二、

ところが。

 ちょうじょうまであと4ぶんの3といったところで、あたりが真っ白の「きり」にかこまれました。手を伸ばした先がやっと見える位のきりにつつまれたら、ナオは下のけしきが見えない分、ぜんぜんこわくなくなり、なんだかワクワクしてきたのです。

ロープウェーのちょうじょう駅に降りると、空気がひんやりとうでにここちいい。

 山の下の方では、じっとしていても、あせだくになったのに。

てんぼう台に行ってもさくの外はまっ白で何にも見えません。

「このばしょは下のけしきをきれいにみるための台なのに、ざんねんねえ」

とおばあちゃんが言いましたが、おじいちゃんは

「ナオ、今ナオは雲の中にいるんだよ。…気分はどうだい?」

とニヤリとわらって聞きました。

ここが雲の中…。

 朝、山のてっぺんを包んでいた、あの雲の中。


もちろん、雲の中に入るなんて初めてのこと。でも、赤トンボはスイスイ飛んでいるし、ほかのおきゃくさんはアイスを食べたり、ミニ動物園を見たり、何もふだんとかわったことはありません。

「息もできるし、いがいとふつう。」

とナオが答えると

「そうか、いがいとふつうか、あはは」

とおじいちゃんはたのしそうにわらいました。



それから、ナオはおじいちゃんからトンボのつかまえかたをおそわり、ミオといっしょに何度も指をクルクル回してカゴいっぱいに赤トンボを取りました。

みんなでおべんとうを食べたあと、こつぶの雨がふってきて、少し早いけど山の下に帰ることになりました。

カゴいっぱいの赤トンボはにがしてあげました。なんと15ひきもいました。

ロープウェーの駅の前で、目の前をほんもののイタチがよこぎりました。

山の上は初めてのことがいっぱいでした。でも、何もかもがなんとなく、いがいとふつうで、あたりまえな感じです。

帰りのロープウェーのとちゅうで白いきりが晴れ、下のけしきがきれいに見えました。もうナオは「こわい」とは思いませんでした。


夏やすみのしゅくだいの「えにっき」に、ロープウェーのゴンドラの中にぎゅうぎゅうに、だいすきなかぞくのみんなをえがきました。

カゴにいっぱいの赤トンボをはなしてあげたところもえがきました。

そして文のところにはさいしょに、こう書きました。

「8月9日

今日ぼくは、雲の中へ行きました。いがいとふつうでした。」

先生から返された「えにっき」を見たら、先生の赤ペンは「?」マークがついていましたが、そのあとに大きな花まるがつづいてついていました。


(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

えにっき 琥珀 燦(こはく あき) @kohaku3753

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ