手つなぎ鬼で始まるただれた痴漢生活

ちびまるフォイ

そのための右手

買い物をしていると前に手をつないでいるカップルが目に入った。

ほほえましい光景だなと散弾銃を取り出そうと思ったとき、


「もう限界!! 私、手術してもらうわ!!」

「ああ、俺も限界だよ!! お前と手をつなぎ続けるなんてまっぴらだ!!」


見た目に反して二人の関係は非常に悪かった。

でも、手をつなぎながら病院へ駆け込んでいくのは、なんだか滑稽だった。


家に帰ってからこの出来事を「童貞.ネット」で質問してみると

童貞らしいすさまじい早さで答えが返って来た。


『この世界は手つなぎ鬼です。』


なんとも哲学的。


女性と手をつないだことのないために知らなかったが、

この世界では異性に触れた瞬間に手が接着されるらしい。


荒唐無稽な話だったが、いましがた見たカップルの出来事もあり信じるしかない。


良いことを学んだと、翌日に会社に行った。

気になっている人が通りかかったとき、昨日の哲学が頭をよぎる。


「待てよ……。あの子は誰とも手をつないでいない。

 ということは、今あの人に触れれば、手をつなげるんじゃないか!?」


気持ちが通じてなかろうが、触れてしまえば手をつなげられる。

それは二人の時間を強引に作ることができる既成事実。


やるっきゃない。


「うおおおお!!!」


クラウチングスタートで向かったそのとき。


曲がり角から出てきたハゲ頭に激突した。


「か、課長!?」


「山田君!!」


課長も同じ人を狙っていたために、正面衝突。

俺はハゲ頭の中年と恋人つなぎになってしまった。


「うう……恥ずかしい……」

「それはこっちのセリフだよ……」


仲良く男同士で手をつないでいる様を見て、

みんなは手をつなぎながら大爆笑した。


恥を忍覚悟してすぐに病院へいくものの絶望緒的な宣告が待っていた。


「これは引きはがせませんね。

 強い衝撃でぶつかってしまった手は堅く結ばれるんですよ。

 どちらか片方の手首を切るしかないですね」


「ムリムリムリ!!」

「毛もないのにこれ以上何を失えというんだ!!」


幸いだったのは二人とも独身だったというところ。

課長の家で、気色悪い共同生活をすることになっても

迷惑がかかるのは課長だけだった。


「ああ……あの子と手をつなげれたらなぁ……」


「山田君、君も狙っていたのかね」


「課長もでしょう。でもこうなったらもう無理ですね」


俺は堅くつながれたお互いの手を上にあげた。

しかし、課長の目からは執念の火が消えてなかった。


「この程度で諦めるわけにはいかない。

 こうなったら二人三脚、一心同体だ。君も手伝ってくれ」


「手伝うってまさか……」


「あの子を捕まえるんだよ!!」


それから俺と課長の熱き青春のトレーニングが行われた。


まずはくっついた状態でも最高の力が出せるようにシンクロ練習。

お互いの行動に連携が出始めたら、今度は分担作業を行う。


幾多の失敗を繰り返し、今や2人で1人の人間へと完成された。


「課長」

「行くぞ」


いざ決戦へ。


気になるあの子は100mを3秒で走る俊足を持っている。

普通じゃガゼルのように逃げられておしまいだが、今は違う。


「うおおおお!!」


二人で飛び込むと予想通りすさまじい足取りで逃げていった。


「課長! あっち!!」


捕まえる方のオフェンス側と、見失わないように目で追っておくサポート側。

二人の連携の力と執念で必死に袋小路へと追い詰めた。


「はぁっ……はぁっ……ついに追い詰めました……」

「よくやった、山田君……!」


作戦通り、四方が壁に囲まれている細い路地に誘導成功。

片方が休みながら、片方が走る交代制もできるので、時間をかけて追い詰めることができた。


じりじりと、あの子へと近づいていく。もうすぐそこまで。


「……あれ、待ってくれ、山田君」


「どうしたんですか社長」


「今、この子を捕まえたとして、どちらの手につながれるんだ?」


ハッとして自分の開いている手を見た。

同じことを課長も行っていた。


そう、この子と手をつなげるのはただ一人。


「どっちがつなぐ?」

「それは……」



俺はぐっと言葉を飲み込んだ。



「課長が、つないでください」


「君、ここでは会社の上下関係なんて気にしなくていい!

 ここまでこれたのは君のサポートあってこそだ!」


「いいえ、この作戦を立案したのは課長じゃないですか。

 ここは課長が手をつないでください」


俺の譲歩に課長はなおも言葉をつづけようとしたが、

ここでの誠意は拒否することではないと考えた。


「よし、わかった。では、私がつなぐことにしよう。

 一度つないでしまったら、もう君はつなぐことができないよ」


「わかっています。それを知ったうえで、課長につないでほしいんです」


「山田君……!」


課長は涙を流し、ついに念願の子と手をつないだ。

課長の手の片方には俺がつながれ、もう片方にはあの子がつながれている。


「山田君、本当に君は親切な男だね。

 君の最後にゆずる男らしさには尊敬する」


「いいえ、そんなそんな……」


「でも、どうして急に譲る気になったのかね?

 前までは我先にと手をつなごうとしていたじゃないか」


「ええ、それは……」


俺は空いている手をニギニギと開いて見せた。




「こんなに逃げられない距離にいるのに、

 手をつないでしまったら、この子に触れないじゃないですか」



俺は空いている手を使って、その子の体をまさぐりまくった。

課長はうらやましさと悔しさで舌を噛み切って死んだ。




その後、その子のたくましい胸板の感触に気付いた俺も舌を噛み切って死んだ。

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