とした部屋だった。先程までいたシャロンの汚部屋と違い清潔感があり、整理整頓がキチンとされていた。一番の特徴は、鼻孔をくすぐる薬品の香り。ここはこの施設の医務室なのだろう。


「やぁやぁ、話は聞いているよ」


 部屋の主がこちらににこやかに話しかけてくる。だがその姿は……


「ドクター、彼が山下伸君です」

「なるほど、確かに少年だな。初めまして、マクカレガー・カミンだよ」


 目の前のトカゲが口を開いた。俺はまじまじと彼を見た。トカゲが白衣を来ているのだ。


「えっと……初めまして山下伸です」


 何とか返事を返す。


「はっはっは、そう緊張しなくてもいいよ。ん?ああ、そうか!僕のようなリザードマンを見るのははじめてなんだね?安心したまえ、君たちの世界のゲームの中では敵かも知れないが、僕は敵じゃないよ。それどころか医者だ」


 多分、おどけて言ってるのだろうが俺にはトカゲの表情を読み取る事は出来ない。乾いた笑いで誤魔化す。


「では、検査を始めようか。TK君、手伝っておくれ」

「かしこまりました。ドクター」

「そうだ、マックス君。今日は後は検査だけだから。もう行っていいよ。家にはTK君が送って行くから」

「分かりました。よろしくお願いします。またな、山下君」

「あ、ありがとうございました。マクシミリアンさん」

「ん?気にするな。私は仕事をしただけだ。あと、マックスでいいぞ」

「はい、ありがとうございました。マックスさん」

「礼儀正しいな。そういう所は好感が持てるぞ」


 マックスが部屋を去り、トカゲとメイドと人間という謎の組み合わせが部屋に残る。


「じゃあ、服を脱いでみようか」

「え……?」

「安心してくれ。取って食べたりはしないよ」

「わかりました」


 俺は言われた通りに服を脱ぐとパンツ一丁の姿となった。ヒヤリと冷たい感触が肌を撫でる。TKが触診をしてくれている。ドクターは目の前のモニターを見ている。チラリとモニターを見るが何語かわからない文字と数字が羅列しているので俺には分からなかった。


「うん。問題なく健康だね。じゃあ次は」

「あの、こう言う検査ってもっと大きな病院とかで行うんじゃ無いですか?」

「通常はね。しかしながら、君のような来訪者(ゲスト)は別だよ。それにここにある機材は僕を含めて特別な物だからね。基本的にはこの国の来訪者(ゲスト)は僕が主治医を勤めているよ。さてと、次はこれだよ」


 目の前に水晶のような球体が置かれる。何だろう?占いでも始まるのか?


「これはね、潜在的な魔力を測る物なんだ。じゃあこれに手をあててごらん」

「はい」


 言われた通りに水晶に触れる。


「TK君、補助をお願い」


 ひんやりとした手が肩に触れ、一瞬体がビクつく。


「うわっ!すげぇ!紅く光ってる!」


 手元の水晶を見ると燃える様に輝いていた。ドクターはモニターを見ている。顔を見ても表情が読めないので何を考えているか分からない。


「いや……これはっ!すごいな!長年やっているが、こんな数値は初めて見たよ!」


 どうやら、呆然としていたようだ。


「えっと、そんなに凄いんですか?」

「凄いとも!少なくとも潜在能力は僕が見たなかで一番だ!っと、すまない、興奮してしまって。じゃあ、説明していこうか。このモニターを見てほしい」


 指し示された、モニターの言語は先ほど同様分からないが数字は理解できた。


「書かれてる言葉は分からないだろうから、説明するね。右の数字は君の潜在能力を数値化したものだ。そして、左の数字はこの世界のヒューマンの平均値だ。明らかに突出しているのが分かるだろう?」

「はい、あの紅く光ってるこれは?」

「いい質問だよ!それはね輝く色でその人の最も向いている、魔法の属性が分かるんだ!君の場合は火と光だね!」

「火と光。ゲームみたいだ」

「ははは、来訪者ゲストは決まって似たような事を言うよ。ゲームが好きなのかい?だとしたらこちらのゲームは凄いから。楽しみにしているといい」


 確かにこの世界の技術で作るゲームって凄そうだな。


「じゃあ、最後に軽くカウンセリングをしてみようか」


 チラリとTKを見るドクター。俺は意図を察する。


「TK、申し訳ないけど席を外して下さい」

「かしこまりました」


 扉が閉まる音が背後ですると、ドクターが口を開く。


「今の君の率直な気持ちを聞かせてくれないか?例えば不安や心配事とかね」

「そうですね……将来に対しての不安って言うのは勿論ありますね。その、これからどうなるのかっていう。後は困惑が大きいです」


 ドクターはじっと俺の話を聞いている。俺が答え終わると大きく頷き話し出す。


「なるほど。聞いていた通りだ。君は本当に11才では無いね。現実を受け止められているようで安心したよ」

「それを知ってるっていうことは、ドクターがシャロンさんの言ってたもう一人なんですか?」

「あぁ、そうだとも。僕は君の主治医だからね、知っていた方が良いという所長の判断だよ。じゃあ、それも踏まえてだ、体の方は何とも無いかね?検査では問題ないという結果が出てるがね。何分、僕も初めてのケースだからね」

「そうですね……特にこれといった不調は無いように感じます」

「ふむ、そうか。まぁ、これから入学までは毎日検診をして様子を見るから、不調があった場合は直ぐに言うんだよ?」

「分かりました」

「よろしい。じゃあ、今日の検診は終わりだ。TK君が家まで案内してくれるよ。それから明日は午前中に来てくれ」

「はい、ありがとうございました」


 そして俺はまた、窓の無い廊下に歩を進める。部屋の外ではTKが直立不動で立っていた。


「あの、TK、全部終わったから家に案内して貰ってもいいかな?」

「かしこまりました。着いてきて下さい」


 廊下の端にはエレベーターがあり俺達はそれに乗り込んだ。


「学園にあった魔方陣じゃ無いんだな」

「はい、この施設は先ほど利用したポータル以外の移動系の魔法は使えないよう魔法的な結界が施されています」

「なるほどな。それは防衛の為?」

「はい、その通りです。また、その他の国の重要施設もそのような造りになっております」

「へ~」


 目的の階、一階に着きエレベーターを降りる。なるほど、流石は世界規模の組織の施設だ。大きな柱を中心にエントランスはかなりの広さだ。歩きながら周りを見ると、先程まで見なかった職員達もかなりの数が働いていた。

 そして、大きな出口をくぐり外に出た俺の目に飛び込んできたのは摩天楼。そびえ立つビルの群れ、目覚めたのは自然の森だったが、ここは人工の森。

 多くの種族が道を歩き、車のような物は空を飛んでいた。


「すげぇ……!」

「車を待たせています。こちらです」


 さっき話した不安はどこえやら俺は高鳴る胸を押さえてTKの後に続くのだった。

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