第4話

目を覚ますと、保健室。ベッドの横には先輩が座っていた。保健の先生はいない。

「先生は会議に行かれたので、僕がここに。君が来ないので、教室に行ったら、面白いお友達がいろいろと教えてくれました」

 きっと眞子だ。好奇の眼で、嬉々として先輩に私のことを話す姿が脳裏に浮かんだ。

「で、どうして左足靭帯切断とかいうことになったんですか」

「……ごめんなさい」

 私は必要もないのに謝った。それから、おずおずと、ぐしゃぐしゃに潰れたケーキの入った小さな箱を先輩の目の前に差し出す。

 それを無言で受け取ると、先輩は不思議な面持ちで、その歪な物体を眺めた。そして、目で、これは何だと私に訴える。

「さっきまで、ケーキだったもの、です」

「……」

 長い、長い沈黙。その後で、

「天華くん」

先輩の、なぜか怒気を孕んだ私を呼ぶ声が保健室にゆっくりと響いた。

「……はい」

「まさか、これのためではないですよね?」

「……これのため、です」

 先輩は、溜息混じり、呆れた声で、

「……馬鹿ですか、君は」

額に手を当て呟いた。昨日とは逆に、先輩にしてみれば今はどうやら私の方が相当痛い人らしい。その表情から、そう思っているのがありありと読み取れた。それから先輩は「注意力にかける」だの「落ち着きがない」だの矢継早に説教をし始めた。が、その様子が嬉しそうに見えるのは私の考え過ぎだろうか。

 一通り言いたいことを言い終えると、満足したのか、先輩は、

「じゃあ、帰りましょうか」

と、私のカバンと自分のカバン、それを両手に持ち立ち上がった。私は、先輩に頭を下げ、脇に立てかけられた松葉杖を手にした。

 保健室を出て、一応私を気遣いながらも、自分のペースで下駄箱へと向かう先輩の背中を見つめながら、私は、

「帰る前にプールに寄ってもいいですか?」

と、訊ねた。振り向いた先輩は、何のことかと、怪訝な顔をしている。私は、手で水を掻くように、空を一掻きしながら、

「競技会が近いから、さすがに今日は無理だとしても明日からは練習したいんですよね」

と、先輩に告げた。

「……やっぱり馬鹿です、君は」

 さらなる呆れ顔。私はその顔に背を向け、先輩がついてきてくれることを確信しながら、松葉杖でひょこひょことプールへ向かった。

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