第32話 縁の下の力持ち

前漢建国の功労者の中で特に尽力した三人を三傑と呼ぶ。武力の韓信、知略の張良、そして相国の蕭何である。蕭何は劉邦と同郷の出身の役人で能率よく仕事をこなすと評判だった。ちなみに後に劉邦の配下に加わる曹参と夏侯嬰は彼の部下にあたる。ある時、呂雉の一族が沛県に移り住んできた際、県をあげて歓迎会が催された。蕭何は接待の一切を取り仕切ることになったのだが、あまりに人が多い。仕方なく祝金を千銭以下は地べたに座ってもらおうと考えていた時に劉邦がやって来た。

一万銭を持って来たというのだ。

(いつも酒や女に手を出しているのに一万銭の蓄えもあるはずがない)

蕭何は呂公に信用ならないと提言したが、彼は劉邦を見て高貴な人相を持っていると直感して列席させさらに嫁と結婚の約束まで取り付けた。この事がきっかけで蕭何は劉邦に対する評価を改め、単なるゴロツキであるにも関わらず亭長になるように推挙し、県令を殺して後に劉邦を沛公に据えた。

蕭何は劉邦に仕えるようになると、主に内政面で彼を支える事になる。秦の阿房宮に入場した際、財宝に目もくれず、蕭何は内政に関する資料、史書、法律書をかき集めた。後に阿房宮は項羽が焼き払ってしまったが、内政に関する資料は全て蕭何が収集していた後だった。

常に劉邦が戦場にいても蕭何が影で支えたお陰で糧道と兵士の補給が行えたのである。

天下を統一した劉邦は蕭何を論功第一位としたが、将軍達は皆不満であった。蕭何は取り立てて何も功績を立てていないと口々に文句を言った。

劉邦は彼等に「戦場で飢えなく戦えたのは蕭何によるものなんだけどさ、どうなの?」と言った。

劉邦と共に歩いた名宰相蕭何は劉邦の死後から2年後にこの世を去った。

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